自転車の歴史探訪

 
セーフティ型自転車の登場

   オーディナリー型自転車の到来で、日本での自転車普及が急速に伸びていったのは事実である。先に述べたが、明治20年以降から自転車の歴史が始まったといっても、過言ではない。それほど、オーディナリーは自転車の持つ楽しさを教えてくれたのである。乗車したときの目線の位置は、乗るものに優越感を与え、普段何気なく見ている景色も何か別な世界を見るような気分にさせてくれるから不思議である。恐らくこの気持ちは、騎乗する人と同じではないかと思う。だが、この素晴らしいデザインのオーディナーも当初から致命的な欠陥があった。それは転倒したときの怪我が尋常ではなかったからである。普通に転んだ場合でも擦過傷や打撲それに捻挫は避けられなかった。手足や鎖骨の骨折も多かったはずである。運が悪ければ、頭から墜落し命を落とす危険性すらあった。特にブレーキが前輪だけに付いていたスプーンブレーキであったため、急にブレーキをかけると、間違いなく前方へ放り出されてしまうのである。急ブレーキは禁物であった。ブレーキをかけるときは慎重にレバーを徐々に握る必要があった。基本的にはべダルを逆回転させるような気持ちで踏み込み、制動させることである。いわゆる固定ギアである競輪の自転車のようにバックを踏むということである。

 このオーディナリーの致命的な欠陥を放置することは出来なかったエンジニア達は、更に試行錯誤を繰り返しながら改良していったのである。そして、遂に完成したのが、セーフティ型自転車であった。名称からも分かるとおり、将に安全車なのである。

 1879年、イギリスのヘンリー・ローソンは、オーディナリー型に、チェーンを使って後輪を駆動させる方式を考案した。形はまだ前輪が大きく、安全型とはいえないが、この方式が次の進化へのステップになったのである。 これにより自転車発明の進化の過程はいよいよ最終章に向かうことになるのである。

 チェーンの駆動方式は、既にパリの時計製造人であったアンドレ・ギルメとメイヤーが考案したとも言われている。彼らの発明は早く1869年であり、この技術が次のステップに直ぐに継承されることはなかった。余にも早いこの説を疑問視する研究者もいる。

   セーフティと呼ばれるようになったのは、何時の次点であったか確証はないが、オーディナリーの時とは違い、この区分上の名称は直ぐに使われたようである。当時のカタログや新聞広告に、いち早くセーフティ(安全)という語句を使用している。日本に輸入されたときも、既に安全自転車とか安全車という語句が使われている。当初から安全が売り物であったのである。

 ローソンはその後も改良を加え、1884年にローソン3型が試作された。高度な金属加工技術を必要としたチェーンも徐々に改良が加えられ実用に耐える部品となってきていた。この3型車はフランス語の「ビシクレット」という名前が付けられている。セーフティ型は、これ以降、フランス語でビシクレット、英語ではバイシクルと呼ばれるようになるのである。

 1884年、ジェームス・スターレーの甥であるジョン・ケンプ・スターレー(1854-1901)は、ローバー号(放浪者)を完成させた。この初期型はまだ前輪がやや大きなオーディナリーの原形をとどめているが、その後の改良で、前後の車輪は同一サイズとなり、車体の形状もダイヤモンド型フレームへと進化していくのである。

初期のローバー まだオーディナリーの原形をとどめている 1884年
「A HISTORY OF ROVER CYCLES」John Pinkerton,Derek Roberts 1998

 彼は、エセックス州ワルサムストウに生まれ、1872年にコベントリーにある叔父の工場で働きはじめる。叔父は後年”自転車工業の父”と呼ばれたジェームズ・スターレーである。1877年には、ウィリアム・サットンと共同して、スターレー・アンド・サットン社(Starley & Sutton Co.)を設立した。
 1896年、ローバーという名前の知名度が高まると、会社名をローバー・サイクル・カンパニー・リミテッド(The Rover Cycle Company Limited)と変更した。
 ローバー・セーフティ(Rover Safety)の販売はその後も好調が続き、セーフティ型自転車の中では、一番売れた自転車となった。初年度だけでも11,000台を販売し、21,954ポンドという大きな利益をもたらしたといわれている。
 ローバー号の誕生は、多くの人々から歓迎され、一つの有名ブランドとして確立されたのである。我々はいまでもローバーという名の自動車を見ることができりる。

参考資料:

●「A HISTORY OF ROVER CYCLES」John Pinkerton,Derek Roberts 1998年発行