日本の歴史 (目次) 日本の歴史 日本古代文明の秘密 日本の7不思議(銅鐸)
 日本人の先祖は、どこから来たのでしょうか。 
とにかく日本列島には北から南から、そして朝鮮半島や中国大陸から、北九州に限らず日本海沿岸および太平洋沿岸にそって海洋航海民族が黒潮等に乗って移住してきたようです。タイムマシンに乗って私たちのアイデンティティを求める過去・未来への旅に船出しましょう。

 縄文人は自然と共生し金属製武器をあえて使わなかったと思います。通説では、狩猟採取生活から水田稲作と鉄製武器をもった弥生人に取って替わられたといいます。一方、もともと日本列島に古くから暮らしていた原日本人は神秘的な銅鐸や土偶をどのような思いで作ったのでしょうか。

 人は如何に生き、国は如何にあるべきかを考えるとき、まず過去の人々は何を行ってきて今日の結果があるのか環境と人々の考えや思想そして変遷を知る事が第一の基本だと思います。そこに歴史を学ぶ必然性があります。過去を知り、物事の本質を見極め意志を持って同じ過ちの道に進まないように又、より崇高な個人としての自分や豊かな国であって欲しいと思います。いかなる時代や環境であっても考えの根底は愛であると思います。

国立歴史民族博物館は、九州北部から出土した土器のススを放射性炭素(C14)年代測定法結果により、弥生時代は定説より500年古く紀元前1000年から始まったと発表しました。

また、縄文時代中期の縄文土器をC14測定法の結果、縄文中期はBC3500〜BC2500年頃となるようです。一方、石器発掘捏造事件で旧石器時代が一気に70万年前から7万年前に新しくなってしまった事に比べれば事実に近づいたのではないかと思います。                  (2003年5月)














