阿蘇の観光
阿蘇の観光名所・史蹟、そして思い出メールレター
・2005年 2月11日 一の宮町、阿蘇町および波野村 2町1村が合併し阿蘇市 誕生しました
*阿蘇谷 南から北方面を上空から見下ろしました。
* カドリードミニオンヘリポート
* カドリードミニオンヘリポートから飛び立ちます。
豊肥線を熊本から宮地駅まで走っていた蒸気機関車“阿蘇ボーイ”
終点 宮地駅。阿蘇神社は、ここから歩いて約20分。時間がなければタクシーをご利用ください。
宮地の町並
緑が郷愁を誘います。
町の至る所に湧水があります。
総合遊園地
草千里
城山展望所
城山展望台からの日の出
のぼり道 途中に鎮座していました。
城山展望台の茶屋
阿蘇名物トウモロコシで作った壁掛け
グリーロードを下ると綺麗な清水が湧いています。
湧き水近くの、わくど石(がまがえるのこと)
大観望
仙酔峡
広葉の季節を迎えた仙酔峡。仙酔峡へは豊肥線 宮地駅から車で約20分です。
火口近くまでケーブルカーで登れます。

 春5月頃、濃いピンク色の約5万本のミヤマキリシマが、高岳と中岳の溶岩が露出した峡谷の斜面に群生しています。
 阿蘇中央火口へロープエイで行く事が出来ます。ツツジ祭りが春に開催されます。峡谷には岩ツバメもいます。・5月、みやまきりしまが咲いていたころ。
例年だと観光客で大渋滞なんですが今年は、町がアゼリア21あたりからシャトルバ
スを5分おきに出していて渋滞解消とても楽になりました。
いつもは閑散としている仙酔峡付近ですがこの季節ばかりは大変な賑わいです。
 またここには雨の時だけ川になる小川があり、水もきれいなので家族連れやお友達とでバーベキューをかねて遊べます。(子供は水遊び、大人はお昼寝。)
また、仙酔峡からは、反対方向のカルデラに向かって、仏舎利塔が望めます。
*上記 仙酔峡の一部の写真は阿蘇 園田さん撮影
熊本市内へ抜ける西方の俵山
阿蘇高原と山並みハイウェー
  • 阿蘇外輪山の草原は高原にあり、瀬の本高原、産山高原、久住高原および波野の高原とそれぞれ広がっています
  • 早春 野焼きがあり風物詩になつています。古事記に日本武尊が熊襲征伐のおり、野火作戦にあって危機に陥った時、自分の周辺の草を剣でなぎ払い、危うく難を逃れたとありますが、それは、この高原であっただろうと思います。
  • 今は、高原の中を阿蘇から別府までハイウェーが走っています。
・瀬の本高原
阿蘇くじゅう国立公園内を南北に縦断しているハイウェー。長崎から阿蘇を経由して別府に行く途中の高原の道。心が洗われる思いです
■くじゅう花公園
瀬の本高原近くにある
阿蘇の名所
阿蘇外輪山の名所 説 明
牧の戸
小嵐山付近
・小嵐山と鹿漬川
阿蘇北外輪山の麓の鹿漬川に小嵐山があります。京都の嵐山を小さくしたような山から、徳富蘇峰が大観望とともに名付けました。
京都の嵐山に似ているところから、徳富蘇峰がこの名をつけました。小嵐山の前の川は鹿漬川で、橋は小嵐山橋といいます。また、大観望も徳富蘇峰が名付け親です。
川にはおやにらみ、かまづか、あぶらめ(あぶらはや)、どんこ、鯰、うなぎどじょう、タニシが子供の頃、捕れたが、今は岸壁がコンクリートになり魚影は少なくなりました。また、子供の頃、貸ボート屋があったが、今は残念ながらありません。
鹿漬川です。河童います?
八大龍王の藤
東下原
古代の里美術館。宮地駅から、豊肥線の踏切を泉水峡の方に登る途中にあります。
のぼり坂 途中のレストラン
国立青年の家
仙酔峡への入り口
古里の思いでと阿蘇近郊の温泉、施設
★古里の思いで
阿蘇で育ち今は、京都宇治市に住まれる長尾さんからの古里の思いでメール

