自転車の歴史探訪

 
自転車の名前はどこからきたか?

   いったい自転車の名前は、何処からきたのであろうか?それがいつ頃から一般的な呼称になったのか?よく分からない。
 一つの説として極めて説得力のある有力な論拠は、先にも引用した齊藤俊彦氏の「日本における自転車の製造・販売の始め」(交通史研究 第13号)に掲載されている記述である。
 この論文は、日本の自転車歴史で最も重要な期間と思われる部分に光を当てたものでもある。私も、明治3年から明治15年までの間が、いわゆる歴史の空白部分と考えている。この空白部分に楔を打ち込んだのが齊藤俊彦氏である。もう一つの「明治十年代前半における自転車事情」(西南地域の史的展開 近代編 1988年1月5日発行)とともに、この空白期を一次資料と洞察力で記述している。
 齊藤氏は、「日本における自転車の製造・販売の始め」の中で、次のようの述べている。

@寅次郎の考案・製作にかかる一人乗り、二人乗りの三輪車「自転車」は国産自転車製造の始めである。
A寅次郎が自転車という名称の命名者である。
B自転車取締規則は明治3年7月に日本で初めて制定された。

 その他、明治初年から明治20年前後にかけて全国の主要都市で流行した貸し自転車の端緒となった、とも述べている。

 竹内寅次郎が自転車の名付け親であると、Aできっぱりと言い切っている。詳しいことは、この論文を読んでいただきたい。ここでは、これ以上触れない。ただ2,3の疑問点を述べておきたい。

 それでは、寅次郎は、どこから「自転車」という名称を発想したのか?彼が独自で考えたネーミングなのか?当時、他に、そのような呼び名は本当になかったのか?
 確かに、私もこの時代の錦絵や資料を見ているが、明治3年以前には見当たらない。先に紹介した「自輪車」や「自在車」はあるが、「自転車」はどこにも出てこない。

 寅次郎の出願書(明治3年4月29日)にある、
 「自転車ト相唱候地車愚考いたし」

 寅次郎の自転車?
「往来車づくし」国政、国貞画 明治3年
 この愚考いたし、という言葉は、その乗り物と自転車の名前を考えたという意味なのであろうか?
 昨今であれば、登録商標として、この名称も別に出願するところであるが、この明治3年にはまだなかった。法整備は、その後、明治17年6月7日に商標条例制定、同21年の商標条例、同32年の商標法などが制定された。

 それから、少し話を変えるが、寅次郎の出願した設計図はどこに消えてしまったのか?普通であれば、出願書に添付資料として、設計図をつけたはずである。
 東京府の係員の上申書には
「図面朱印之所を、」とある。

 確かに図面は添付されていたのであるが、いまは残念ながら、その図面は失われているようである。

 明治11年3月、竹内寅次郎の出品した大型自転車の写真が残っている。この写真を見ると駆動方式はラントン車と似ているが、足踏式のようである。そして、旅客用の大型車であるため、三輪ではなく、四輪で、しかも後ろに並列二輪の客車を牽引している。さらに駆動車の天井部分には弾み車のような大きな車輪が水平に取り付けられている。この円盤のような車輪の役割はなにか?たんなる飾りとは思えない。

   齊藤氏も述べているように、寅次郎が製作した明治3年の自転車は、錦絵に多く描かれている木製のラントン型であると思われる。

 話を自転車の名前の由来に戻す。以前、私が調べた「自転車という名称は、いつ、どこから?」について、述べておきたい。

 まず、慶応年間から明治4年までは、自輪車、自在車、一人車、壱人車、西洋車、片羽車、のっきり車などが錦絵に見える。

 その他、現在までを含め列挙すると、一輪半、だるま車、アシグルマ、高輪車、ふんころばし、糸とり車などがある。これらは、オーディナリー型自転車の呼称と思われる。

 侮蔑的な意味合いでは、ガタクリ車、厄介車、迷惑車、馬鹿車、アホ車、チャリンコ、ママチャリ、チャリ、チャリキ、チャーリー、クリコ、、ケッタ、ケッター、ケタクリ、ケッタマシーン、ジテンコ、ワッパなどがある。地方には、他にも俗語があるに違いない。

 中国では、自行車、脚踏車などの名前がある。これは、現在も使用されている。

 韓国では、チャジョンゴ、チャルンケ(済州島方言)と呼んでいる。

 欧米(主に英語圏)では、古い年代順からドライジーネ(Draisienne)、ロフマシン(Laufmaschine)、ドレイジン(Draisine)、ランニング・マシン(Running machine)、ぺデストリアン・カリークル(Pedestrian curricle)、ホビーホース(Hobby horse)、ダンディーホース(Dandy hose)、ベロシペッド(Velocipede)、ボーンシェーカー(Boneshaker )、オーディナリー(Ordinary)、ペニーファージング(Penny farthing )、ハイバイシクル(High bicycle)、スターマシン(Star machine)、イーグル(Eagle)、セーフティー(Safety)、サイクル(Cycle)、バイシクル(Bicycle)などがある。 ”

 寅次郎が、なぜ「自転車」という名前を発想したか、依然と分からない。新しい資料が発見されるまで、いまのところ、寅次郎が自分で考え、命名したということになる。

参考資料:

●交通史研究第13号抜刷「日本における自転車の製造・販売の始め」齊藤俊彦
   1985年4月25日発行

●「明治十年代前半における自転車事情」(西南地域の史的展開 近代編)
 齊藤俊彦 1988年1月5日発行

●「自転車の名称について」高橋 勇
   日本自転車史研究会 会報”自轉車”2 1982年3月15日発行

●「アンチック自転車」高橋 勇 1981年

●「くるまたちの社会史」齊藤俊彦著 中公新書 1997年2月25日発行

●「自転車という名称は、いつ、ごこから?」大津幸雄
   日本自転車史研究会 会報”自轉車”1 1985年1月15日発行