夏の倉敷美観地区(堀と蔵屋敷 大原美術館 アイビースクエア)


8月中旬、夏の倉敷美観地区を写真に収めてきました。

この倉敷こそ私が高校生までの生活を過ごしたところです。

この美観地区はほんの一角であり、倉敷の街のほとんどはさして、普通の地方都市と変わりません。
「市街化調整区域」の設定により、現在でも過剰な都市化を防いでおり、少し離れれば、
美しい田園風景も残されています。
さて、美観地区でも厳しい建築制限などで街並み・景観の保護をしています。
それで、住民に多額の費用負担がかかるとか、マンション建設ができないなどの問題も出ています。
この地区に住んでいる人が立て替えやリフォームするときには、
写真のような蔵屋敷に調和したものにしなくてはならないので
多少補助が出たとしても大変な負担のようです。
風情のある街並みを保存するのは維持管理のコストがかさみますが、
その分観光産業で潤う部分もあるわけです。
富良野・美瑛でも、採算の取れない麦畑を観光用にがんばって続けているという面もあるようです。

さて、何で倉敷にはこんな蔵屋敷がいっぱいあるんでしょうか?
倉敷は城下町ではなく、商業の街です。城はないが、代官所がありました。つまり江戸幕府の直轄地。
備中・美作・塩飽諸島(瀬戸内の制海権・海運を持っていた水軍の根拠地)を統括していました。
当時の倉敷(写真の美観地区)は港でした。
この写真のお堀は倉敷川というのですが、この川が児島湾に流れ、海に出られたのです。
何をどこに運んだかというと、お江戸に備中・美作の米を運んだのです。
で、その積み出す米を一時保管する倉庫こそがお堀端の蔵の前身なのでした。
だから、別に観光用に最近作ったわけではないのですね。
といっても、たかだか倉庫ですから、当時はこんなきれいで立派な蔵だったかどうかはわかりませんが。
ちなみに、私の実家の近くにも倉敷川の支流があるのですが、児島湾が淡水化事業で児島湖に
なってしまう前は、満ち潮になると瀬戸内の魚やタコがのぼってきたそうです。


★★美観地区のお堀端周辺の街並み★★

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蔵の中には民芸品のショップや喫茶店があったりするんですね。 3
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では、れんが造りのおしゃれなアイビースクエアーは何なんでしょう。
これは今もある倉敷紡績という会社のたぶん明治時代からの紡績工場の跡をホテルに改造したものです。
だからレトロでアンティークで、女性受けしているんですね。
この倉敷紡績(現クラボウ)の経営者が大原財閥です。ちなみに法政大学の大原社会問題研究所を創設したのも大原一族。
大原美術館なんていう世界的にも優れたコレクションを持つ美術館がどうして倉敷にあるのか、
という疑問はこれでお分かりでしょう。
大原家は地元出身で、美大卒業作品が宮内庁買い上げとなった美術エリートである
児島虎次郎を渡欧させ印象派絵画を学ばせたのち、大原コレクションの収集を命じたのです。
大原家の豊富な資金力がなければかなわなかったことですが、虎次郎の苦労も並ではありませんでした。
モネに睡蓮の絵を交渉するため、自宅に出向いてもずっと相手にされなかったが
あきらめずに通い詰め、ついにモネの心を動かした話は有名です。
大原美術館にはモネの家から株分けされた、睡蓮があるほどです。



★★大原美術館と隣の喫茶「エル・グレコ」★★

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「エル・グレコ」は大原美術館所蔵の名画「受胎告知」の作者の名前ですね。 かなりレトロな雰囲気。コーヒーなどとってもおいしいです。しかも安い。 当然、商売っ気はナシ。夕方に閉まるみたいなのでお早めに。 美術館は伝統絵画の本館の他にも、現代美術、陶芸、彫刻、版画などの別館があり、 ゆっくり見れば一日かかります。
それにしても、エンタシスの柱、美しいですよね。

★★ホテル「アイビースクエアー」とその中庭からみた風見鶏とその周辺★★

6 ツタの絡まる煉瓦造りのホテル、中庭も美しく、部屋もレトロ&かわいめとあって、 OLさんぶらり旅の御用達。
さて、あまり観光客は来ない本町というあたりの街並みこそ情緒がありオススメだと私は思っています。
車の往来もあって写真はとりづらかったですが。

★★本町周辺 「散髪屋さん」も街並みに溶け込む★★


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いかがでしたでしょうか。夏休み中で人でも多く、じっくり撮る時間もなくてこんな感じに なりましたが、いずれはもっと人の少ないシーズンにまた撮りたいなと思います。 興味を持たれた方は、倉敷の地をぜひ一度おたずねください。 倉敷への行き方:東京からなら新幹線「のぞみ」で岡山まで3時間ちょっと。そこから在来線に乗り換えて15分ほどです。
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