阿蘇に近々帰られるそうですが、今とっても良い季節ですよね。最近は稲の刈り入れ時期が 早くなって、とっくに田んぼは阿蘇特有の黒い土色になってしまっているでしょうが、外輪山の黄色い山肌は温かみがあって和ませられますね。小生は阿蘇町で子供の頃を過ごしました。小学校は山田小学校でしたよ。中学は阿蘇北中です。中学生時代の3年間は内牧の友人と毎日曜日、殆ど欠かさず外輪山や阿蘇五岳を植物採集で歩き回りました。熊本でやっていた中学生の科学研究コンクー ルに出品するためでした。私達の採集した膨大な標本は今でも阿蘇北中の理科室に大切に保管されているそうです。田舎に居る姪っ子が言っておりました。
 
阿蘇の古墳については、一の宮町に多く在るのだと子供の頃聞いた記憶がありま す。子供の頃って割と行動半径が狭くて、隣町の一宮に行く機会は滅多にありませんでした。今田舎に帰ると、当たり前のように宮地に買い物に行っています。隔世の観 があります。町村合併の計画が出るのも時代なんですね。

駿河さんは中通小ですか。小学校の頃春牧中学のグランドや役犬原小のグランドを借りて、 ソフトボールの試合をやったご記憶がありませんか。あの頃小生はピッチャーでした。あんまり勝った記憶はなくて、いつも敗戦投手だったように憶えていま す。あの時代の小学生は野球よりソフトボールでした。6年生の頃になってようやく軟式野球をボチボチという位でした。
今の季節、私達はかすみ網を持って河 原に行き、ほおじろ捕りに夢中でした。竹篭も自分たちで作っていました。田んぼで落穂拾いして、それが野鳥を飼う餌になりました。
田んぼのあちこちで脱穀 した籾殻を焼いていましたが、子供は毎日ランドセルに乾燥させたとうもろこしを一本入れてもらって学校に行き、学校帰りに籾殻焼きの周りにかがんで、ポッ プコーンを作って食べました。農家の親は野良仕事で遅くなるので、子供たちはポップコーンなどで空腹を凌ぐのです。
小生の家は公務員だったので田畑がな く、乾燥とうもろこしは人からもらっていました。家に戻れば母親がいるのでひもじさは無用だったのですが、あのポップコーンだけはどうしても魅力がありま した。今の季節は子供たちにとって天国だったように思い出します。大観峰の真下辺りが私達の縄張りで、アケビ、桑の実、柿、ゆず、山葡萄、何でもありでし た。
魚釣りは農薬のせいで思うようには収穫がありませんでしたが、鮒やハエは面白いように釣れました。内牧の蓮池でアメリカザリガニ釣りも結構楽しめまし た。父がザリガニを茹でて食った時は、さすがにびっくりしました。
我が父は何でも食べる人でした。蝗や蜂の子、蟻んこだけに止まらず、柳の木をどこからか 採ってきて、幹の中にいる柳虫(2cm程の幼虫)をフライパンで炒って食べました。子供は鼻血が出るからと言っていつも2,3匹しか呉れませんでしたが、 香ばしかった匂いの記憶があります。
 
阿蘇での生活は小生の半生の全てを律しています。かけがえのない日々でした。駿河さんが 阿蘇に郷土資料館のようなものを、と仰るのはよく解ります。遠くに離れて故郷を俯瞰したり、振り返ったりすると、その事の大切さをつくづく感じるのです。 ただ、地元にいる人たちが私たちと同じような感慨を持つかというと、少し違うかも知れません。
阿蘇市になるエポックに、市民会館のような施設を計画するよ うですが、彼らの思いは日常的で現実生活に役立つものへと向かいます。私たちのように全国に広がった人たちさえ繋ぎ止めるような発想の施設という思いは、 域外の人たちだけでは困難でしょうから、地元の人たちを説得できなければなりませんね。


阿蘇の雲海が見たいとおっしゃっていたので、実現してよかったですね。私は阿蘇の雲海は写真で見た事があるくらいで、実際は見ていません。もっぱら雲海の 下を小学校に通っていただけです。でも、霧の中を山田小学校に通いながら、大観峰から見れば雲海が広がっているのだろう、という感慨はいつも持っていたよ うにおもいます。そうそう、そうです。山田小学校の講堂の壁に阿蘇の雲海の写真だか絵が額に入れて飾られていたのです。何となく大人に近づくようになっ て、一度見ておくべしと思うようになって、しかし、朝まだ暗いうちから山に登るのがおっくうで、結局今に至るまで実現しておりません。そうなんですか、駿 河さんのご実家からは城山の方から外輪山にあがるのですか。今は車が使えるので便利ですね。