《除福伝説》
除福東渡伝説(司馬遷著「史記」、漢書伍被伝)によると神仙思想が盛んなBC200年頃の秦の始皇帝時代、除福は長生不老の仙薬を求めて三千人の童男・童女、五穀種および百工(工業技術者集団)を連れ、東海 三神山に向け出航し平原広沢を得て王となったとあるように、日本列島の各地(
鹿児島県西岸、有明海、瀬戸内海西部、紀伊半島熊野、丹後半島、愛知県沿岸部、駿河湾、富士山北麓、東北北部日本海沿岸、八丈島)に上陸し、稲作・冶金・織機を普及した一つの流れかもしれません。
日本列島ズームアップ
日本列島の足跡
年前   BC/AD 地質時代歴史時代 道具時代 気候 列島/植物/動 物
先カンブリア紀
6億年 全地球氷結期 ・地球は赤道付近も含めて氷で覆われていた。1000万年の後、火山からの二酸化炭素が20%に至り温室効果により気温は50℃に上昇、雨が100年も降り続き劇的な生物の多様化が進んだ。氷河期の間バクテリアは透明度の高い氷の下で光合成をして生き延びていた。
5億7000万年 古生代 カンブリア紀 暖かい ・三葉虫等の無脊椎動物の登場
4億7600万年 オルドビス紀 ・大陸と陸続きであった岐阜県上宝村の地層から体長1mm魚の化石(コノドント)
4億5000万年 ・日本列島の2000qに連なる構成島々は、赤道直下に位置し、北方へ進んて゛いた。
・飛騨山地からミジンコの仲間貝形虫の化石。
4億3000万年 シルル紀 ・北上山地、西南日本の太平洋側から赤道直下のクサリサンゴ、三葉虫の化石を含んだ珊瑚礁石灰岩。
4億0000万年 デボン紀 暖かい ・三葉虫が衰え始める。
・腕足類、ウミウリ類等が勢力をのばす
・オウム貝の祖先となる直角石類、頭足類が栄える。
・珊瑚礁内海の泥にチノスサンゴ、層孔虫(ストロマトポラ)が繁殖した。
陸上植物の登場
3億8000万年 ・北上山地、熊本県および高知県から大形シダの化石
3億6000万年 石炭紀 ・陸上には高さ20mにもなったリンボク、ロボク及びフウインボク等の超大形シダ類が繁り始めた。
陸上動物の登場
3億万年 亜熱帯 ・ゴンドワナ超大陸上の植物が石炭になりつつあった頃、日本列島珊瑚島では、北上山地大形シダ類森林を生成し、流木、三葉虫及び腕足類の化石。この時のサンゴ島群は秋吉台、帝釈台、平尾台の石灰岩となつた。
2億7000万年 二畳紀 氷河期 ・日本列島は南海の珊瑚礁の中で形作られ始める。
・二畳紀の終わりに気温が急に上昇し、大氷冠が溶け始め多量の冷たい水が海へ流れ込み浅海性や暖海性の生物が滅ぶ。
2億6000万年 P−T境界 P−T境界 暖かい 最大生物絶滅 第1段階
・宮崎県高千穂町上村(かむら)から、地球最大の生物絶滅2段階を裏付ける1m以下の珊瑚礁痕跡のフズリナ化石を古生代と中生代の境(P−T境界)である26千年前頃の石灰岩から発見。(26千年前と25千年前の2段階で海の中央でも絶滅が進んだ。原因は異常な火山活動によるもの。
2億5000万年 中生代 最大生物絶滅 2段階
・三大無脊椎動物群(フズリナ類、四方サンゴ類、三葉虫類)が絶滅した。
2億4000万年 三畳紀 ・アンモナイト類が大繁栄する。
2億0000万年 ・山口県、岡山県から石炭層、植物化石層が発見。1m近いシダ類が繁っていた。多裂形の銀杏も繁殖した。その腐植木ではセミ、ゴキブリの仲間が誕生した。
1億8000万年 ジュラ紀 ・低地帯、海岸を森林が取り巻きシダ、ソテツシダおよび針葉樹がひろがり、昆虫や動物が栄えた。
・石川県、岐阜県および福井県にまたがる白山一帯には恐竜が生息していた。
恐竜の歯魚、鳥そして鰐の化石が発見された。
1億5000万年 ・福島県鹿島町・原町市から植物5種(テニオテプリス属(シダ類で葉30p)・ペロウディア属)
1億4000万年 白亜紀前期 ・福井県勝山市の手取層群で肉食恐竜ドロマエオサウルス科の大腿部化石
・石川県白峰村の桑島化石壁と呼ぶ白亜紀初頭の地層から国内最古と見られる肉食哺乳類(体長10p)の三錐歯類の下顎や歯の化石13点が発見された。体長8.5pの草食性哺乳類と見られる刃状の前きゅう歯をもつ多丘歯類の下顎も見つかった。外見はネズミやリカスに似ている。
三重県鳥羽市安楽島町の海岸でティタノサウルス(竜脚類:四足歩行の草食恐竜、体長18m、体重32d、)化石発掘(1996.7。現在までに発見南米・アフリカ・インド・アジアでも発見されている )
1億3000万年 ・富山県東部の山中から300個の恐竜と鳥の足跡化
1億2000万年 ・富山県大山町 手取層群から草食恐竜『アンキロサウルス類』の22個の16p×25p で5本指の足跡群を発掘。(全長3m、硬い皮膚で覆われ、歯化石は九州/北海道で出土)
・群馬県立自然史博物館は群馬県神流町の地層から発掘された恐竜の歯の化石はスピノサウルス類と発表。(2003.5)
8700万年 ・福島県いわき市アンモナイトセンター草食恐竜カモハシリュウ
7000万年 白亜紀後期 ・日本列島の基礎はアジア大陸の東にできる。
6500万年 新生代 第三紀・中新世・末期() 寒冷化
亜寒帯
・日本海形成途上
・日本の炭田形成
アンモナイト・恐竜の絶滅。
・哺乳類の時代
始まり
・気温が低下し石狩炭坑、夕張炭坑、釧路炭坑、常磐炭坑、筑邦炭坑、唐津炭坑等は、この頃の海岸に近い湿地帯で出来た石炭です。
6000万年 ・日本列島の西日本は大陸とつながり、東北・北海道はわずかに浮上
5000万年 古第三紀 ・南極を含んだゴンドワナ超大陸の分裂(アフリカを残して南米、オーストラリア、インド、南極大陸)が始まり生物相に変化が起き始めた。
4000万年
2000万年 第三紀中新世 温暖化 ・日本列島は温暖化を迎え、浅い海にマンコローブの繁る島が沢山浮かび、ビカリア角形巻き貝が群れ、アツリアの殻が黒潮に乗って漂着した。岬には造礁サンゴが群生した。パレオパラドキシア、デスモスチルス大形獣が浅瀬にたむろしていた。沖には鯨や巨大サメが遊泳していた。
1400万年 第三紀・鮮新世 北海道浦幌町デスモスチルス(大型水性哺乳類)
1000万年 丹沢山系がフィリッピンプレートにのり本州にぶっかった。この時のタテ貝の化石が長竹で採取できる。
200万年 第四紀・沖積世 氷河期前期
(氷河時代)
・東京都昭島市多摩川にアケボノゾウの足跡化石。
・大氷河時代の開始。人類の登場
170万年 ・日本列島は九州(韓国朝鮮海峡−対馬−壱岐福岡)・中国西部が朝鮮半島とつながつている。
・ユーラシヤ大陸から九州/中国地方を経由して日本列島に
人類が渡ってきた
・東京都昭島市(多摩川河床)の170万年前の地層から日本最古のイヌ属(狼の先祖の化石発掘
80万0000年 氷河期中期
70万0000年 ・関東ローム層の最下部の多摩ローム層の堆積
65万0000年 ・福島県安達町 一斗内松葉山遺跡の上宝テフラ火山層下から石器14点(碧玉やメノウ製スクレイパー、鋸歯縁石器
60万0000年 原始時代  (先土器時代) 旧石器時代 (日本列島に石器をもつ人類現る)
宮城県築館町の上高森遺跡
 −最古の
打製旧石器 石器埋納
火の使用、洞窟、狩猟、採取
56万0000年 ・宮城県築館町上高森遺跡 (古地磁気分析)高森遺跡の西500m下層から発見。緒津系40p深さ20pの楕円形のくぼみに赤い碧玉製尖頭器石器を中心に放射状に白めのう・黄土色流紋岩石製へら状石器、スクレイパー(掻器))石器群が整然と配列。握り斧(ハンドアックス)、なた型石器、66点。(季節移動時の石器貯蔵跡)
50万0000年 ・日本列島は大陸と分離した。但し九州・四国は本州とつながつている
原人の登場。50〜40万年前は温暖期で海面上昇により北海道は本州から分離されている。
・北海道十勝支庁清水町 下美蔓西遺跡の50万年前の地層からから薄片石器 4点発掘。(原人の遺跡としてはアジアで最北)。40万年舞うの地層からはへら状石器が出土。
・埼玉県小鹿坂遺跡から原人の建物跡
宮城県築館町高森遺跡
周口店動物群(ナウマン象、オオツのシカ)渡来
40万0000年 ・青森県むつ市関根浜の海底林(トネリコ等)は40万年前のものと藤井富山大名誉教授は発表。
35万0000年 ・埼玉県秩父市 長尾遺跡から前期旧石器時代の石器
長尾遺跡から墓?秩父原人が掘った穴(どこう)からへら状石器、なた状石器を発見。
墓や祭祀場を作り始める
30万0000年 ・原人の再登場
・栃木県葛生町で1950年に発掘された葛生原人の骨は15世紀の人骨と判断(2001 国立科学博物館)
BC24万年 ・幌尻氷期
明石原人
20万0000年 北海道新十津川町の総進不動坂遺跡から前期旧石器の尖頭器(長さ4p)*原人が大陸からサハリン経由で渡来。
15万0000年 氷河期後期.寒冷.最終氷河前期最終氷期極寒冷気                    飛騨氷期 ・宮城県馬場壇A遺跡から旧人時代の石器が数百点。
・火山活動が盛んとなり、〜13万年前まで多摩ローム層
13万0000年 ・13〜7万年間に下末吉ローム
旧人の登場
牛川人葛生人)
・星野遺跡−原人石器
鳴子火山噴火し一迫軽石が地表を覆う
・大分県 早水台遺跡からめのうや石英製スクレーパー、石核、剥片等の旧石器時代中期の石器を発掘。3万年前の火山灰より下層であった。
12万0000年 早水台、不二山から前期旧石器時代末期の旧人使用石器・関東ローム層の下末吉ローム層堆積
・兵庫県明石市藤江川添遺跡2m下層からメノウ製握り斧
11万5000年 クッチャロ羽幌火山灰
10万5000年 洞爺火山灰
天浮船による万国巡幸開始
10万0000年 ・北海道樺戸郡十勝川町から石器4点 旧人がいた。
・熊本県球磨郡下里遺跡で旧石器薄片
・長崎県平戸市 入口遺跡から9〜10万年前の旧石器が発見された。(2003.12 平戸市教育委員会)
9万5000年 ・鬼界葛原
9万0000年 阿蘇火山噴火により阿蘇4(AS4)火山灰積もる。
・北九州市辻田遺跡から旧人の石器(凝灰岩で作った錐状石器)
7万2000年 ・箱根火山
7万0000年 ・7〜3万年間に武蔵野ローム層
・権現山より石器。古富士山、浅間山噴火、武蔵野ローム層
6万0000年 ベーリング陸橋
5万5000年 大山倉吉火山灰
5万0000年 陸と分離(新生代の更新世後期)
新人の登場
(三ヶ日人、浜北人、聖岳洞穴人、山下洞人)
・箱根火山、古富士火山:武蔵立川ローム層
・岩手県瓢箪穴遺跡から石器
斜軸尖頭器、スクレイパー多用 ひょうたん穴
4万0000年 ・野尻湖遺跡:骨角器
マンモスがシベリアから北海道へ渡ってきた
3万9000年 日本最古の生活跡鹿児島県熊毛群 立切遺跡
3万5000年 石斧・ナイフ形石器が普及
3万3000年 ・阿蘇 外輪山が形成された
・古モンゴロイド系の石刃技法を身につけた新人が渡来
3万2000年 ・山下町洞人(沖縄):旧石器時代の最古の人。(ホモサピエンスの初期)
・長崎県吉井町福井洞穴遺跡からサヌカイト製槍先の尖頭器スクレイパーが出土
・鹿児島県出水市上場遺跡
3万0000年 ・3〜1万年間に立川ローム層
洪積世人類は猿人→原人→旧人を経て、新人の出現
・群馬県岩宿遺跡
・広島県吉和村の冠遺跡石器製作跡(安山岩石器59点108s)
・黒姫山の噴火
・阿蘇郡下城、熊本市石の本遺跡、下益城郡曲野、人吉市狸谷菊池市伊野遺跡
阿蘇中通、象が鼻遺跡の後期旧石器時代(3万年前)の地層から黒耀石の原石を発見
2万5000年 最終氷期
(ビュルム氷期第V亜氷期)
・日本列島付近は140m海面低下により、日本海の湖状化、浅海底の陸地化を促進。(対馬海峡、津軽海峡、宗谷岬は陸橋となる)
・ナウマン象・オオツノジカ等の陸上動物郡がアジア大陸から来た。北海道にはマンモス象も南下して来た。
石斧、ナイフの製作
・藤沢市から
加工木片
・長野県上水内郡信濃町の仲町遺跡で後期旧石器時代(約二万五千年前)の地層からメノウ原石を発見、旧石器人が糸魚川から運び込んできた。
阿蘇中通、象が鼻遺跡の2万5千年前の地層から、.累積計4000点の石器を発見
・鹿児島カルデラ噴火
2万4000年 ・後期旧石器時代 鹿児島耳取遺の調理施設礫群にて、頁岩 縦5×横3×高3pを磨きあげて加工した女性のビーナス像(髪を表した細線、女性器)
・宮崎県北方町矢野原遺跡剥片尖頭器、ナイフ形石器
2万2000年 姶良カルデ(錦江湾)の巨大噴火姶良丹沢火山灰(略号AT入戸(いと)火砕流が鹿児島のシラス台地を作る。
・橋本遺跡
・古富士火山
2万1000年 海水準は140m降下したため、日本列島は一部大陸と地続きとなる(33千年前〜21千年前 対馬海峡と津軽海峡は氷の橋が出来、日本海は湖となった)
2万0000年 ・下地原洞人(沖縄)
・奈良県鶴峯荘第1地点遺跡の石器石材採取場所。
・石刃技法ナイフ型石器
間宮海峡、宗谷岬はひやがっている
・大阪府藤井寺市 はさみ山遺跡から旧石器時代の墓。

