定年後の読書ノートより
私の昭和史、加藤周一編、岩波新書
遠山茂樹氏等の「昭和史」を読んで、自らの思想を生活感覚と密着したものにしたいと考えるならば、自分の考えを先ず文章にすることだと発見した。この新書「私の昭和史」は649編の応募自分史から15編を選んでまとめたものである。内容は自分の生涯と昭和史とを重ね合わせる視点に立ち、どちらかと言えば歴史との関わりを意識せず、時と共に移る個人の経歴を叙述し、結果としてそれが時代と社会を反映する形で仕上げている。
加藤氏は書いている。日本人のものの見方、考え方は、生々しく、具体的で、個別的、部分的な自己の経験に、土台を置こうとする傾向が日本の文化の強い伝統としてあると指摘する。日本人は自分の心のありかたを追求して、そこに倫理的価値の基礎を見出そうとする。私小説は日本文化の伝統に根ざし、経験の情緒的な面を著述する。日本人が体験を語るとき、細かく感情の襞に分け入り、豊かな表現を盛り込もうとする。しかし、個別的な現象の特殊性を突詰めれば突詰めるほど、そこに普遍的な意味が現れて来る。個人の特殊な体験が、時代を反映するばかりではなく、鋭く時代を象徴することがあり、そこに自分史と昭和史が重なる。

一方、外国の作文教育では、叙述の主眼を対象の客観的な叙述と論理的な秩序を重視する。

思うに歴史を理解するには、近接して個別的な状況を見る必要があり、同時に遠望して天下の形勢を察する必要があると加藤周一氏は結ぶ。

私が今やりたい、続けたいと思うのは、遠望した視点で自己を位置づける作業をスタートしたいと考える。それは西欧の作文教育で重視される視点、対象の客観的な叙述と論理的な秩序でもって、時代を見つめ、その中で如何に生きるべきかを探り出したい。それはひとつづつの読書から、一歩づつ重ね、自分の思考体系として確立出来ないだろうか、今そんな問題意識で読書ノートを読み重ねている積もりである。

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