定年後の読書ノートより
宗教をどう見るか、蔵原惟人著、新日本新書
宗教はそのはじめ、人間では理解出来ない、人間の力ではどうにもならない自然の脅威や不安に対して、超自然的な力に頼るというところから生まれた。宗教は人類の歴史のなかで、もっとも早くから、そして現在の社会でもそうした意味で大きな役割と仕事をなしている。一方人間の意識と行動は、人間を向上させ、社会を進歩させるものでなくてはならない。かって宗教は、原始共産制社会の終末期、虐げられた人民の運動としてスタートし、その根底には近代の労働運動、社会主義運動とも通ずる多くの接点を今も持っている

しかし宗教の過去の歴史の中では、国家権力や反動勢力と容易に結びつき、神や仏の名によって人民に忍従や屈従を説き、この地上での幸福と自由を求める闘いを弾圧し、最近においては不義の戦争に協力してきた歴史があることも忘れてはならない。

今日本で大切なことは、民主主義を普及し、定着させることである。今日の発達した資本主義国では、かってのロシア革命や、中国革命のような暴力による革命はもう不可能である。民主主義と人権の思想が発達した先進国では、大多数の国民の合意に基づく議会を通じての、平和的で民主的な革命以外にありえない。すなわち最も犠牲の少ない方法で、民主主義的に議会制民主主義を通じて、社会主義を実現していくことを目的とせねばならない。

今日本の国民は無信仰の人が圧倒的多数を占めている先進国ではあるが、それでも成人人口の約三分の一以上の人が何れかの宗教の信者である。この宗教人口を無視して、政治や社会の革新、建設など出来ない。

すべての運動というものは、はじめはほかのものとの違いを強調するものだが、これもいつかは変る。宗教と政治の間においても同じこと。自らを強調するために、いままで聞かれなかったことを、ことさらに強調することはしばしばある。だから幾つかの主張はその歴史的な背景や、条件をよく加味して理解しないと、間違った判断、結論に結びつく。宗教は科学がまだ解決していないことをおぎなっている面は沢山あり、宗教をことさらに否定する態度は間違っている。

人類は階級社会に入る前、何十万年と原始共産社会に暮してきた。仏教もキリスト教もそんな中から生まれてきた。そうした意味では宗教と共産主義の背景は非常に似ている。ただ、共産主義の立場に立って言えば、科学的社会主義とは、飛躍的に進んだ現代の生産力のもとで、人々はどのように社会を営むべきかを追求した科学的な思想であり、矢張り宗教ではないと考える。

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