・琉球列島は断続的に陸橋
1万8000年 ・後期旧石器時代          ・港川遺跡:港川人
・相模原市田名向原遺跡住居柱穴跡、長野県星ケ塔や伊豆半島および栃木県高原山産の黒曜石原石9点広葉樹(札幌並の寒さ)
1万7000年 神奈川県藤沢市:用田遺跡から最古の建物、直立し炭化した加工木。
・阿蘇の五岳が形成される
1万6500年 縄文草創期 ・青森県太平山元T遺跡土器の誕生
・北海道今金町 美利河1遺跡で23p石刃
・ナウマン象は日本列島全体にいた
1万5000年 田名向原遺跡巨大住居跡
・鹿児島県指宿市 水迫遺跡で竪穴住居2棟、2m道路、石器製作場跡、黒曜石、ナイフ形石器。
1万4000年 ・聖岳洞穴(大分)細石器と人骨(足の指、頭蓋骨、肋骨)
・島根県玉湯町 杉谷遺跡から東北で発達した湧別技法の赤茶色の玉髄で製作した旧石器細石刃が発掘。
・石刃技法、瀬戸内技法全盛期
1万3000年 石鏃の使用
・細石刃文化の広がり
1万2700年 世界最古の青森県大平山遺跡から無文土器
・石鏃使用開始 神子柴
・定住の始まり 掃除山
・木の実等の貯蔵、薫製作り
1万2400年 隆線紋土器長崎福井洞窟出土
1万2000年 BC10000 新石器時代 最終氷河後期/温暖後氷期                                                                                            ・細石刃技法石器・荒屋型彫器がバイカル湖周辺から日本列島を経由してアラスカ方面へ拡大された。(13千年前〜12千年前)
・弓矢が登場し鹿や猪を狩る

・槍の改良、弓矢、石鏃

・鹿児島県原笠張遺跡から土器3000点
・鹿児島県 志風頭遺跡で縄文文化 隆帯文土器。
愛媛県上黒岩遺跡 石に乳房を刻んだ女性像
・貝塚の形成 上野原
・縄文海進、貝塚
・岩木山麓にアソベ族、ツボケ族が定住
1万1500年 BC9500 ・宮崎県塚原遺跡から赤く着色(酸化鉄ベンガラ)された日本最古の彩色土器となる隆帯文土器が出土。
弥生時代では
赤彩土器は破邪の力があるとされ祭祀に使用。
1万1000年 BC9000 温暖化による海面上昇 ・日本列島は孤島化し、動物や人間は往来できなくなつた。人は船で移動するしかなくなった。
1万0000年 BC8000 第四紀・沖積世 縄文早期 ・日本列島も平地が海水に没した。群馬県の前橋まで海が入り込んだ。銀座も海の底でした。黒潮が発達し、海水は5℃も上昇し造礁サンゴが定着した。
現在の日本列島形成。九州・四国・北海道は分離された。

