about the fine arts

◆旅先でも、普段でも美術館によく行きます。特に絵画は好きです。
◆好きになったきっかけは、帰省先の倉敷にある大原美術館に子供の頃から
友達とよく遊びに(!?)行ってたことです。子供のお小遣いで入れる料金だったんです。
中間色の微妙な色合いが好きで、モネの睡蓮はもちろん大好きでしたが、
色彩は柔らかくしかし輪郭のシャープなユトリロや特徴的なビュッフェも好きでした。
そして高校のとき美術を選択したら抽象画の油絵先生で美術史もまじめにスライドで
教えてくれたのです。(セザンヌからマティス、ビカソまでの流れを少し知って、
ああ、大原美術館の絵ってほんとにすごいんだとわかった…。)

◆最近行った美術展から・・・。

セザンヌ展
横浜美術館(JR桜木町駅下車10分)
1999.9.11−1999.12.19

 (画像での紹介は後日いたします。)
 とても混んでいましたが、オルセー美術館展よりはマシでした。さすがセザンヌをこれだけ一同に集めると圧巻。何だか一通り見てすぐ帰るのが惜しい気持ちでした。もちろんカタログ(2500円)を買って今でもゆっくり楽しんでいます。
 そう、セザンヌはユトリロ、ビュッフェとならんで私の好きな画家です。
 有名なのは果物をモチーフにした静物画でしょう。落ち着いた雰囲気、それでいてどこか品の良いゴージャスさも感じられて好きです。むだのない色彩と安定感のある構成によって質感がみなぎっているからなのでしょうか。それでも重たさを感じさせないのはよく見ると意外に軽快な最小限の筆致によるのかもしれません。
 数的に多いのは風景画で、代表的なものとして、南仏のレスタックからみたマルセイユ湾やサント・ビクトワール山を描いたものがあげられます。
 実はセザンヌにも重々しい初期絵画時代があったのですが、印象派の影響で明るい色彩と軽いタッチになりました。しかし、風景画を描き続ける過程で脱印象派、独自の構築的な世界へ向かうのです。
 モチーフを単純化しながら堅牢な構造を取り入れて実現する均整の取れた構図と規則的なタッチによるテンポの良い安定感はセザンヌ絵画の真骨頂といえるものです。
 水浴画もセザンヌが永くテーマとしたものです。女性をモチーフにしたものがだけでなく男性を描いたものもあり、これはオルセー美術館展の方に展示されています(「水浴の男たち」)。
 樹木と人の配置を構図としてみるとピラミッド型が基本になっています。人物か構図から外れる時はそれを支える樹木を配置するといった構成になっています。
 12月の終了までにぜひもう一度訪れたいものです。
 年明け後は愛知県美術館で引き続き開催されますので東海地区の方はその時にどうぞ。
 オルセー展はもっとひどかったのですが、絵画の紹介の見出しがすごく小さな活字を使っているので、かなり接近しないと見えません。そのため、みな絵に接近してしまい、人だかりで絵が見えないという悪循環になっている気がします。目の悪い方は目がね等必須ですね。

オルセー美術館展
東京 上野 国立西洋美術館(JR上野駅下車3分)
1999.9.14−1999.12.12
人また人、何を見にいったんだか、ご来光目当てのミーハー富士登山という感じの館内でした。私語の嵐。ゆっくり鑑賞できる雰囲気ではありません。
絵を一枚見るごとに行列。パンフレットの番号と展示の順番がバラバラで、戸惑うことしばしば。
そんな中でも、きっちり見ておくべき絵は見て来ました。
以下ご紹介します。


ルノワール「習作 若い女性のトルソ,陽の効果」

ポール・セザンヌ「水浴の男たち」(画像なし)
同上「レスタック湾から見たマルセイユ湾の眺め」

ゴッホ「星降る夜 アルル」

(以下、画像なし) グスタフ・クリムト「木々の下の薔薇」
エドガー・ドガ「カフェの中で(アプサント酒)」
ポール・セザンヌ「セザンヌ夫人」
クロード・モネ「死の床のカミーユ」

常設展にエル・グレコがありちょっと感動でした。田舎の大原美術館にはエル・グレコの「受胎告知」があり、子供の頃から何となく見ていたし、何といっても大原美術館の横にアンティークな喫茶店がありその名もエル・グレコなのです。

