・国の重要無形民族文化財 (S57年指定) *右の阿蘇神社火振写真は阿蘇木村氏撮影 |
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| 開催日説明 | ||||
| ■踏歌節会(とうかせちえ)。踏歌とは歌いながら葦踏みして舞うもの・拝殿に駕輿丁が集まり田歌を歌います。 <開催日>旧1月 |
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<開催日>2月 |
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| ■拝殿に茅であんだ葦塚を作り崇神、疫神を封じ込めます。 <開催日>3月 |
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| ■13日間、拝殿で神職による神事が執り行われます。 ・現在、陣町の年袮社(歳神社、年祢明神)の田作り祭も卯の祭の一環として実施されています。年祢社は年の神を祀ります。田作り祭りは五穀の耕作を教えた国龍神(開拓神)を年の神(森や石を神体とした自然神としての天神、耕作神)として祭ります。田作り祭が終わってから農耕を開始しないと霜の被害を受けます。もともとは社家の神事で社家宅を回り7日間続きます。 <開催日>3月上卯日〜次の卯日 |
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■阿蘇神社三の宮(国龍神)の姫神を迎える(ゴゼムカエ=御前迎)火振り神事です。シバ(カシの枝葉)で包まれた御神体が到着すると、一斉に茅で作った松明に火をつけ振り回します。農業守護神年禰宮の神婚式で、氏子が火振りし奥方さまを迎えます。 火振りは夜、大人に混じって子供たちも参道で、乾燥させたがまの穂に石油を浸し、はりがねで竹の先に結びつけ振り回していました。都会では危ないのでこの様な神事は見たことがありません。 <開催日> ・平成17年度 3月13日(日) ・平成18年度 3月20日 ・平成19年度 3月15日 *祭典日は干支で行うため毎年替わるとのご指摘により、上記のように日程を訂正させて頂きました。ご迷惑をおかけ致しました。(2/2日) *右の阿蘇神社火振写真1枚 は阿蘇 木村氏 撮影 |
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■宮地 風の木の風宮の神事。風の害を防ぐために、神官は風を逐って風を穴に封じ込めます。風穴にはダンゴが供えられます。4月、7月は風鎮祭といいます。 <開催日>4月旧4日 |
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| ■桃の枝だを供える神事です。桃の実を入れたお守りを配ります。 <開催日>6月 |
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| ■阿蘇山上神社で神事後、火口に御幣を投げ込み、噴火の害を鎮めます。 <開催日>6月 |
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| ■境内に茅の輪を作り、人々は輪をくぐり無病息災を祈ります。 <開催日>6月 |
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■御田植神幸式(おんだうえじんこうしき)。御田祭り(おんだまつり)とも言います。縁起によると、第7代 孝霊天皇9年6月26日に勅祭をされました。阿蘇大明神の御督をたたえ、作物の豊作を祈った最も重要な祭典です 由来によると、「毎年、旧6月に阿蘇宮を修造し神を祭り、一・二の仮殿を設け、新しい萱(かやは外輪山の野原に沢山あります)で葺き修め、神幸として御田植の式を勤める」とあります。 午前10時から、奉祭→奉幣そして神幸式の順に進められます。全て完了するのは、夕方18時過ぎです。 子供時分にはお小遣いをもらって出店や果物の苗等を見回る事が楽しみでした。 ■祭りの朝 <開催日>7月(旧6月) |
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| ■神幸式は猿田彦を先頭に宇奈利(ウナリ)といい14神の供物である昼飯持ち)14人・獅子・早乙女(馬上)・大太鼓・田楽(太鼓1、銅鈴子2)・田植え人形(田男・田女・手頭)・牛頭・獅子雄雌・神輿4基(一の輿:健磐龍命、二の輿:阿蘇都媛、三の輿:他の男神、四の輿:他の女神)・金幣と三叉鉾が御田(お仮屋)へ神幸します。 ■祭りの日 |
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| ■ウナリ出発 神社からの出入りには正面の大門を使用しないで、脇門(えきもん)の神幸門から出発します。 11時半、さあ神幸門から行列の出発ですこの門は7/28日の今日、年1回しか開かれません。14人のウナリは全身白装束です。頭には神様のお昼ご飯を入れた唐櫃を載せています。ウナリが運ぶの神々の昼飯は、阿蘇神社の12宮、火の神および水の神と14膳あります |
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| ■うなりも獅子の後に続いています。帯は前とか横で結んでいます。 |
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| ■お仮屋に到着。猿田彦、鷹、田男、田女そして牛頭も一休み!「御田植式」 |
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| ■お仮屋に御神輿は安置され、神事が執り行われます。 この後、一のお仮屋、二のお仮屋では、行列の回りを御神輿が田歌を歌いながら廻り、神職・氏子は苗を投げます。 〈田歌〉 “一つ謡ひて此処の田の神も参らせふ、神も叡覧田主殿も植えて歓ぶ、吹や浜風靡けや、小竹の若立ち〜神家地名所や御神家に、賀久は絶えぬ。”吹けや浜風とあるように、古代の阿蘇は海との繋がりもあったとのこと。(長陽村から出土した縄文土器の底に鯨のセイツイ骨の跡が見られます---ロクロを鯨の骨から製作したと推測されています) |
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| ■御帰還 うなり、御神輿を初め行列 は帰還時には南の還御門から入ります。これは皇宮の制にならっているそうです。うなりとは島根地方では台所仕事をする人を指すそうです。 |
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| ■御帰還 境内に到着です。炎天下 お疲れさま! これからお宮巡りが待っています。 |
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| ■御帰還 4基の御神輿もお仮屋から戻ると、参道を通り還御門から境内 に入り、行列を待ち合わせます。御神興にお賽銭をあげて、御神輿の下をくぐると風を引かないといいます。 行列がそろうと、さらに奥の神域に入ります。 |
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| ■お回り 第一神殿、第二神殿及び別殿の回りを12回廻ります。獅子は走り、神輿も時々、上下に揺らしたりかけます。祭りは最高潮!この後、境内で神輿に苗投げした後、18時頃、拝殿に再び安置され、駕與丁が歌納めしてやっと終わりです |
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| ■御田歌の謡納めです。 <開催日>8月 |
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| ■流鏑馬 阿蘇神社境内で、駕與丁達の“願の相撲”と烏帽子・直垂・袴姿に鹿皮の行縢(ムカバキ)ヲ着けた射手による“流鏑馬”が執り行われます。明治元年の神仏分離令をきっかけに、放生会が田の実祭へ変更されました。相撲は頑強な大人がとっていましたが、今は若者が少なくなって昔のにぎわいはないのではと推測します。 <開催日>9月 |
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| ■収穫祭 <開催日>9月 |
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| ■お神楽 7月 御田祭り 子供の頃お神楽を見ましたが、境内の部隊のうえで鬼のような面を付けた若者が笛太鼓に合わせ、刀や鈴をふりまわして飛び跳ねたり見物客に近づいたり暴れ回っていた記憶があります。歌舞伎より動きが大きく激しく楽しかった。 |
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| [参考図書] ・白井永二/土岐昌訓 神社辞典 東京堂出版 1999.10 ・佐藤征子 「神々と祭りの姿」 一の宮町史編纂委員会 1998.12 ・村崎真智子「阿蘇神社祭祀の研究」法政大 |
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