・人類の時代始まり

鬼界カルデラ爆発。
細石器
・三ヶ日/浜北(静岡)

・マンモス絶滅
・鹿児島県指宿市岩本遺跡から彩色土器
・鹿児島県 上野原遺跡 妙音寺洞穴から妙音寺人、縄文土器。
・九州南部と西北部にヘラ描きの刻線文土器。
・近畿地方に押型文土器

・平塚市の真田・北金目遺跡から住居跡
9500年 BC7500 ・鹿児島県上野原遺跡から動物の蒸し焼き調理に使った集石や薫製炉−ハム、クッキー調理
・神奈川県横須賀市から夏島式土器
9000年 BC7000 ・北海道南茅部町 垣ノ島B遺跡(縄文時代早期と前期の複合遺跡)から世界最古の漆塗り装飾品(糸状)、土坑墓に人骨頭部・肩・腕が出土。
8000年 BC6000 ・縄文式土器、打製/磨製石器、竪穴式住居、屈葬、
・集団墓地の形成、墓への副葬
呪術、土偶・石棒の作成
・上野原遺跡:太集落跡

・ヒエの栽培:中野B遺跡
・前原遺跡:人口道路跡
・伊礼原遺跡:曽根畑式土器
・平坂貝塚
・定住生活の確率
7500年 BC5500 (北海道南部−東北北部の縄文文化圏)
北海道函館市函館航空遺跡竪穴住居跡群535、土器・石器50万点。ストーンサークル20軒100人が津軽海峡を航行し生活。*バイオリンの胴形(幅28o高さ21o厚さ8o)の焼き物の土偶。*貝殻で模様を付けた土器。石皿とよばれる平たい石器、石の槍先、銛先、石斧。*キハダ・ミズキ・ゴゼンタチバナ・クルミ・トコブシ・バフンウニ・ヒラメ・マス・マダラ。*鹿・アシカ・アザラシ・イルカ。
7000年 BC5000 ・気温温暖化により海面が上昇
・北海道十勝支庁浦幌町の平和遺跡から、縄文時代早期の日高産 
軟玉ひすい 石製装飾品が発掘されていた。薄緑色の縦6p短冊形で上部に1.5mmの穴があいたペンダント。
・大分市 横尾遺跡の水場遺構から縄文時代早期後半の高度加工技術をもつ木材が発見された。これは6300年前のアカホヤ火山灰層の下にある砂層の下で、砂層からは前期初頭の条痕文土器が出土。
・熊本県菊池郡大津町の
無田原遺跡から環状列石20ケ所が発見
6500年 BC4500 上原遺跡環状列石
・熊本県宇土半島の曽畑遺跡、轟遺跡から曽畑土器。
・福岡市教育委員会によると、熊本県本渡市大矢遺跡から縄文時代4〜5千年前の阿高台式縄文土器から、日本最古の稲籾の圧痕がわかった。(2005.7.17)
6400年 BC4400 縄文前期 宮崎県高岡町小山田永迫第二遺跡の縄文時代生活跡から頁岩製のけつ状耳飾りを発掘。滋賀県に次いで2例目。(アカホヤ火山層の下 牛すねローム層)
6300年 BC4300 鬼界アカホヤ
・竪穴式住居
・大分市 横尾遺跡の6300年前のアカホヤ火山灰層の下にある砂層のから縄文時代前期初頭の条痕文土器が出土。
6000年 BC4000 ・岡山県朝寝鼻遺跡:稲の栽培 貝塚のプラントオパール
・北海道伊達市北黄金貝塚:鯨の骨で精巧な長さ33.5p、刀身24.3p、柄7.2p、つば5o、厚さ7oで重さ90gの刀型祭祀具(石刀、石剣の元)
・千歳市の美々貝塚北遺跡で畑作遺構
・秋田県大館市 池内遺跡:
彫刻(日本の溝があり、外側は直線に、内側は山形)を施したクルミの殻。

・岩手県遠野市 新田U遺跡から大型竪穴式住居跡、食料貯蔵穴、落とし穴
・長野県大町市大崎遺跡から縄文クツキー
宇土市曽畑貝塚
気候が温暖化し海水面が上昇
・漆の使用始まる

・アソベ族、邪馬台国、熊襲王国、出雲王国、飛騨神王国が割拠。
5500年 BC3500 ■中期最初の土器とされていた五嶺ケ台(C14測定⇒BC3520年)(2003.5新説)
日本産ウルシ
遠隔地との交易が活発化 里浜貝塚
・円筒土器文化圏の成立 三内丸山
・大規模縄文集落の発生

・岡山県南溝手遺跡から3〜4千年前の稲籾の圧痕。
5000年 BC3000 縄文中期 ・大規模な縄文集落
・太平洋沿岸に大規模な貝塚

三内丸山遺跡38fの縄文都市クリの栽培、高さ15mの6本クリ巨大木柱 高床式建物魚類サバ、ブリ粟、ヒエ、ナラ主食。ポシェット、腕輪を製作
・九州で曲線文様の深鉢土器
・近畿で土器に細い突帯文をつけた
新潟県平堂遺跡から綾織り物(アンギン織り)
・山梨県大泉村 天神遺跡から縄文時代前期後半の硬玉ひすい製の装飾品が出土。
・青森県野辺地町 向田(18)遺跡 泥炭層から縄文時代前期末の木製漆器が出土した。長さ13p幅8p高さ3p厚さが3oと薄く精巧。
・環状集落の発達 多摩ニュータウンNO446
・クリ栽培 権現原 御所野 桜町
・湿地利用の天水田に水田稲作の跡あり。
4600年 BC2600 ・長野県上松山町 吉野遺跡から土器に男女4組みの人面が描かれていた
4500年 BC2500 ・岡山県・姫笹原遺跡の稲作プラントオ パール
・下溝遺跡・勝つ遺跡
・神奈川県津久井郡 川尻中村遺跡
目隠し土偶
・金沢市 笠舞A遺跡から、擦って用いた祭祀具の四角とう形土製品が出土。三角形ではなくめずらしい直方体(6×10×6p)で表面に無数の穴や線文様。
4500年 BC2470 ・北海道 大原C遺跡で竪穴式住居跡100軒 
■後期最初の土器とされていた称名寺式土器(C14測定⇒BC2470年)
4000年 BC2000 縄文後期 冷涼 ・海面が上昇し海岸沿いに貝塚が発達する。
大森貝
環状列石の設置
・敷石住居 当麻遺跡
・秋田県鹿角市 大湯環状列石 超大型土偶50pの手足大型25p以上
・石刃の祭祀具が盛んになる
・環状列石をもつ墓地、祭祀場の発達 小牧野

