自転車の歴史探訪

 
ミショー型自転車の時代は希薄だ!

   希薄とはどういうことであろうか?
 それは、以下のような理由からである。
   自転車が描かれている明治3年から明治4年にかけての錦絵に三輪車と直列の二輪車を見ることができる。
 その前に、何故、明治3年と明治4年なのかについて述べておきたい。ラントン型の自転車が描かれている錦絵を見ると、その多くが、この2年の間に集中しているからである。このことは、齊藤俊彦氏の作成した「第1表 自転車が描かれた錦絵一覧表」と、私が以前作成した「自転車関係錦絵目録」を見れば、一目瞭然である。
 それは、何故か?
 私は、次のように考えている。明治3年〜4年は、ラントンの登場と寅次郎の影響と思われる。そして、不思議なことに、明治5年になると、ぱったりとなくなる。ブームが去ったのである。

「東京日本橋風景」芳虎 明治3年

「東京高輪風涼図」国周 明治3年

 次に自転車が多く描かれたのは、明治20年頃からである。自転車もラントンからオーディナリーに変わっている。理由は後で述べる。4年から20年の間が、希薄な時代で、ミショー型が少しずつ日本の社会に浸透していった時代と思われる。
 それでは、その希薄な登場であったミショー型自転車は、日本にいつ入ってきたのか?これは、非常に難しい問題である。何故なら確証できる資料が見つかっていないからである。

 私は、以前からある1枚の錦絵に注目している。その錦絵から判断すると、どうやら明治10年前後、或いはこの錦絵の発行年が特定できれば、かなり正確にその年代を特定できるのではないかと思っている。この錦絵に描かれている自転車は、極めて写実的で、まさにミショー型であるからだ。しかも、木製の国産車のようである。明治3年から4年にかけて描かれている直列二輪の自転車と明らかに違う。この間に描かれている直列二輪の自転車は、極めて不自然で、とても実物をみて描いたとは思えない。恐らく風聞か?横浜居留地の外国人が持ち込んだものを偶然にちらりと見たか?その程度であったかと思える。外国の書籍を見たのであれば、自在車のように正確に描けたはずである。
 明治3年から4年にかけて描かれた二輪車は、風聞で描かれたものであると思っている。

「東京府下自漫競 江戸橋石造」三代広重 明治10年頃

「東京府下自漫競 江戸橋石造」三代広重 明治10年頃

 この錦絵について、もう少し述べておきたい。上の図を見て欲しい。これが、その錦絵である。既にこの画を見た人はたくさんいると思う。なんだこの画か?といわれる人もいるかも知れないが、私は、この画以上に写実的に描かれたものを他に見ていない。どなたか、それ以外のものを見ていたら教えて欲しい。更に発行年も知っていたら教えて欲しいのである。錦絵から自転車の歴史を正確に判断することは、出来ないが、まったく史実性のない資料とはいいにくい。確かに錦絵に描かれている画は、省略されていたり、実在しないような自転車も多々ある。だからといって、すべてを否定することはできない。

 この錦絵は「アメリカン・バイシクリスト&モーターサイクリスト」誌の100回記念号に載っている画である。ただ、この画がオリジナルのものをそのまま転載したものか?まったく疑問がないわけではない。錦絵集の本で確認できていないからである。構図が殆ど同じ画は、2枚ある。違いは、人力車と自転車のあるなしで、あとは殆ど同じである。人力車の方は、三代広重のもので「東京府下自漫競 江戸橋石造」と同じタイトルで、明治10年の発行である。たとえ年代が分からなくても、駅逓寮、第一国立銀行や石造りの江戸橋を見れば推測できる。駅逓寮は、明治4年8月から同10年1月まで郵便事業を管掌していた役所であり、第一国立銀行は1873年(明治6)8月に開業している。石造の江戸橋は 、明治8年に木造から架け替えられた橋である。だから、早くても明治8年以降ということになり、恐らく明治10年前後と推定できる。もし、この画が偽作されたものでなければ、ミショー型自転車の日本到来は、明治9年頃と推定できる。他に有力な資料が発見されれば、さらに絞り込むことができる。

 明治4年8月20日付けの横浜毎日新聞に、外国商人輸出入(8月19日、両運上所輸入)がある。そこに、「自転車二ツ」と載っている。はたして、この自転車は三輪車か?ミショー型か?まったく分からない。私は、三輪車と推測している。理由は、すでに述べたとおりである。

「荒布橋従江戸橋之真図 」三代広重 明治10年 逓信総合博物館蔵


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参考資料:

●交通史研究第13号抜刷「日本における自転車の製造・販売の始め」齊藤俊彦
 (第1表 自転車が描かれた錦絵一覧表)   1985年4月25日発行

●「自転車関係錦絵目録」第二版 平成4年6月1日 大津幸雄
   日本自転車史研究会 会報”自轉車”65 1992年7月15日発行

●「浮世絵で見る幕末明治文明開化」端山孝: 講談社: 1980発行

●「幕末明治乗物集」第60回展 天理ギャラリー 1981年

●「幕末明治乗物づくし」第11回企画展 会館60周年記念 天理参考館 1990年

●「乗り物の文明開化」第12回特別展 トヨタ博物館 1995年10月31日

●「横浜開化 錦絵を読む」宗像盛久編 東京堂出版 平成12年1月30日発行

●錦絵「東京日本橋風景」(芳虎 明治3年)に見る明治の交通について
 鈴木里佳  トヨタ博物館紀要 1995年2 1996年2月20日発行

●「American Bicyclist and Motorcyclist」100th Anniversary Issue,1981年