エ ッ セ イ


−それでも中国は歩みゆく−


 中国のある経済特区へ友人と出かけた。街は新ビルの建築ラッシュで、ほこりが目に痛む。目を細めながら通りを歩いていると、三十人ほどの子供がこちらに駆け寄ってくる。年は六、七歳。ほとんどが女の子で、みんな手に手に一本の花を持っている。ぐるっと私たちを取り囲むと、口々に何か叫んで持っている花を突き出す。私は笑いながらも、逃れようと懸命に両手を振る。だが小さい眉をつり上げて、服やズボンをグイグイ引っぱる。しまいには「逃してなるか!」と私の足をシッカと抱え、その場に座り込んでしまった。

体の構造とは、おもしろいものである。小さな力でもひざを押さえられ、曲げることができないと、簡単に歩けなくなる。これは経験から学んだ新しい真理だ。「さすがは中国人、子供でもツボを心得ている」と変に感心しつつ、「張り倒したい」との気持ちと、良心とが綱引きを始める。

振りほどこうと五分ほどもみあったが、やはりダメだ。しかたなくポケットから少額紙幣をつかみ、それを与えて、ようやく「花」と自由を手に入れた。友人たちもいくらか渡したようだった。ホッとして顔を上げるとカモ≠ニでも思ったか、ほかの娘が第二波攻撃をかけてくる。「逃げなければ――」頭をよぎった時には、もう駆け出していた。

走りに走る。なりふり構わず走る。二キロは走ったであろう。後ろを振り返ると、子供たちの姿はなかった。友人のUが来たので「Tは?」と聞いてみた。「お金を渡すのに手間取っていたようだ」とUは息をはずませる。どうなったのかと思っていると、ふらふら歩いて来る男がいた。よく見るとTだ。近寄って顔をのぞき込むと「何も……あぁ……」とだけつぶやく。ところどころ破れた服が妙に痛々しい。うなだれ、疲れきったようすであたりをうかがっている。近くで足音がすると異常なまでにびくつく。

 私たちはその地を後にし、香港へと出国した。Tは何も言わない。ただUの話では、かろうじて逃げ出したTが、途中何かにつまずいて倒れた。そこに元から彼を追っていた連中と、私たちに追いつけなかった連中とが加わり、前後からいっせいに襲いかかった――とのことである。私はふっと、先の大戦中「戦艦大和に群がる米軍機の光景」を思い浮かべ、それを打ち消すように首を横に振った。

 このようにガックリ肩を落としたTの横顔と、人民のパワーを背景にして、共産主義・中国は経済大国への道を突き進むのである。




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