・島根県頓原町 下山遺跡で立て膝で腕を組んだ屈折像土偶
・青森県西津軽郡餅の沢遺跡から長径28mの大型竪穴住居跡
・長野県茅野市 中ッ原遺跡から高さ35pで中が空洞の日本最大級のハート形中空土偶が土こうに埋められた状態で出土した。頭に逆三角形の仮面を被っている。頭に浅鉢を被せた状態で埋葬した土こう墓 2基に挟まれた土こうに横になってっていた。堀之内T式土器の縄文後期はじめの時代。
・四千年前迄には九州から東北まで稲作が伝わった。
・モーゼ来日
・万国大変動の為、人類文明と五色人全滅(竹内文書)
・炎帝神農氏の探検団が富士王朝建設。
3800年 BC1800 滋賀県能登川町山路の石田遺跡から素焼き粘土製 万歳型土偶(5.1p)を発掘。頭・左手・左乳房が破損され、両足は極端に短い。
3500年 BC1500 北海道函館市函館航空遺跡東端の石倉貝塚遺跡:多目的な祭祀ストーンサークル発掘(自然石が環状の盛り土の内側に直径30m二重の円を描いたように横たわって三重配列され、北西の核は百個の石が固まって出土)
・北海道南茅部町摩光B遺跡の竪穴式住居から秋田県産のアスファルト塊
・トチのあく抜き

・鹿児島県屋久町の屋久島横峰遺跡の三千平米内に竪穴式住居跡400基(直径6mk楕円)あり石皿、すり石等の植物性食料を採取していた。高密度な竪穴住居跡。
・神奈川県綾瀬・上土棚南遺跡から縄文時代後期のナイフ形石器。
・出雲王国で天照、月読、スサノウが統治。
3300年 BC1300 ・淡路島に漂着した渡来人説か゛創世記のイザナミ・イザナギの国生伝説
3200年 BC1200 ・阿波の国、イヤ、コヤ、イスハらにアマテラス、スサノウ、オオゲツは土着先住民と共生したが、鬼道では王権設立ならず
3000年 BC1000 縄文晩期弥生時代前期 寒冷 ■弥生時代は九州北部から出土した土器付着のススの射性炭素(C14年代測定法結果により、500年早まりBC1000年からという説が国立歴史民族博物館から発表。これにより中国の殷時代まで遡ることになる(2003.5)
・山形県遊佐町三崎山A遺跡から
青銅製の刀子(殷朝遺跡のものとと同型式)
・板付遺跡:水稲農耕集落
・青森県・風張遺跡の
炭化米
・亀ヶ岡遺跡:亀ヶ岡式土器 是川
・岡山県南溝手遺跡:プラントオパール
・大阪市森ノ宮遺跡:丸木舟のツル製縄つき錨 5個(砂岩42p12.5s、花崗岩27p 8s)
・タカムスビ、カンミムスビの高地山岳降臨神話。海洋性漂着民は海浜に定着せず山岳にこもる。
・福岡市岡島の宮畑遺跡から柱穴 4本分。
・北海道恵庭市のカリンバ3遺跡からホウジロ鮫の歯や漆塗り輪で作ったヘアバンド
・九州の土器の装飾が少なくなる。
・近畿地方に弧状文が出現
・川崎市多摩区 下原遺跡(しもっぱら)出土の縄文時代晩期(3000年−2400年前)土器から関東地方では最古の稲 成分化石発見。
・塩の生産開始
・ウガヤ王朝
BC950 新説:弥生時代の開始 ・稲飯命エブス族の四国東部上陸は金属文化、稲作および文字を持ち込みウガヤ神朝設立(宝船伝説)
・国立歴史民俗博物館は、弥生式土器をAMS法(加速器質量分析法)を用いて測定した結果、紀元前10世紀頃と発表予定という。
・同館は北部九州佐賀県唐津市菜畑遺跡出土の弥生式土器内側の炭化物をBC10世紀後半〜BC9世紀末と測定。(2004.9)
2722年 BC722 ・イスラエル民はバビロニアによる侵攻によりエルサレムから陸路で日本列島に至り大和朝廷成立
・秋田市添川 戸平川遺跡:直径37p深さ5pの木製
・万国警邏隊長桃太郎伝説
長髄彦の反乱
2660年 BC660 人皇時代:
・神武天皇
は東征により大和朝廷を設立

・秋田県鷹巣町脇神伊勢堂遺跡で環状列石土製品
2500年 BC500 ・高知県土佐市高岡町居徳遺跡で 木製鍬大洞式土器、花びら模様 の木製漆器
・福岡市板付遺跡:
米、水田跡
・富山県桜町遺跡で高床式建物
・滋賀県長浜市大戍亥・鴨田遺跡から出土した甕に漢字 卜 が刻まれていた
2400年 BC400 弥生時代前期         
金石併用時代 ・長野県塩尻市下堺沢遺跡の弥生時代遺跡から土偶形容器
農耕文化の出現。弥生土器の出現。
北九州地域に水田稲作導入
・唐古/鍵遺跡:弥生式土器
・高床式住居、共同墓地、大集落・土井ヶ浜遺跡:
ガラス
・古浦遺跡:鹿骨占
・滋賀県・水田耕作、下之郷遺跡の
稲もみ
弥生土器の使用
・長崎県壱岐の原の辻遺跡から出土した壺に捕鯨(母利
打ち込まれた鯨)の線刻画。

・北九州市松本遺跡:国内最大級の青銅器鋳型(砂岩 合わせ型長さ5.3p幅6.7厚さ3.3pp)出土(細型銅矛、朝鮮式小銅鐸を製作*溶かした青銅を流し込む中央のくぼみに模様はない。青銅を溶かした炉壁も出土。
・大阪府和泉市池上曽根遺跡から高床建築 神殿(17x7m 檜柱穴20個)井戸跡
玉名郡斉藤山遺跡から最古の鉄斧
・ニギハヤヒは神武天皇に降伏し秋田を献上。
2300年 BC300
BC259 ・中国にて秦の始皇帝誕生
BC200 ・奈良県唐古遺跡 稲作広まる。
銅鐸の鋳造が始まる。抜歯の風習、漆器の使用。
・長崎県壱岐の原辻遺跡で大規模
船着き場
・東日流外王国は邪馬台国
滅ぼす。

・開化天皇は日本再統一後、二分化され倭国と日高見王国並立。゜
BC150 ・銅鐸(二段階目 外縁付紐式 四区袈裟襷文 高さ21p 幅14.5p 640c)下方面にカエルの絵。
2100年 BC100 弥生時代中期
        
