武 蔵 阿 蘇 神 社
◇場所:東京都羽村市
・南参道 第二の鳥居階段を上がった正面に武蔵阿蘇神社の拝殿があり、奥には本殿があります。健磐竜命 阿蘇都媛命 速瓶玉命以下12神を祭る
◇拝殿上部には〔阿蘇惟之〕書の額がかけられています
◇南参道 第二の鳥居、階段上にのぞいているのは第三の鳥居です。その後方に拝殿が望めます。
◇阿蘇神社本殿の建物は、東京都指定有形文化財に指定されています。平将門が勧請したと記載されていますが、従来から健造されていたのを造営したようです。
◇10世紀に平将門を討ち取った藤原秀郷お手植えのシイの木と伝えられています。
◇多摩川の清流に沿って南参道の初め第一の鳥居があります。左側木製柱に僅かながら阿蘇神社と読めます。
所在地 東京都羽村市羽加美(ハネカミ)
創建 ■由緒
<鎮座地>:東京都羽村市羽加美4丁目
 多摩川上流の西に丘陵があり小さい丸石が河原を埋め中央に清流が  初春の日にキラキラと輝いている。どこかで見たような河原の景色・・・そ うあれは初詣に行った五十鈴川にどこか優しさが似ている。南参道一の 鳥居をくぐると東側の林からは七色羽をばたつかせて雉が飛び立った。
 階段の下に二の鳥居。境内にあがると三の鳥居。
<御祭神>:12神で阿蘇神社と同様。
 健磐竜命 阿蘇都媛命 速瓶玉命  国竜神 比東芬q神 彦御子神   若比盗_ 新彦神    新比盗_  若彦神 弥比盗_   金凝神
<由緒>:
 ・旧称は阿蘇大明神、長渕郷総社竜水山阿蘇宮、または阿蘇宮と称し   たといいます。明治2年 阿蘇神社と改称。明治6年 村社に列せられ  ました。
 ・創建は推古天皇九年(601年)五月と伝えられ、領主・武門の崇敬が厚  かったようです。伝承では推古帝朝時代に多摩川が氾濫したた時、姥  ケ渕に阿蘇媛命という媼が現れ玉を水中に沈めると水害も治まったと  いいます。そこで、そこに聖地を築いて神を祭りました。
 ・承平三年 (933年)平将門が社殿を造営しました。
 平将門は桓武天皇の子孫で桓武平氏の平高望の孫といいます。若 い 頃、京都で藤原忠平に仕えました。940年、下野・上野・常陸・上総・   下総・相模・伊豆・安房 八ケ国の国司・左大臣・右大臣を任命し、み   ずから新皇となって関東独立国をうち立てました。
 平将門の居館はそまのほといわれた奥多摩町棚沢(将門原)にもあり、 そこに住まわせていた娘の滝夜叉姫または愛した桔梗姫を会いに行く  途中、立ち寄り武運を祈ったと言います。
 ・藤原秀郷が将門の乱で将門を討ち取った後、天慶3年(940年)に将   門の霊を鎮めるため阿蘇神社を修復し、境内にシイの木を植えたと言  います。現在、ヒコバエから育てた2世といいます。
 ・創建時の本殿は石室で出来、当地に鎮座していたとのこと
  朱印等は 1636(寛永13)年---神道管領長上 吉田家 裁許状
         1649(慶安2)年---徳川家光公 朱印状(13石)
・1536年(天文5年) 平将門の子孫と称する(相馬系図)三田氏 社殿  修復時の棟札には、“ 大日本国武州そまほ長渕郷羽村”とありま す。
・「和漢三才図絵」「国花萬葉記」「武蔵国全図」等の名所案内記に 「阿   蘇明神在羽村社領二十四国」 とみえます。当地方の古社であると説   明されています。
・「和漢三才図会」には、阿曽明神は在葉村。社領二十四石と記述されて います。
・三田氏の後には、北条氏、徳川氏から保護を受けました。
・「神饌田」で稲刈り、2月に豊作を祈願する「祈年祭」があります。
  秋10月には初穂をお供えし 稔を感謝する「新嘗祭」を行っているそう  です。
・2001年 創建1400年祭が執行されました。