自転車の歴史探訪

 
  自転車は木馬から考案された?

 それでは、なぜ二輪を直列にする発想が生まれてのであろうか、どう考えても横方向は不安定になり、これを乗り物や荷車に利用することは不可能と思われる。誰がいったいこの不安定な直列二輪の車を思いついたのか不思議でならない。発想の基になったのは何なのであろうか。

 私は木馬ではないかと思っている。おもちゃの木馬を見ると、いろいろなものがあるが、一般的にはロッキングチェアーのような足がついているもの、四輪の車がついているものなどがある。

 木馬は、西欧ではトロイ(トロヤ)戦争で、ギリシャの連合軍がこれを用いた策略により、トロイ軍を破った伝説が有名であるが、ここで言う木馬はそんなに大きなものではなく、おもちゃの木馬である。

 日本にも江戸時代に武士の子供が馬術の練習用に、木馬で遊んでいた。木馬に手綱(たづな)や障泥(あおり)などをつけ、鐙(あぶみ)の乗り降りや鞭(むち)の当て方を練習したと伝えられている。また車をつけて引いて遊ぶ木馬も作られていた。

 木馬から発展したという証拠や証明する資料はないが、それだからと言って仮説や推論を述べてはならないとはいえない。あくまでもこれは推論だが、次のような経緯から発想されたと考えられる。木馬は、先ほども触れたように、ロッキングチェアーのような足の付いた、揺り木馬(ロッキングホース)と、四輪の木馬があった。そのうち四輪の木馬を乗っているうちに、どうせ乗り手の足は、地面か床につけているのだから、直列二輪でも不都合なく乗れることが分かり、更に助走がつけばかえって四輪よりも楽しく走ることができた。両足で蹴って走れば、手綱で引いてもらうことよりも面白い。室内であれば、床に両足が付いた状態で、これも交互に床を蹴るか、場合によっては、交互ではなく同時に後ろへ蹴って進むこともできる。両足をつける状態にあるならば、四輪でなくとも直列の二輪でも走ることが容易にできる。直列の二輪にしたところ、かえってバランスをとる面白味も生まれた。更に両足で蹴って進んだときの感覚が四輪のときより直進性が増し、スムーズになったと思われたに違いない。
 或いは馬車か牛車の車輪が外れたとき、ころころと坂を転がって行くのを見て、車輪が転がるとジャイロ効果により安定して直進することが分かり、直列二輪でも走ることができると、考えた人がいたのかもしれない。
 極端な言い方をすれば、二輪の木馬の進化したものが自転車ということになる。

 ベロシフェール
「Velocipedes」Velox 1869年
 以前、自転車の先祖はセレリフェールで、1790年にシブラック伯爵が発明したと言われていた。現在この説は自転車の歴史から除かれようとしている。除かれようとしていると書いたのは、まだ完全に除かれていないからである。いまだに孫引きされた書籍に登場しているからである。一度歴史の本に記載されると、その説が誤りと解明されてもなかなか消えない。また復活したり、新たな誤りが付け加えたりしてしまう。それに、ここでも書いているように、一々その誤りの説について触れなければいけないことになる。この次に出てくるレオナルド・ダ・ヴィンチの自転車やマクミランの自転車もその類である。いつになったら完全に自転車の歴史から抹消されるのであろうか。図書館からそれらの本が除かれないかぎり、忘れたころにまた亡霊のように現れかねない。完全に削除されるには永い時間が必要となる。ハードディスクの中のデジタル化されただけの本であれば簡単に削除されるのであるが、いったん図書館にその本が納まると消えることは無い。
 私の書いているこの稚拙の文章も印刷しないで下さい。いつでもデリートキーを1回押すだけで、完全、一瞬にして削除される状態であることを願うものである。
 これからも伝説めいた話や根拠の無い話、或いは偶然発掘した新しい資料から無理矢理脚色し、自転車の歴史に加えようとする輩が出てくるに違いない。自転車の元祖や本家争いも、まだこれからも出てくる可能性はある。経済はグローバル化が進んでいるが、愛国心や民族主義的な気持ちは無くならないからである。しかし、このような一過性の説は、何れ賢明な自転車歴史研究家により否定され、歴史の事実として世界的に認知されることはない。

 木馬のようなセレリフェールやベロシフェールは、1976年にジャック・スレー氏の論文により自転車の先祖ではなく、それは馬車であると解明された。確かに、セレリフェールやベロシフェールは、馬車かも知れないが、セレリフェールやベロシフェールの挿絵にあるような形の乗り物がまったく無かったとは考えにくい。突然、ドライジーネが歴史に登場するはずが無いからである。恐らくドライジーネよりも前に木馬のような乗り物があったに違いない。

 1817年、それらを見てきたドライスが、それにハンドルや肘置を付けるなど大胆な改良を加えて特許を取得したのである。ここに木馬のおもちゃから実用車が誕生したのである。

 それでは、その木馬のような乗り物とはどれなのか、といわれてしまうと、現在それを証明する資料や現物は、残念ながら発見されていない。だから、いまのところドライジーネが自転車の元祖の地位をたもっているのである。