・九州で甕棺、支石墓の普及。
・多紐細文鏡、前漢鏡を副葬品とする
・佐賀県神崎町
吉野ヶ里遺跡青銅器鋳型
・加茂岩倉遺跡:
銅鐸
九州で鉄器の使用鉄材の輸入鉄製農工具を使用
・熊本県菊水町原口 前原長溝甕棺群遺跡:頭骨整形(顔部分が板で押しつけられ変形)。
・近畿で櫛描き文土器が流行し、兵庫県 田能遺跡で墓に木棺を用いる
・石川県小松市出町の八日市地方遺跡から赤色や墨で彩られた魚形木製品
2052年 BC52 ・島根県大原郡加茂町岩倉遺跡で袈裟襷文、流水文、鹿、トンボ絵の銅鐸38個(最大51p〜30p、人の顔)
・大阪府和泉市
池上曽根遺跡60fの環濠集落 大型建物高床式宮殿135u跡(東西方向に向いた東西17m、南北7m、20本の柱穴が整然とならび70pの檜の柱) 楠の丸太をくりぬいた直径2m深さ1.2m井戸跡。
・大阪府茨木市東奈良遺跡の溝から小銅鐸(青銅製高さ14.2p重さ750c 、舌8p、カンカンと澄んだ音。朝鮮式と日本式の両特徴)
・弥生時代最大級の勘合集落 唐古・鍵遺跡から大型のヒスイ製勾玉2点を納めた褐鉄鉱容器が出土。
AD001 古代 (銅鐸は近畿、中国地方に普及)
・倭国に小国家100あまりの乱立
・九州北部で
青銅器製造
57 ・倭奴国王が後漢の光武帝より漢倭奴国王 福岡県 志賀島
・対馬に青銅製車馬具が渡来。
日本製の銅剣、青銅利器が出現
高地性集落の出現
・福岡市吉武高木遺跡から木棺の王墓。(多紐細文鏡、細形銅剣、銅矛、玉類)
・高地性集落が発達
71 景行天皇は41才で即位(71−130)し59年間在位 106才で崩御。後漢、高句麗・楽浪/帯方郡・弁韓/辰韓/馬韓の時代
77 ・魏志によると、(77-147年)間男子をもつて王とした。
・加耶、新羅と交戦
80 新説:古墳時代初頭 ■新説:古墳時代初頭 廻間式T式土器(前半)のスス等5点の付着物のAMS測定値が従来の150〜200年頃から100年遡り西暦80年頃ととなる。
82 熊襲 反乱
83 ・西征(83−89
93 ・加耶、新羅と交戦 93-95
95 武内宿禰を北陸・東北に派遣
97 第二回 熊襲 反乱
98 日本武尊 東征(98−99)
100 ・塩乗津彦半島に派遣
107 従来説:弥生時代後期 倭国王 帥升が後漢に生口160人を献上。(後漢書東夷伝)
・漢書地理志に、“それ楽浪海中に倭人有り。分かれて百余国と為る。歳時を以て来り献見すと云う。”
・大阪府堺市下田町下田遺跡から赤銅色の銅鐸(高さ22p)
・徳島県矢野遺跡から木の容器に入った銅鐸
・奈良県田原本町 唐古・鍵遺跡から11.4x7m大規模柱穴跡 (高殿
・京都府向日市物集女町の中海道遺跡から掘っ立て柱建物跡(クニの長クラスの祭殿 後の神社建築の原型
・菊池郡西弥護免遺跡、球磨郡下乙本目遺跡
・島根県出雲市 青木遺跡から1〜2世紀の銅鐸破片が初めて墓から出土した。(2003.2)
110 ・東夷 反乱
111 日本武尊 東征
121 ・倭人 韓半島東辺を冠す
123 ・倭国 新羅と講和
130 ・景行天皇崩御 成務天皇即位
147 ・後漢書には恒霊の間 (147−188年)倭国 大いに乱れ、こもごも相攻め伐ち主なし。
150 ・三重県安濃町大城遺跡から“奉”の字をヘラで刻んだ土器
・佐賀県鳥栖本行遺跡で銅鐸の鋳型片
・倭国大乱勃発
160 銅鐸の大型化
倭国内に大乱勃発
・甕棺が衰退し、石棺や土拡墓が普及
・近畿で櫛描き文から凹線文が流行
170 ・アメ氏族の高木の神 誕生
175 ・鳥取県青谷上寺地遺跡(あおやかみじち)から出土した弥生時代後期の人骨の殺傷痕は鉄剣や鉄刀等によるものと分析。(2世紀後半、倭国大乱時代)
189 弥生人の顔に入れ墨があった。尚、大和朝廷には入れ墨の習慣はない
199 ・奈良県桜井市の勝山古墳周濠からの3世紀初頭に伐採された檜で製作された祭祀用具と判明(弥生時代に存在した邪馬台国時代に古墳築造か?
200 古墳時代前期  (邪馬台国時代)      
・57〜200年までは前倭(委奴から倭人を経て倭と号す)
卑弥呼邪馬台国の女
広島剣三原市
小丸遺跡から製鉄炉鉄器の普及
・崇神天皇は騎馬民族と東征。
・能登川町石田遺跡から土師器。
・三重県片部遺跡 灌漑施設深さ1.5mからすすけた土器薄茶色の土師器に墨でかかれた日本最古の文字“”(中、虫?)を発見(古墳時代前期)
・卑弥呼擁立出雲国で須佐之男命擁立。。オシホミミ命 誕生。
1800年 202 ・鳥取県青谷町 青谷上寺遺跡から弥生人の脳が発掘。(2002/6/7)
210 ・ニニギノ命 誕生
・京都府峰山町 赤坂今井墳丘墓 頂き墓穴 木棺内の水銀朱の上から丹後地方王妃の頭飾り(ガラス製の管玉、勾玉)、耳飾り(碧玉製管玉)出土。
230 武御雷神 誕生
239 福岡県小郡市津小生崖前方後円墳
・卑弥呼が魏から金印受ける
 (親魏倭王)
・邪馬台国と狗奴国対戦。
235 ・魏の青龍3年の銘文の方格規矩四神鏡
239 倭の女王卑弥呼が帯方郡に使者を派遣し魏に朝貢 (魏志倭人伝)
・台与誕生。