もう何年も前のことですが、帰省した折に小嵐山へ行こうとして、丁度土木工事をやっていて、近づく事ができずに引き返してきた事がありました。子 供の頃何度もは行った事はないのですが、不思議と小嵐山が好きで、印象深く、高校の頃柄にも無く詩などを作った事もありました。初めて行ったのは小学校の 2年か3年生の時で、先生に連れられてクラスで行きました。その時の情景は鮮明に憶えています。ボートがあって、担任の先生が皆を交代にボートに乗せてく れたのですが、私といえば怖くて水面ばかり見ていた記憶です。お昼の弁当はあの小さな丘、あれが小嵐山と言ったのでしょうか、そこに登って食べました。幾 つもの石仏がそこここに置いてありました。頂上辺りに小さな祠があって、白い幟がかかっていました。本当に鮮明なのです。私たちは「こがらしやま」とも 「しょうらんざん」とも呼びました。それは丁度京都の嵐山を「あらしやま」とも「らんざん」とも呼ぶように。京都の嵯峨野には嵐山という山は存在しないの です。嵐山とは大堰川を挟むあの一帯の地名に過ぎません。ぼちぼち紅葉が綺麗に色づく頃です。

熊本の上通りと言うも懐かしいですね。かっては下通りよりも上通りの方が華やかな感じがしたものですが、今は下通りの方が賑やかだと聞いていま す。高校の頃は長崎書店と蜂楽饅頭しか興味がなかったのですが。サラリーマンになって熊本に出張があると必ず蜂楽饅頭を大量に買って、会社への土産にしま した。あのたっぷりな餡を思い浮かべると、今でもごくりと喉が鳴りそうです。会社で熊本出身者と出会うと、必ずと言ってよい程、蜂楽饅頭の話題でした。

以上、阿蘇で育った長尾さんからのメール文を、あまりにも懐かしくなり、自分一人で見るだけなのは勿体ない気がして本人の了解を得て、抜粋して掲載させて頂きました。阿蘇を離れてよその土地で過ごされている方々に心のこもったクリスマスプレゼントです。
 

・日本で行きたい温泉ベスト10は、次の様に阿蘇くじゅう国立公園内が2件ありました。九州地域で見ると3件でした。                               (出典:2002年12/21日 朝日新聞)
@湯布院 大分
A登別 北海道
B白骨 長野
C乳頭 秋田
D黒川 熊本
E草津 群馬
F箱根 神奈川
G別府 大分
H有馬 兵庫
H道後 愛媛

<かめさんとうさぎさんの珍阿蘇旅行記 2001.7(^_^;;>

九州旅行からただいまです。(^^) あっ私、愛知県のかめさんです。(^_^;;
北九州市の友達と空港で待ち合わせて、二人(かめさんとうさぎさん)で行った
阿蘇旅行ですが、すっごく楽しい旅行でした。<(_ _)>

実は、17時30分福岡発の飛行機に乗り遅れちゃったの。(^◇^;)
原因はね、うさぎさんとは見解が違うんだけどね。(^◇^;)
うさぎさんは、『かめさんが、湯布院の温泉につかってちっとも出て来なかったから』
だそうです。(^◇^;)

私はね、『飯田高原で、うさぎさんがとろろ蕎麦を食べたから』だと思うんだ。(^◇^;)
いずれにせよ、最終便の19時20分発の飛行機に乗れて帰れたんだからいいんだけど、最後の最後に、とーーーーっても楽しくっておもしろくって、
一生忘れられない思い出ができたんだよ。\(^O^)/

20日(第1日目)*******
確か、鳳蘭が風邪を引いた感じの、否(^_^;;、鳳蘭に似た南方系の感じ
の人だったっけなぁ・・・と思いながら空港の到着出口でウロウロしてたら、
うさぎさんが先に見つけてくれました。
会えてよかったわぁ(^^)、6年ぶりだから心配だったんだ。(^_^;;
私たちのサークルのお友達とも会えて、3人でまずは御対面の乾杯。

夕方、阿蘇の乙姫に着いて、『オーベルジュ・ドゥ・弥上』へチェックイン。
お料理がすっごくおいしかったよぉ、フランスの家庭料理、かな?
カタカナの難しい名前のお料理がいっぱい出てきて、どうやって食べて
いいんだかわかんなくて、周りを見ながら緊張していただきました。(^_^;;

