《悩みを持つ自分》を好きになって欲しい

                     染谷 幸二

1.悩み続けない秘訣
サークルメンバーから「染谷先生に悩みがあるんですか?」と真顔で聞かれることがある。
 私だって、すべての物事が思い通りに進むことはない。悩むこともあれば、落ち込むこともある。ただ、私の場合、悩み続けることはない。それは、次のような考え方を持っているからだ。
答えは「○」か「×」しかない。 │
「△」を求めるから悩んでしまう。 │
 例えば、「キャプテンはA子でいいのだろうか?」という悩みを持ったとする。この答えは「○」「×」しかない。「キャプテンは誰でもいい」といった「△」は考えられない以上、何かの基準で決断しなければならない。結局は二者択一である。だったら、悩むことはない。勇気を持って決断すればいい。
 決断が正しければ、A子はチームメイトから信頼を厚め、チームも伸びるはずだ。それは、A子をキャプテンに選んだ「基準」が正しかったからだ。逆に、決断が間違っていれば、A子が原因で様々なトラブルが生じ、チームがバラバラになっていく。これは、A子をキャプテンに選んだ「基準」が間違っていたのである。
「基準」は経験によって精度が高まる。成功と失敗を繰り返す中で、「こうすると成功した」「これをやったら失敗した」といった感覚が身につく。結果として、成功する割合が高くなる。
 勇気を持って決断することだ。その決断が正しかったどうかは、それまでの指導者としての実力そのものだ。その結果を謙虚に受けいればいい。なぜなら、決断が間違っていたとしても、
 部活動における失敗のほとんどすべてが、いつでも、どこでも、どこからでも取り戻すことができる。そう腹をくくれば、くよくよ悩むことはない。自らの成長のために悩みを断ち切り、決断することをオススメする。

2.悩める自分に誇りを持とう
 『中学教師が陥る100の悩みに答える』第4集・第5集が明治図書から発刊された。私がSNS、ML、各種セミナーで発信した内容を、同志である櫛引丈志氏が「Q&A形式」でまとめた本だ。お陰様で、明治図書のランキングで2位・3位を獲得した。
 その第1集が発刊されたのは平成18年夏。3か月で再版となり、現在、5版目である。その「まえがき」に次のような文章を寄せた。
 ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
悩みを持っている教師にこそ、子どもの前
に立つ資格があるんだよ。
 私が教員1年目の時、先輩教師からいただいたアドバイスである。この言葉に、どれだけ勇気づけられただろうか。
 教員1年目、教師を辞めることばかりを考えていた。授業、学級経営、部活動の指導など、すべてがイメージ通りに進まなかった。周囲の先輩教師が平然と仕事を進めているのを横目に、「どうして、俺の周りだけトラブルが生じるんだ!」「こんなに頑張っているのに、何がダメなのか?」ということばり考えていた。教師としてやっていく自信を完全に失ってしまった私は、正直な心境を信頼できる先輩教師にぶつけた。先輩教師は大きく頷きながら、優しい口調で私の目を見ながら語ってくれた。
 染谷は生徒と正面からぶつかっている。マラソンの先頭と同じで、一番風当たりの強い場所を進んでいる。生徒と正面からぶつかれば、当然、軋轢が生じる。
 まだまだ未熟な中学生だから、染谷先生の思いの半分も汲み取ることはできないであろう。
でも、考えて欲しい。
 教師には2つのタイプがいる。
1つ目は、生徒と正面から向き合う教師。
 その結果、多少のトラブルが生じるであろう。
 でも、そのトラブルを生徒と一緒に乗り越えて成長していく教師。2つ目は、生徒から逃げる教師。
 正面から向き合わないのだから、トラブルは生じない。
 心穏やかに日々を過ごすことになる。
 でも、生徒の心には何も残ることはない教師。
 染谷は、どっちの教師になりたいの?
 俺は、前者を選んできた。だから、たくさんのトラブルを経験してきた。そのたびに、眠れない日々を過ごしてきたけど、今は、教師という職業に誇りを持っている。
 どんな職業に就いたって、「今の自分よりもステップアップしたい」という思いが強ければ強いほど悩みは多くなる。悩みは自分への投資だと思えばいい。 若いうちは、たくさん自分自身へ投資した方がいい。
 10年後、その投資は大きな利子とともに自分に戻ってくる。
 生きている中学生を相手にする以上、教師は悩み続ける毎日を過ごすことになる。
 それが嫌ならば、教師を辞めた方がいい。
 絶対に、生徒から信頼される教師にはなれない。
 教師という職を選んだ以上、生徒のことで悩める幸せを受け入れること。
 悩む自分を褒めてあげられる教師になって欲しい。
 そこに、教師としての生き甲斐がある。
 悩みを持っている教師にこそ、子どもの前に立つ資格があるんだよ。
 涙を流しながら、その語りを聞いていた。それからは、悩み続ける自分が好きになった。それは、今も変わっていない。
 教員18年目を終わろうとしている今、様々な悩みを抱え、その1つ1つを解決する過程で多くのことを学んだ。その結果、次の考え方を手にすることができた。
解決しない悩みはない。悩みに対する解答は、自分自身の心の中にある。
 私同様、TOSSで学ぶ教師は地獄を経験している。眠れず、学校へ向かう足も重い日々を過ごしたはずである。
 当然、たくさんの悩みを抱えているはずだ。なぜ、その一人である私が笑顔で生徒の前に立っているのだろうか?
 それは、1つ1つの悩みを解決できたからである。しかも、その解決策の多くは自分の心の中にあった。先輩教師に相談はしたものの、最終的には自分で判断し、解決する方法を探ってきた。
 悩みを持つ教師こそ、生徒の前に立ち、信頼を手にできる資格を持っている。私は、そう確信している。