・邪馬台国滅亡し、日向王朝樹立
243 ・卑弥呼が魏王に生口
245 ・五瀬命 誕生。
247 ・卑弥呼 狗奴国と不仲になる。
・葛城王朝は大和朝廷に滅ぼされる
248 ・卑弥呼は狗奴国と戦い死亡(魏志倭人伝)
250 ・奈良県桜井市箸墓古墳から400m西の全長80m 日本最古 ホケノ山古墳(前方後円墳 直径60m)で木槨という埋蔵施設がある。後漢(25〜220年)で製作された19pの画文帯神獣鏡が発掘された。木槨は墳丘にに掘った穴の内壁に石を積み上げその内部に木を組んで天井のある部屋を作って棺を入れ、木組みの上にさらに石を積む構造をしている。
画文帯神獣鏡発掘
3世紀中頃
狗奴(くぬ)国王墓 最古級の古墳
・宮崎県西都原古墳群から最古級の長さ51mの卵型後円豊後持つ纒向型前方後円墳(81号墳)が確認される。(2005.5.18)
251 ニニギノ命 天孫降臨
252 ・台与が邪馬台国女王。
・奈良県天理市内 マバカ古墳(前方後円墳)K前方部から素焼きの古い土師器が出土。箸墓古墳は、ここから4qのところにあり、これよりも古い土器という。また、この土器はホケノ山古墳からも出土している。(H14/11)
260 ・大国主命 誕生。
・ニギハヤヒ命 近畿潜入。
266 邪馬台国女王台与が晋に遣使
270 ・邪馬台国は出雲攻略
285 ・邪馬台国連合軍は東征開始。
288 ・邪馬台国連合軍は吉備攻略。
289 ・邪馬台国連合軍は河内に上陸。
290 ・邪馬台国連合軍のイワレ彦は神武天皇即位。
・徳島市 前山古墳群 全長08mの小型前方後円墳が発見された。小さい権力の首長クラスも築造し大和墓制へ影響か。
1700年 300 ・九州に前方後円墳が現れるとしていたが3世紀中期築造の西都原古墳群81号墳は前方後円墳であった。
銅鐸が村ごとに集めて埋められた。銅鐸の祭りが停止。
・平塚市の真田・北金目遺跡から銅釧(銅製の腕輪)が3点重なって出土
・大和政権は北九州の沿岸や宇土を支配。
・豪族が台頭し勢力圏決定。
前方後円墳が出現し、鏡や玉製品等の呪術具を副葬。
下益城郡塚原古墳郡
310 ・巨大前方後円墳
・大阪府高槻市室町町から四世紀前半に築造された竪穴式石室発掘。
350 古墳時代中期/大和時代 大和朝廷日本統一(除く東北)
・地方の豪族を国造、県主に編成する
366 ・百済と交易開始
369 ・倭国が百済と新羅を破る
370 任那日本政府の設
372 ・百済王が七枝刀を倭王に献上
・毛野王朝は北関東で隆盛
・平塚市広川・公所遺跡群内沢遺  跡から小銅鐸 高さ10pで破  壊跡あり、かめ・つぼ
391 倭軍が朝鮮に出兵(広開土王碑)
須恵器の使用はじまる
・滋賀県能登川町石田遺跡から木製の牛馬に引かせる農機具 馬鍬。
・オホーツク王朝が樹立
397 ・百済の王が太子を人質として倭国に送る
400 ・大和王朝の支配が強化された。・河内に巨大な王陵を築く
・大陸的横穴式石室の出現
・渡来人の集団文化(大和、城山、河内)の進展
須恵器の出現
・福岡県 沖の島で祭祀
402 ・新羅ら王が王子を人質に倭国に送る
404 ・倭軍 朝鮮半島に出兵し高句麗と交戦し敗戦する。
405 ・百済から漢学伝わる
450 九州中央部に横穴式石室や家型石棺の出現
・前方後円墳がが大隅半島におよぶ。

