マンハッタンを上から下へと斜めに横切る道があります。ブロードウェイで
す。地図を見ると区画整理されたマンハッタンにはめずらしく、曲線を描いた軌
跡が目を引きます。その道路のミッドタウン周辺の一部分が、ミュージカルで有
名なブロードウェイと総称されるところです。私も以前、ブロードウェイでミュ
ージカルを鑑賞する機会があり、感動したのと同時に、文化の違いというものを
強く感じさせられました。何でもそうですが、本場ものと輸入ものとの間には、
歴史から来る埋めきれない違いというものが、どうしても存在しているように思
えるのです。
本場ものを鑑賞すると、ブロードウェイのミュージカルは、大人のためにあ
ると実感させられます。日本の劇場に足を運ぶと、たいてい観客は女性や若者と
相場が決まっています。しかし、ニューヨークや欧米の場合、ミュージカル文化
の根付き方や歴史の違いからか、完全に大人のための娯楽として存在しているん
だと知らされます。
まず、開演時間が午後8時と日本に比べて遅く、仕事帰りの人々も余裕をも
って鑑賞することができます。日本の場合は、遅くても午後6時ぐらいが普通で
はないでしょうか。そして、開演が遅い分だけ帰宅時間が遅くなります。日本と
比べ治安が悪いのはみなさんもご存じの通りでしょうから、そういう意味でもミ
ュージカルが大人のものとして、位置付けられているんだと理解させられるので
す。
極め付けが、幕と幕の間にある休憩時間の過ごし方です。前半が終わるか終
わらないかという時点で、我れ先きにとばかりに人々の群れが階段を駆け下り、
地下方面へと流れ出していきます。私もブロードウェイでミュージカルを見るの
が初めてだったため、何事かと後をついて行きました。階段を何段か下り、よう
やく地階に行き着いてみると、なんとそこにはきらびやかで美しい豪華な酒場が
あるではないですか。そして、そこで人々はそうすることが当然のように先を争
うように、ウイスキーやワイン、カクテルなどの酒を注文し、それをガブガブと
飲み、談笑をしているのです。私もそうしなければいけないような気持ちに取り
つかれ、とりあえず白ワインを2杯続けて飲み干しました。数分後、天井のラン
プが点滅したかと思うと、これまで酒をあおっていた人々が、一斉に今度は劇場
へと戻って行きました。私もスタート前の合図と理解し、慌ててグラスを戻し席
へと帰りました。そして間もなく後半の幕が開けられたのでした。
日本のミュージカル鑑賞においては、幕の合間の休憩時間の過ごし方は、待
合所でコーヒーやジュースを飲んだり、タバコを吸ったり、ビールを飲むぐらい
がせいぜいではないでしょうか。ましてや劇場の中に豪華なバーがあって、一流
のバーテンがいて、当然のようにウイスキーやワイン、カクテルを注文し、時間
の許す限りそれらを楽しむなどとは、とうてい考えられるものではありません。
その様子を眺めていると、これをしたいがためにミュージカルを見に来ているの
ではないかと思えてくる人々もいるほどです。考えれば考えるほど、何ともおも
しろい習慣ではないでしょうか。そして私にはそれが、様々なもののなかでも日
本と欧米との演劇感の違いを、最も象徴している現象のように思えてならないの
です。
ブロードウェイのミュージカルは私に三つのことを教えてくれました。一つ
は本場のミュージカルのすばらしさを、二つ目はエンターテイメントは大人の娯
楽であるということ、そして三つ目は、当日に空席があれば半額でチケットが入
手できるという合理性を。文化的娯楽とは、そのような位置にあるのが、最も心
地の良いものなのではないでしょうか。