亡き2人の保護者が教えてくれたこと

   山本 真吾
1.美紀の母と久美の父
 「親は、先生信じて、口は出さないで、お金とクルマを出せばいいの!」
 美紀(仮名)のお母さんがそう言った瞬間、父母会の会場はシーンと静まりかえった。誰も何も言わなかった。
 新卒ですぐに、女子バレーボール部の顧問になった。2年間、子どもにも親にも大事にされた。部活動にストレスも感じず、自信すら持ち始めた3年目。
 環境がガラッと変わった。2年目に入部した1年生が2年生になる頃、次々とトラブルが起きた。決まった親からだが時間を選ばず、長時間に渡るクレームの電話が頻繁にかかるようになった。
 そして、4月の父母会の時、その親は父母会で次々と理不尽とも思える要求をしてきた。部活の終わる時間を早くしろ。お金がかかりすぎる。練習試合の送り迎えができないから、何とかしろ。事情はわかるが、練習の終わる時間以外は私にはどうすることもできないことであった。その時、美紀の親が言ったのが冒頭の言葉である。
 父母の会の会長である久美(仮名)のお父さんが場を取りなすように言った。
「クルマは出せるお家で分担して、みんなを送り迎えしましょう。練習時間は、体育館が使える時間が限られてますから仕方ないですよ。他の学校はもっと遅いですよ。うちだけが特に遅いわけじゃないですから。それから、お金のことですが、父母の会の会費1万円は山本先生が来る前からこの金額です。それにね。私思うんです。年間1万円で先生が毎日子どもの面倒を見てくれて、試合ではあんなに楽しませてもらえるんだから安いもんですよ。習い事をさせたらかかるお金はこんなもんじゃないですよ」
 この言葉が身にしみてうれしかった。
 嵐の父母の会が終わると、残っていた美紀のお母さんが言った。「先生、先生の思ったようにやればいいの」
 そばで、久美のお父さんもうなずいていた。涙が出るほどうれしかった。そして、この時から私は親に譲れる部分と譲れない部分を分けて考えるようになった。
 譲れない部分とは、次の3つである。
(1)練習内容の決定権 │
  (2)試合でも采配の決定権 │
  (3)人事権(ユニフォームを着る選手やポジションの決定))
 この3つに関しては、監督の権限である。プロの世界では、選手や関係者がこれを非難すれば重い処分が下される。今年の日本ハムファイターズの金村投手がヒルマン監督の采配を批判したのがそれである。
 譲れる分部とは、主にマネジメントに関することである。もう少し早く練習予定表をもらえれば家庭の方でも予定が立つとか、練習の終わりの時間がわかれば送り迎えが楽になるといった要望には謙虚に耳を傾けなければならない。
親はチームにとって一番のファンである。
  ファンサービスのためには、まずファンの声に耳を傾けることである。
 以上のことを自分の中で定義づけられると気持ちがすっきりとした。親への対応も腰が引けることがなくなった。
 前述のよくクレームの電話をかけてくる親から次のような電話があった。
「うちの娘は、セッターのA子ちゃんのトスよりB子チャンのトスの方が打ちやすいと言っている、。何とかならないのか」
 この時、この親の子は3年生になっていた。私はこう応えた。
「お母さんの要求でセッターが変わったと言って、他の部員と親御さんが納得していただけるのなら、それでも構いませんがどうしますか?」
「いえ、別に絶対にそうしてくれということではないんです。ただ、娘がそう言っているのを先生に伝えた方がいいかと思って・・・」
「それは、わざわざありがとうございます。ただ、そういったことを○○さんから直接聞けば、選手の意見として聞くことはしますが、お母さんから聞いて私の考えが変われば、他の子と親御さんが不信感を持ちますから・・・」
「そう、そうですよね」
「はい。どの選手をどう使うかは、監督である私が決めることですので、このお話は聞かなかったことにしておきますね」
 以降、電話がかかってこなくなった。

 美紀の母親と久美の父親、この2人から私はたくさ助けられ、たくさん教えられた。2人に出会わなければ、部活動を大嫌いになってやめていたかもしれない。しかし、この2人は、もうこの世にはいない。美紀の母親は、美紀が3年生の時、突然倒れて入院。そのまま帰らぬ人になった。その次の年、久美の父親も不慮の事故で亡くなられた。この親たちの恩に報いるために、部活動で子どもを育てていこうと思った。部活動に長く、深く関わるようになった理由の一つがここにある。

2.「親を大事にしなさい」
 私は部活で折に触れ、次のように言っている。
「親を大事にしなさい」 │
「親はね、みんなに勉強をさせる義務はあるけど、部活をさせる義務はないんだよ。部活をやらせてもらっているということを忘れちゃいけないよ」
 「試合を見に来るななんてことを口が裂けても言うんじゃないよ。親には試合を見る権利がある。君たちに来るなという権利はない。親が見に来たら恥ずかしいなんてたわけたことをいう人は部活をやる資格はないよ。親が見ている時、イイカッコしなくて、いつイイカッコするんだ!」
 以上のようなことを必ず一度は語る。
 「親を大事にしなさい」という指導は、親の顧問への信頼を増すことになる。
 最初からそれを計算してやってきたわけでない。娘の成長を見ることなく若くしてこの世を去った美紀の母親と久美の父親のことを思うとそう言わずにはいられないのだ。