自転車の歴史探訪

 
  地面から足が離れるのはいつ

 1817年のドライジーネから始まった自転車は、その後、少しずつ改良が加えられて行った。翌年にはイギリスのデニス・ジョンソンがぺデストリアン・カリークルを製作した。この自転車は、ドライジーネと較べ、ハンドル、ステー、肘置(エルボー・レスト)の支柱など各部に金属を採用した。ドライジーネは殆ど木製で、何となく粗野な感じであったが、金属を利用することにより耐久性が増し、形もモダンなものとなった。既にイギリスでは産業革命以降に金属加工技術が発達していたことを裏付けている。
 その後、やはりイギリスのルイス・ゴンパーズが、1821年に、足で地面を蹴るだけではなく、前輪のハブに歯車をつけ、ハンドルから伸びたコンパス形の鋸歯状の四分円の装置(ラック・アンド・ピニオン)により、手でも推進させることのできるドライジーネを考案した。しかし、この装置は、思ったほどの推進力は上がらず、まもなく歴史の舞台から去っていった。

マクミランの自転車 レプリカ
 自転車文化センター提供
 1839年、イギリスのダンフリーシャー州コートヒールの鍛冶屋カークパトリック・マクミランは、ペダルのついた自転車を考案した。
 この自転車は、梃子の原理を利用して、ハンドル・ポストから伸びたフレームにべダルを装着し、更にペダル上部から後輪に伸びたシャフトで、駆動する仕組みを採用した。それはちょうど蒸気機関車と同じ仕組みであった。マクミランが蒸気機関車を見て発想したと思われる。
 しかし、この自転車、実物はもとより特許書類などもまったくなく、研究者の間ではシブラック伯爵のセレリフェール同様、根拠のない自転車とされている。イギリス人が、ドライジーネからミショー誕生までの中間点にむりやり挿入した偽りの自転車であるとしている。この説も自転車の歴史から削除したい項目であるが、いまだに現地では、マクミラン生誕100年祭や150年祭などを盛大に挙行し、歴史の事実であると主張している。



   1842年、アレクサンドル・ルフェーブルにより考案されたというペダル駆動の自転車について、少し述べておきたい。
 以前、アメリカのジャック・グレーバー氏からルフェーブル自転車についてのメールをいただいた。次がその抄訳である。(2002年9月)

 この研究の始まりは、アンドリュー・リッチー氏の著書である一連の自転車歴史関係の記事が発端になっている。その本には歴史の概観とユニークな自転車の記述があった。(「サンノゼの隠れ場所」Bike World Magazine, 1975) その記事の中に、サンフランシスコのアレクサンドル・ルフェーブルが製作した初期の自転車がある。彼は故郷であるフランスのセントデニスでその「奇妙な乗り物」を1843年に考案し、その後1861年にアメリカに移住した。機械工であった彼は移住先のカリフォルニアで錠前屋として働いた。
 彼はベイ・エリアに住んでいる顧客のために自転車を製造した。ルフェーブルについては当時の3誌の新聞に彼が故郷フランスで自転車を考案した記録が残っている。
 この自転車のユニークな特徴は、ライダーが足で垂直に一対のペダルを踏み、後輪の車軸に接続されたクランクで推進する仕組みになっている。この形式はちょうど蒸気機関車の伝達方法と同じである。この機構は後(1866-1868)のマクミランとダルゼルの自転車と対比されるが、これらの自転車は足をほぼ水平に前へ踏み出す方式で、そのペダルは前輪の車軸に固定されている。 その後、自転車のペダルはピエール・ミショー(1868年特許取得)とピエール・ラルマン(米国で1866年に特許取得)により直接前輪の車軸にクランクを介して据え付ける方式となる。
 ルフェーブルと同様なペダルとレバー式構造の自転車の状況については、1838年にスコットランドのDumfries近くでカークパトリック・マクミランにより製作されたとされるが、それを裏付ける決定的な証拠資料がない。最近ではこの説は否定的でさえある。
 マクミラン型の自転車は現在2台のレプリカが存在する。一つはギャビン・ダルゼルの自転車でグラスゴーの博物館に、もう一つはトーマス・マック・コールの自転車で、ロンドンの科学博物館にある。
 ルフェーブルのシステムが下垂直力によってペダルに動かすのに対して、マクミラン/ダルゼル/マッコールはそれとは異なり、レバーシステムを使い前水平力によってペダルを踏み込む方式である。
 ルフェーブル(1842)の自転車は当時のそれを裏付ける資料も残っており、1842年に製作したことはほぼ間違いないものと思われる。

ルフェーブルの自転車 1842年 ジャック・グレーバー氏提供


 このルフェーブルの自転車が本当に確実な資料で証明できるのであれば、地面から最初に足が離れた自転車ということになる。今のところそれらの裏付資料と現物を見ていないので、何とも言えない。