定年後の読書ノートより
零の発見−数学の生い立ち−吉田洋一著、岩波新書、赤版49
昭和14年に赤版で初版が発行されている。手にしている新書は昭和40年36版で古本屋で100円で購入。吉田洋一先生は、大学時代の解析数学教科書の著者だったことを思い出した。教科書の数学は全然面白くなかったのに、岩切精二氏の解析学の参考書は面白かったことを何故か思い出した。この本は岩波新書の名著のひとつだが、読んでみて今ならきっともっと面白く書かれるだろうと思って読んだ。

零の発見には、アラビア数字の由来という副題がついている。

西暦773年バクダッドの宮廷を訪れた一人のインド天文学者が、インドの記数法をアラビア人に紹介したという。このインド天文学者の記数法はやがてひろくアラビヤ商人に広がった。それまでのアラビア数字は、象形文字に発し、万を表すのは指であり、千を表すのは蓮であった。位取り数字ではなかった。

しかしインド記数法では、ただ十個の数字を使うだけであらゆる自然数を表すことが出来た。零はインドで発見された。零こそはインド記数法の核心である。この発想は算盤の位取り、すなわち駒を全然動かさない場合の記数化が一歩である。しかしながらこの1歩こそ、人類文化における巨大な1歩である。

かくてインドに生まれ、アラビアに伝えられた記数法は、キリスト教徒エレサレム巡礼を介してヨーロッパに伝わっていった。十字軍の遠征も関連していることは当然である。また紙と印刷技術の伝播も関連している。

位取り記数法は16世紀末小数記法の発明によってついに完成の段階に入った。17世紀天体観測の精密化が桁数の多い数字を使う機会を増やし、筆算の欠陥を補う意味でも、ネイビアおよびビュルギの対数が考案された。

それにしても零の発見という画期的な事業をなしとげた無名のインド人は、その発見が今日のように全世界に恩沢を与える日があろうことを夢にも考えたことがあろうか。昔と今とを問わず、みずから画期的と誇称した事業が真の意味で画期的であったためしはあまりこれを聞かないようである。

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