定年後の読書ノートより

私の読書術−同時代の読み方−内橋克人著、岩波書店
雑誌「プレジデント」掲載読書エッセイ。本書で興味を持ったのは―失敗から何を学ぶかーブレジンスキー「大いなる失敗」の内橋流読み方。
  • ブレジンスキーは共産主義を歴史上の失敗とみている。ブレジンスキーの目には、共産主義は衰退から崩壊へと直進していると映っている。崩壊説の根拠は、共産主義に至るプロレタリアート独裁のプロセスにおける国家権力の集中、結果として、反市民社会性を必然とみ、巨大な国家権力の集中は共産主義の原理そのものから由来するとみて、これを民主主義の敵対概念としてとらえている。
  • だが、本書に駆使された分析手法は、社会主義圏に属する諸国家の「失敗にいたるプロセス」、結果として到来した「失敗の現実」、今後の展望としての「脱共産主義」をのべるという筋書きに終始して、共産主義の反対概念としての、ブレジンスキーの思考による「民主主義と資本主義」が明確に語られるわけではない。
  • 資本主義の不均等発展、結果の不公正、生産力過剰と市場狭溢化、資産、所得の格差拡大、人権無視、地球資源の浪費と枯渇をどうするか、ブレジンスキーは何も触れていないし、答えていない。
  • 共産主義の失敗は「理想主義に発しながら、人間の理性を信じすぎたこと」に由来するという。ならば、資本主義に内在する矛盾の解決策を、資本主義それ自体にビルドインされた調整弁に期待することもまた「人間の理性への過信」という危険につながる恐れはないか。
  • かくしてブレジンスキー説の行き着くところ、ペジミズムのほかない、という逆説がなりたつ。本書には国家の役割についての論理矛盾が随所に発見される。(ペジミズムとは、オプティミズムの反対語。この世界の不合理をどうすることも出来ないという厭世観。)

社会主義圏を見舞っている今日の激動も、その渕源をたどってみれば「国家権力の集中」「政治的自由と市民社会の否定」「一党長期独裁」「政治的腐敗」に発している。それがプロレタリアート独裁、国家権力の集中を必須の過程とみる共産主義イデオロギーによってもたらされたものなのか。或いは資本主義による包囲、禁輸、その結果としての経済活動、技術革新への制約が生んだ結果なのか。そうではなくて一党独裁政権そのもののもたらす必然なのか、歴史的審判に至るにはまだ相応の時間が必要だ。と内橋氏は結んでいる。

内橋氏この後、小川和男著「東欧に何が起こっているか」を読んで、次の如き東欧情勢のまとめを書いている。

  • 東欧の変革は、スターリン型モデルの崩壊であり、社会主義死滅論を意味するものではない。一党独裁はスターリンが確立した制度であり、社会主義に本来的な制度ではない。一党独裁が生み出した権力の濫用は、社会主義の本来的なものではない。また、これらの弊害について、西側資本主義体制も、自ら誇れるものではない
  • 東欧は複数主義のもとで、西欧型の社会民主主義を志向することになろう。市場メカニズムを体得したあとで、計画化経済か、市場経済か選択の問題が再浮上しよう。市場メカニズムは功罪相半ばというより、庶民生活を圧迫している

東欧情勢よりブレジンスキーの社会主義死滅論は間違っていると主張する内橋氏。

スターリン型モデルの崩壊と、逆にヨーロッパに生起している社会民主主義との区別さえ付け得ぬ一本調子のモノサシをもってすれば、いまヨーロッパで生起している変動を洞察し、行くへを予測し、適切な対応をとることも望み薄となると内橋氏はいう。

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