定年後の読書ノートより
如何に読書すべきか、三木 清 著、 現代教養文庫(読書と人生)より
今や人々にとって本を読む事は魅力が無いどころか、マンガ=読書と割り切っている青年たちをあまりにも多く見かけ残念でならない。本書はまだ読書が人々の憧れであった頃の読書論。原文より注目すべき個所を抜書き。

読書にも、勇気が必要である。読書にとって習慣が重要である。読書の技術において人はめいめいに発明的でなければならない。自分自身の読書法を見出す為には、先ず多く読まねばならない。

一般的教養は目的のない読書の結果である。ひとはただ善いものを読む事によって善いものと悪いものとを見分ける眼を養うことが出来るのであって、その逆ではない。読書においてぶつかる困難を克服するためには、系統的に読む事が大切である。古典を読む事によって、ひとは書物の良否に対する鑑識眼を養うことが出来る。

古典を読む事が大切で在るごとく、人は常に原典を読むように心がけねがばならない。原典を読む事が必要であるように、出来るだけ原書を読むようにすることが良い。翻訳で読むのが原書で読むよりも早いということはあるにしても、ゆっくり読む事はそれだけ自分で考えながら読む余裕を与えることにもなる。

読書において、人は自主的でなければならず、発見的であることがたいせつである。読書においても個性は尊重されねばならない。愛読書を有しない人は思想的に信用の置けない人であるとさえいえる。

正しく読もうとすれば先ずその本を自分で所有するようにせねばならない。その人の文庫を見ればその人がどのような人であるかが判る。

自分に身に付けようとする書物は緩やかに、どこまでも緩やかに、そして始めから終わりまで読まねばならない。途中で気が変る事は好くない。最後まで読む事によって、最初に書いてあったことの意味も真に理解することが出来る。よく理解するためには精読しなければならないのであって、精読は古来つねに読書の規則とされる。

新しい1冊を手にした場合にはむしろ最初は一度早く読んでその内容を大体掴み、それから再び繰り返して今度は緩やかに読むようにするのも良い。緩やかに読むということは本質的には繰り返して読むということである。

批評的に読むということは自分で思索しながら読むということであり、自分で思索しながら読むということは単に批判的に読むということにのみ止まらないで、発見的に読むということでなければならない。しかも発見的に読むということは、自分自身の読書法を身につけることが大切である。自分が要求をもって読書することによって、読書法はおのずから発見されるものである。

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