マ リ ア ナ 諸 島 情 報


−テニアン島で見た夕陽−


 サイパンからプロペラ機で10分ほどのところに、テニアンという島があり ます。人口も少なく何もない小さな島ですが、サイパンよりもさらにきれいな海 がそこには広がっています。だれもいないビーチ、熱帯魚の群れが泳ぐサンゴ礁 、すばらしいリゾートを楽しみにしていた私は、しかしその楽園のような島を訪 れてみて、結局最後に感じたことは複雑な思い以外の何物でもなかったのです。

 島には舗装された「道路」と呼べるものは数本しかなく、島を南北に貫く「 ブロードウェイ」と名の付けられたメインストリートがその代表といえます。テ ニアン島の形と道路の位置がマンハッタンに似ていることから、そのような名が 付けられました。

 空港を出てそのメインストリートを南に向かうと、王制時代の王専用ビーチ や数々の美しいビーチが姿を表します。「テニアンの海はナマコも住めないほど 美しい」といわれるとおり(サイパンにはナマコがたくさんいます)、見事なビ ーチが点在しています。私も国内、海外と様々なビーチを訪れましたが、そのな かでもナンバー1ではないかと今も考えています。本当にすばらしい海が、そこ にはあるのです。

 しかし、メインストリートを北へ向かうと、そこには悲しい歴史が顔を見せ ます。過去の太平洋戦争の時代、テニアンはサイパンやグアムと同様に日本の統 治下にありました。神社や学校が建てられ、多くの日本人が移住し、日本と同じ 生活がそこでは行われていました。島の北部には、今もなお老朽化した大鳥居を 始めとする、主人のいない朽ち果てた建造物が点在し、歴史にほんろうされた時 代の、様々な日本の形跡が残されています。

 だが、それ以上に強烈なものが島の最北部にあります。強烈というより、日 本にとっては絶対に忘れられない現実に強く関係したもの−−それは今はアメリ カの管理下にあり、ほとんど使われずに雑草が覆い茂るだけになった、だだっ広 い飛行場です。以前、日本軍が整備し、その後アメリカ軍の重要な戦略地となっ たといえば、ご存じの方も多いかもしれません。そうです、「エノラゲイ」に代 表するB29爆撃機がここで原子爆弾の積み込みを行い、日本へ飛び立ち、広島 ・長崎の上空に現れたという、あの空港がテニアンにあるのです。

 今も、飛行機に原爆の積み込み作業をした二カ所のピットには、メモリアル として記念の碑が建てられています。しかし道らしい道もなく、背の高い雑草が 空港全体を取り巻くように覆い茂った現状では、訪れる人もほとんどありません 。そこに立っていると、太陽の日がさんさんと照りつける南の島にいながらも、 何ともいえない気分になり、寒気すら感じてしまいます。無人の荒れ果てた飛行 場には、ただ気味の悪い雰囲気だけが、ただよっているのです。

 日帰りの日程で訪れたテニアンを飛び立ち、サイパンへと向かうプロペラ機 のなかで、水平線に沈みかけた夕日に照らされたテニアン島を、上空からじっと 見つめていました。軽い気持ちで、休暇を楽しむためにと計画したテニアンへの 旅行が、結果として私に残したものは、そんなに簡単なものではありませんでし た。歴史のなかにある忘れがたい驚異の現実に、実際に触れたときに感じる想い は、けっして軽いものではなかったのです。



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