阿蘇って、世界一のカルデラ、広いねぇ・・。(^^)
雄大な盆地の中に山がいっぱいあって、今なお、煙がモクモクしてて・・・
阿蘇山の外輪って何キロあるんだろ?(゜.゜)?
チェックインして2時間くらい観光ドライブしてもらいました。(^^)

まずは【草千里】。烏帽子岳中腹の草原。
牛や馬があちこち放牧されてて、道路にはみ出してる牛もいたよ。
彼らがあの草を全部食べるんだろうか?(゜.゜)?
【米塚山】もユニークな山、成層火山の形なんだけど、頂上がなくて、
盆地のようにくりぬかれてて、本州にはない山、たぶん。(^^)

21日(第2日目)*****
チェックアウトしてすぐ【大観峰】。
外輪山から阿蘇五岳が見れるんだけど、釈迦涅槃像みたい。
山々がちょうど、顔、胸、足、って見えるんだよね。
ダイナミックでいいわぁ。(^^)

続いて、いよいよメインの【黒川温泉】。
入湯手形を首にぶら下げて、3ヶ所の旅館の露天風呂を楽しみました。
【黒川荘】は、街一番のお宿かもしんない。(^^)
入り口も立派で、歴史を感じる。一度すたれしまった温泉をまた盛り
上げただけあって、手を加えてあって行き届いてて、気持ちよかった。

【三愛高原ホテル】は、とにかく景色がいい!\(^O^)/
露天風呂って、大概、柵があって外からみえないようになってるけど、
ここは、目の前が草原っつうか山っつうか、ずーーっと向こうまで見渡
せて、でもちゃんと女性専用で、外部の人には見られなくなってて、
開放感抜群の露天風呂でした。\(^O^)/
がしかし、3分くらい過ぎた頃から雷に遭っちゃって、
すぐ出なきゃいけなくなっちゃったの。(T_T)
15時過ぎから、ずーーーっと次のペンションまで大雨が続いたの。
きっと、うさぎさんは、雨女なんだわ。(^◇^;)

22日(第3日目)*****
今日は、湯布院温泉に入ったんだ。
【庄屋の館】のお湯はヌルヌルしてて、後でお肌がツルツルになるの。
コバルトブルーのお湯で、大きな露天風呂からは、由布岳がバッチリ見えました。
この旅館は、離れタイプになってて、1軒1軒独立したお家をお宿にしてるの。
1泊2食30000円だから、、、、泊まれないから、日帰り入浴。(^^)
最後に一番リッチな露天風呂でした。(^^)

この後も、やまなみハイウエイを走って、もう一度阿蘇の景観を
楽しませてくれたり、うさぎさんったら、すっごく気を遣ってくれるの。
お豆腐で作ったアイスを食べたり、阿蘇の余韻を惜しんでたんだ。(^^)
で、この後がタイヘン。(^_^;;

って、一番最初に書いたように、飛行機に乗り遅れちゃった。(^◇^;)
友達のF1レース真っ青の運転サバキ!w(゜o゜)w
ミシンの縫い目を縫うような運転!
高速、かっ飛ばしだよぉ。(^◇^;)
よー生きて帰れたわぁ。(^◇^;)

