定年後の読書ノートより
生きたい、新藤兼人著、岩波同時代ライブラリー
85歳、「愛妻物語」の新藤兼人が、老人問題をテーマに、映画を作った。原作・脚本・監督・新藤兼人。愛妻乙羽信子さんが亡くなった翌年、1997年度の作品である。この年齢で映画を作った監督は、新藤監督が世界最長老だそうだ。氏曰く。「撮影は私にとって、過酷であった。シナリオは書斎で書けるが、監督は体力だ。体力が衰えれば、イメージも衰える」。ストーリーは、姨捨山残酷物語、古代編と現代編を重ね合わせ、2つの話を通して、老人の生きる執念、生きたいという妄執、新藤監督御自身が、老人になって始めて自覚された、このものすごい欲望、妄執、これを映画にしたかったとおしゃっる。

三国連太郎、大竹しのぶが織り成す人間味豊かな演技に監督は満足。映画製作は面白い。監督はこの作品を、今は亡き乙羽信子さんに捧げている。

監督曰く。「古代では、老人の位置ははっきりとしていた。しかし現代の老人のおかれている位置はあまりにもあやふやだ。老人には自尊心があり、自分の人格を維持しようと生きていこうとしても、世間は老人の人格を認めてくれない。そうした現実の日常の中で、老人はどう闘っていけば良いのか。どう反発していけばよいのか。それがこの映画で描きたかった私の心です」。

老人は弱って、困ったものだという視点はあっても、老人の過去に溯って、老人の功労を尊敬しようとする視点が今はない。

「老人は誰もが挫折の体験を持っている。それだけに老人は生々しく生きたいのだ。これは老人になって始めてわかるよ。老人も、自分の主張で生きたいのだ。自分の主張で生きるのが、一番の幸せなのだ。生きているということは、矢張り自立だよ。老人になってくると、あたりまえであったものを、みなが認めようとしないから、自立の意味がますます明確になってくる」。

新藤監督は、撮影の合間も、旺盛な読書生活を続ける。松本清張の「或る小倉日記伝」を、何度も何度も読み直す。松本清張初期の作品には、後半の作品に見なれない丁寧さがある。陽の当たらぬ場所に生きた人達の人生に寄せる松本清張の思い。後年の荒々しい文章とちがって、一字一句に心をこめて書いたみずみずしさが、ここにはある。と新藤監督は日記の片隅に記している。

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