定年後の読書ノートより
近代人の疎外、パッペンハイム著、栗田賢三訳、岩波新書
戦後の一時期、随分多くの人に読まれた作品。著者は強制収容所経験を持つナチスに追われた亡命ユダヤ人。第2次大戦後のニヒリズムと絶望の中で本書は書かれた。マルクスが鋭く洞察した資本主義下の人間疎外、個人が同胞に利害打算の立場からしか接することが出来ず、個人は深い孤独の中に生きざるを得ない。資本主義下で人間は、自己の人格的な充足を仕事においても、生活においても見出すことが出来ず、自我喪失の状態に追い込まれている。

マルクスは疎外の概念をヘーゲルの弁証法から学び、資本主義の労働力の商品化を通じて搾取が行われている生活条件の内にあることを発見した。

これはパッペンハイムによれば、テンニエスの「ゲマインシャフトとゲゼルシャフト」にて展開されている「人は一人ぼっちで、周囲に緊張状態を強いられていると解析した、人格性喪失現代」と同じ視点に立つと指摘する。

人間的な共同体のない社会、人間が人間的な充足をはばまれている世界、非人間化された世界、疎外された人間、これが現代社会なのだと。

パッペンハイムは、この現代社会で疎外克服の道はどこにあるかを最後に述べている。

曰く。「人間と人間との間の疎外へ進んでいく傾向を阻止する直接の方法はない。宗教も、精神慰安も、実存哲学は当然のこと、教育すら疎外解決の効果的方法とはなりえない。

疎外の内部で疎外を克服しようとする試みは不可能だ。ゲゼルシャフトの力によって形づくられている社会の内部で、ゲマインシャフトを復活させることは不可能であると同じように。

マルクスもテンニエンスも現代社会の全構造を歴史的変化の展望のなかでとらえ、この社会構造を廃棄することが、疎外の克服のために必要な条件と考えている。

パッペンハイムは最後にいう。社会学は孤立した特殊な社会要因を精密に分析することに一生懸命だが、社会全体を歴史的にとらえる能力は持っているのかと。社会学は社会の根本的な変化に深い恐怖をいだいて、手も足も出せないのかと。

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