お天気もよく、感謝感謝、すっごく楽しい3連休でした。
翌日からは何事もなかったかのように、仕事してます。(^_^;;
おしまい

@かめさんとうさぎさんの旅行記でした。みなさんも旅行記をメールしてネ!掲載させていただきます。(2001.8)
名 称  内   容
■かんぽの宿 阿蘇 宮地駅から豊肥線踏切を渡り阿蘇山に向かって徒歩約15分 左側にあります。当日 温泉だけの利用が可能です。もちろん宿泊設備もホテル並みです。
■内牧温泉 阿蘇火山により阿蘇周辺にはたくさんの温泉がある。一宮町の隣町に阿蘇町にある。通常は阿蘇駅からバスやタクシーで行く。小嵐山まできたら、鹿漬け川沿いに西へ車でいけます。
■国立阿蘇青年の家
■一宮町温泉センター
■アゼリア21 一の宮町 町営のプールと温泉の総合施設です。
阿蘇山の麓にあります。温水プールと温泉があります。
■黒川温泉 ・最近、サービスが良いので人気があるそうです。
■杖立温泉
■小国温泉郷
■牧の戸温泉
■長者原温泉郷
■赤水温泉
田子山
三久保の北西外輪山麓にあり。参勤交代の古道。杉林の昼尚暗い淋しい場所。現在、道を整備中。
・亀石
・亀石
・五高の道場跡
・慰霊塔?
台座が波の様でした。
南郷谷 長陽村を訪ねて
・阿蘇五岳と南外輪山に挟まれた地域を南郷谷といいます。古い遺跡や明治時代頃からの名所旧跡が多いところです。豊肥線 立野駅付近には急な坂を登るためのスイッチバックがあります。特に、昔は蒸気機関車があえぎあえぎ外輪山を越えて行った光景を良く覚えています。松本清張はこの立野駅を小説に登場させたといいます。
阿蘇のすそ野である長陽村一帯は、鎌倉時代以前から、巻狩が行われていたようで、源頼朝は梶原景時を阿蘇に派遣して巻狩の方法を教えて貰い、1193年に富士のすそ野で巻狩を行ったと言います。長陽村一帯は大分から阿蘇を抜けて熊本平野に出る間道になっています
・名物としては、豆腐を藁すぼで包み茹であげてから数日間、流水につけて製造した“すぼ豆腐”があるそうです、煮しめにして食すると云います。凍り豆腐みたいなものでしょうか。残念ながら私は食べた記憶がありません。もつとも、最近の人は煮しめとかも食しないかもしれません。
ペンション いろいろなペンションが訪問者を待っています。
西南の役の碑 1877年2月 西南の役が始まり薩摩軍1万3千人は、熊本城を攻撃しながら長陽村立野にも陣地を張りました。迎え撃った警視隊の元会津藩家老 佐川官兵衛戦死し、ここには西南の役の慰霊碑があります。
湯田巻狩温泉
孝女白菊の詩碑
数鹿流ケ滝(スガルケタキ)
鮎返りの滝
栃木原温泉 ・徳富蘇峰が大正時代に訪れています。種田山頭火が大正時代に俳句を残しています。
若山牧水の歌碑
火の鳥温泉 最近出来ました。
湯ノ谷温泉 阿蘇山の中腹にあり、かって、西洋風の品の良いホテルがあり映画のロケ地にもなりました。
垂玉温泉 ・明治時代の頃、与謝野鉄幹事、北原白秋らが九州旅行で立ち寄ったそうです。
野口雨情の民謡碑
地獄温泉 ・硫気が噴きだしさながら、地獄とはこのような風景かと見まごうばかり。硫黄が産出します。
長野神社 阿蘇神社の末社です。長野の岩戸神楽が5月、10月には奉納されます。
卯添神社 阿蘇神社の末社です。
西野宮神社 阿蘇神社の末社です。
阿蘇下田城ふれあい温泉駅
夜峰山 昔話のある山です。
下田城跡
長野城跡
白水村を訪ねて
高森町を訪ねて
高森温泉館
西原村を訪ねて

久木野村を訪ねて
久木野温泉センター
蘇陽町を訪ねて

阿蘇地方の滝
古閑の滝
  • 坂梨の東外輪山から流れ落ちる滝で、冬には凍結します。
数鹿流ケ滝(スガルケタキ)
  • この名は、健磐龍命が山城国宇治の郷からはるばるやってきて、阿蘇谷と南郷谷の湖を見て、農地にしようと外輪山の一番低い二重峠を蹴ったが堅固で壊れなかったため、火口瀬である立野を蹴破ってカルデラ湖の水を流し、やっと排水にする事ができました。
  • この時、湖水は熊本平野がある西に流れましたが、立野の数匹の鹿が流れた滝を数鹿流ケ滝と名ずけたとの伝承があります。又、この滝は清々しいので、清々しい流れの滝から、その名がついたのかとも思えます。
鮎返りの滝
阿蘇のお寺へのリンク                                
[参考文献]
  ・日本古典文学大系 風土記 岩波書店 S50.6
 ・熊本日々新聞社 地域学シリーズ@新・阿蘇学 S62.11
 ・松本ゆきお/松本幡郎 阿蘇火山 東海大学出版社 1991.6
 目次  阿蘇の民俗 阿蘇の歴史  阿蘇神社 国造神社  阿蘇の古墳 お餅アンケート  阿蘇の花 阿蘇地方の食べ物   熊本名産 阿蘇の温泉 阿蘇の自然   阿蘇五岳 全国の阿蘇地名