定年後の読書ノートより
国際スパイ ゾルゲの真実、NHK取材班下斗米信夫著、角川文庫
1991年社会主義ソ連邦崩壊と同時期にモスクワに取材し、劇的なクーデターにも遭遇したNHKならではの大掛かりな現地調査報告。旧ソ連中枢部の機密資料公開を実現し、近現代史の貴重なテーマである「ゾルゲ事件」の真相を明らかにしていったドキュメント番組制作の総まとめ。

ゾルゲとは。リヒアルト・ゾルゲ(1895〜1944)ソビエット諜報部員、ドイツ人。1919年ドイツ共産党員。1924年コミンテルン、赤軍諜報機関で働き、諜報部員として日本、中国で活動する。ドイツの対ソビエット攻撃、および、日本政府がソビエットとの戦争をしないという重要な情報をソ連中央部に打電した。1941年10月18日、日本の警察によって逮捕され、1944年11月7日処刑。ゾルゲは社会主義国ソビエットを仮想敵国とねらう日本の心臓部深く打ち込まれた1本の、鋭い、しかも的確な針であった。

ゾルゲが送信した報告書は日本の経済状態、政治動向を極めて冷徹に分析、その高い、秀徹な現状分析能力に今も多くの知識人達は、ゾルゲこそ今世紀最大の優れた政治学者であり、歴史哲学者だと評している。

映画監督、篠田正浩氏は、ゾルゲを取り上げて映画をつくることを宣言されておられるが、ソルゲこそ現代の英雄として、我々の胸を深く打ち続けている。

しかし、ゾルゲが活躍した当時のソ連中央部はすでにスターリン独裁が強化され、ゾルゲがナチスドイツによるソ連攻撃バルバロッサ作戦開戦日付までも明記した貴重な情報を打電したのにも関わらず、独裁者スターリンは、その報告書に何と「疑わしい、挑発の為の電報のリストに入れるように」とメモを書き残している。そればかりか、ゾルゲに対し、「貴下の情報の信頼性を疑う」という返信まで打たせている。こうした背景には、ゾルゲの上司ベルジン赤軍諜報部長等がスターリンにより粛清され、ゾルゲも反スターリン一派と見なされていたという歴史的背景がある。

しかし、ゾルゲはこうしたスターリン独裁を実感つつ、マルクス主義に寄せる彼の強い信念として、社会主義国ソ連をまもることが、働くものの未来、人類理想の灯火を守る事だと信じ、徹していったという、今から忍べば悲壮な一人の英雄の哀しい後姿が浮かびあがって来る。

憎むべきスターリンの独裁に屈折した社会主義ソ連は、その後人民の支えすら失い崩壊していった。

日本の多くの知識人にとって、ソ連邦崩壊は信じていた良心の砦を突然破壊させられた衝撃として受けとられた。しかし、一部の知識人はソ連の正体、中国の正体を見抜いていた。社会主義ソ連の崩壊に失望した人も、ソ連の正体を見抜き、新たな決意を持った人も、それぞれがその後どのように自らの信念を実現していくか、それが今日の民主主義現代史となってつながっている。

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