モーリス・ユトリロ展
千葉 そごう美術館
1999.1.13−1999.2.14
大分、京都、佐賀と全国をまわってきたユトリロ展も千葉で最後となりました。
ユトリロはその生涯にらたくさんの作品を描いていますが、何でもない街並みを描きつづけました。人物像は風景の中にほんの小さくおおよそ後ろ向きに象徴的に描かれているに過ぎません。そんなユトリロの心象風景を理解するには謎に満ちた彼とモデルで画家の母シュザンヌ・ヴァラドンの出自をたどらなくてはなりません。
鋳造業だったユトリロの祖父は偽金事件で流刑地送りになった後死亡、しかしその不在のさなか生れた父親の知れぬ子供がユトリロの母シュザンヌなのです。このが原因で祖母は村を追われパリに出ました。母は16でモデルとして見出され、ルノアール・ロートレックにも描かれています。恋多き女となりロートレックは彼女に求婚するものの取り合わなかったそうです。父のはっきりしないユトリロ(モーリス・ヴァラドン)誕生後、カタロニア出身のミゲル・ユトリロが子供として認知し、戸籍上ユトリロとなりました。しかし9歳の頃の母は詩人エリック・サティの愛人になっています。小学校では姓が変わったことと母がヌードで画家のモデルを勤めていることが話題となりいじめに遭い針のむしろの日々が続きました。しかも、ユトリロは幼い頃から母親に省みられることなく生れ育ち、絶えず孤独と不安の中にありました。こんな事情で早くから酒におぼれアル中発作、奇行や事件を起こして精神病院に入退院を繰り返しています。2度ほど自殺さえ試みています。それも母の関心を引こうとするためだったようです。そんな中、1904年二十歳ごろから絵筆をとりはじめたのです。ここから少々色彩のくらい(モンマニー時代)が始まります。そのあと1904− 1914年の白の時代となり絵も売れはじめます。描くことさえも母への対抗心であり違う分野で違う手法で母の目を引こうとしていたのでしょう。
実はユトリロという名は後々の母の相手の男の名前で、彼は画家の名声が確立するまではもとの母の姓ヴァラドンを名乗りつづけました。絵のサインにも「Maurice Utrillo,V,」とあり、このVこそヴァラドンの頭文字なのです。
絵など続きはまた!


パリオランジュリー美術館展
東京 渋谷 東急BUNKAMURAザ・ミュージアム
1998.11.14−1999.2.14
「最初で最後の日本公開」とサブタイトルのとおり、パリに行かずして
これだけの絵画を一度に見られることはもうないだろう、というくらい。
もう少しやっているのでまだの方はぜひ。平日は18:30入場までですが、
金土は20:30入場までなので行きやすいと思います。

去年から行こうと思いつつ気がついたらもう終わりそうだと気づき、
慌てて行ってきました。さすが、ルーブル、オルセーと並ぶ美術館、
モネ、セザンヌ、マティス、ピカソ、ユトリロ、ルノワール、モディリアニ、
マリー・ローランサン等々・・・圧倒的です。一度では消化しきれないほどの数です。
記念にユトリロとルノワールの絵葉書を買ってきましたので近日掲載します。
ルーアールって裸婦のイメージが強いけど、可愛い子供の絵も多くてそれが
良かったです。
珍しく上質な複製画を安く販売していますので、それも注目したらと思います。
ルノアールとユトリロの絵葉書を買ってきました。このページの最後に掲載しています。

◆続いて、行きたい美術展・・・。


ユトリロ展
千葉 千葉駅近く そごう美術館
1999.−1999.2.14
先述のとおりユトリロは好きな画家のひとりなのでぜひ行こうと思っています。
千葉なので、ちょっと遠いけどこれも逃すとこれだけの展示は当分ない気がします。
石造りの街並みを独特の落ち着いた軟らかな色彩とはっきりとした輪郭で
描写している絵が多いです。

◆モーリス・ユトリロ「国旗をあげた村役場」(1924)

ユトリロ「国旗をあげた村役場」

◆オーギュスト・ルノアール「ピアノを弾く少女たち」(1892頃)
             「ガブリエルとジャン」(1895−6)

ルノアール「ピアノを弾く少女たち」     ルノアール「ガブリエルとジャン」