・近畿で大王が王家以外の者の葬送を規制したため古墳規模が縮小化
・近畿でホタテ貝式古墳出現
・奈良県桜井市山田で木立古墳(前方後円墳35m)が水田の下から出土。墳丘すそにはふき石が巡らせてあり、後円部は円筒埴輪が囲んでいる。また、木の埴輪も発見された。
・現在宮内庁で継体天皇陵と指定している大阪府茨木市 太田茶臼山古墳から6世紀前半に没下継体天皇時代よりも80年も古い5世紀中頃の埴輪が発掘された。従来、継体天皇陵は、別人の墓ではないかと考古学者間では言われていたが、今回の発掘で裏づけられた
471 ・埼玉県行田市の稲荷山 前方後円墳から鉄剣が出土。(辛亥年の紀年銘)
478 ・九州で古墳を石人、石馬で飾る
竪穴式から横穴式へ変化し、横穴式石棺や石障に直弧文等の彫刻や彩色を施す。
木棺直葬の小円墳の出現
500 ・近畿で巨大墳の衰退と前方後円墳の小型化また、群集墳の流行。
山鹿市チブサン 装飾古墳の最盛期
・近江王朝が継体朝を樹立
527 ・238〜6世紀初頭は後倭(王の姓は倭氏)
・北九州に彩色壁画をもつ
装飾古墳が出現
527 ・筑紫国造 磐井の反乱
531 ・継体天皇 没。
・6世紀前半 今城塚古墳(大阪府高槻市 真の継体天皇陵 前方後円墳)の内堤中央部から国内最大の神殿風 家形埴輪、人物、動物埴輪が出土。
・雄略天皇の名が埼玉県
行田市稲荷山古墳の鉄剣の銘文に漢字
・竪穴式住居ないにカマドが作られる。
531 ・火国に春日部屯倉を設置
535 ・飢饉
538 仏教伝来(百済の聖明王から仏像)
556 ・筑紫火君は百済王子の帰国に際し、勇士1000人を率いて津路を守る
562 ・任那が新羅に滅ぼされる
582 ・582年に抜採された檜が596完成の飛鳥寺で使われた部材が元興寺で再利用。
587 ・蘇我氏が物部氏を滅ぼす
横穴墓
593 飛鳥時代 ・聖徳太子が摂政
・四天王寺建立
596 ・日本最古の寺院 飛鳥寺完成
604 ・憲法十七条
・石川県小松市額見町遺跡から大陸式のオンドル設備
・紀伊王国全盛
604 ・法隆寺金堂、釈迦三尊像
604 ・隋書 倭国伝に阿蘇山の噴火が記載。
623 ・伊豆大島の和泉浜遺跡から金銀、須恵器、土師器、鉄刀、玉、腕輪等の飛鳥時代の祭祀道具が出土
628 ・奈良県橿原市五条野町 植山古墳から推古天皇(554-628)と息子の竹田王子 合葬墓の双室墳(一つの墳丘に二基の石室)巨大横穴式石室が出土。
639 ・奈良県桜井町の吉備池廃寺
遺跡から
百済大寺(くだらおおてら)跡発見。高さ90mの巨大な九重塔がそびえた日本最古の欽明天皇が創建した国立寺院(2001.3.17)
645 白鴎時代 大化改新
・大化元年と年号を定める
・国郡の制
古墳・横穴墓が群集して作られる。
・奈良県キトラ古墳天文図
655 ・斉明天皇655−661
・奈良県明日香村岡で亀の形をした精巧な石の水槽や石段を備えた
流水、石造施設遺構。亀形石の南4mにわき水をためて流す石組みの導水施設があった。飛鳥時代に酒船石から75m水を引いた。祭祀の場か水と石のテーマパーク
・酒船石遺跡南側から木簡200点が出土(2002/6)
661 ・奈良県 酒船石から200mの斜面で両槻宮を巡る石垣が出土。(H14/11)
663 ・日本は白村江の戦いで破れる
・群馬県赤堀町今井三騎堂遺跡で中国製の唐三彩の陶枕
667 ・天智天皇は近江大津へ遷都する
670 戸籍作成
672 飛鳥浄御原宮へ遷都
・奈良県明日香村で飛鳥浄御原宮の庭園跡 流水装置の設置
673 ・奈良県明日香村 飛鳥池遺跡から金銀工房 (天武天皇)
674  ・倭国を 日本 と改号
(674/3/7〜701/6/8間に公定)---日本書紀では倭建
681 ・駿河から伊豆を分離した
687 奈良県明日香村の飛鳥池遺  富本銭687年
・阿蘇評督角足は宇治宿禰と賜性
・明日香村から天智天皇時代の飛鳥時代迎賓館とみられる石上遺跡から、国郡里制を記した“国、評、五十戸”等が書かれた木簡が出土。
694 藤原京を造営
・奈良県明日香村 キトラ古墳の石槨(小形石室)から古代中国の四神のひとつ朱雀が描かれていた(北朝鮮の江西中墓に類似)
701 ・701年3月21日に広域日本国号が公定された
・奈良県橿原市の藤原京跡から701年に日本最初の法典「大宝律令」が制定された時の木簡1200点が出土。
708 ・和銅開珍 銅銭鋳造
・米の木簡出納帳
・奈良県明日香村 高松塚古墳築造
710 奈良時代 平城京に遷都
・藤原氏の氏寺として鎌足の息子不比等が建立した奈良 興福寺の金堂は東西37m、南北23m、高さ1.8mの巨大な建物。基壇には柱を載せる礎石が66個並ぶ。最大5u。
712 古事記編纂
713 ・畿内・七道の諸国郡郷名は、2字とする定めが出来た。
・道君首名 筑後守兼肥後守となる
718 ・養老律令制定。
720 日本書紀編纂
寺院の建設(国分寺)
784 山背 長岡京へ遷都
794 平安時代 平安京に遷都
・山背国を山城国に改める
三彩陶器(田名坂上遺跡)の使用
805 ・最澄 天台宗開く
806 ・空海 真言宗開く
900 ・台地に大集落
1000 島根県大社町の出雲大社(千家尊 宮司)の境内に平安時代末期に空中神殿 高さ48m本殿があった。奈良の大仏45mより高い。地下1.5mから直径1.3mの杉丸太3本をまとめた柱。
1191 ・栄西が宋から帰朝し臨済宗
1192 中世 鎌倉時代 ・源頼朝、征夷太将軍となり鎌倉に幕府を開く
1252 ・僧侶は鎌倉の大仏(木造)着工
1261 ・鎌倉の大仏(青銅)造る
1333 ・建武中興
1336 南北朝時代 ・室町幕府の成立
・南北朝時代の開始
・後醍醐天皇は吉野に遷幸
1338 ・足利尊氏 征夷大将軍となる
1392 ・南北朝の合一
1394 室町時代 ・足利義満 太政大臣となる
1397 ・金閣の造営
1467 ・応仁の乱
・館の建設
・北条早雲が相模を支配(当麻宿)
1543 鉄砲伝来
ジャガイモ(ジャガタライモ、馬鈴薯)は南京芋と呼ばれ長崎に渡来。
1573 ・室町幕府の滅亡
戦国時代後期の茅ヶ崎市西久保 上ノ町遺跡で地下集石墓1万個の河原石を積み上げた楕円形の遺構。底に1.1mの木製桶があり、3個の切石が覆っていた。
・岐阜県飛騨地方に伝わる源氏物語 写本54帖(青表紙本系統貴族が雁皮紙に室町時代後期に書写)を大正大学が2001.4公開。
1582 安土桃山時代 ・本能寺の変
1600 ・関ヶ原の戦い
1603 近世 江戸時代 ・徳川家康が江戸に幕府を開く
・新田開墾
1605 ・琉球の野口総管は中国からサツマイモを持ち帰る。
1608 ・中江藤樹は、日本で数少ない近江聖人と言われた陽明学の祖で、近江の国小川町(滋賀県高島郡安曇川町)に誕生。
1639 鎖国
1649 ・慶安の御触書
1669 1669年 荷田春満は京都伏見稲荷の神官の子として生まれました。神道と歌道を学び幕府に国学校の設立を上申したが受け入れられませんでした。古道として古事記・日本書紀・万葉集・令義解等の古典回帰を掲げて国学の基礎を作りました。弟子に賀茂真渕らがいます。
1697年 賀茂真渕は遠江に生まれ、荷田春満の門人 杉浦国頭から学び、さらに儒医 渡辺蒙庵からも漢学を学び、万葉集や祝詞の研究を中心にして国学者(古代精神=古道)として活躍しました。本居宣長にも古事記等を教えました。
1673 ・分地制限令
1700 ・富士山が大爆発
1701
1702
1703 ・元禄地震
1704
1705 ・薩摩の国 前田は琉球芋を持ち帰り薩摩芋となる。
1711 ・伊予の国の下見は巡礼となり薩摩から薩摩芋を持ち帰る。
1712
1713
1714
1715
1716 ・徳川吉宗将軍
・享保の改革第1期
     開始〜1722
1717
1718
1719 ・相対済し令
1720
1721 ・目安箱設置
1722 ・享保の改革第1期終了
1723 ・享保の改革第2期
     開始〜1736

・老中 水野忠之による財政改革実施
・足高の制
1724 ・物価引き下げ令
1730 1730年 本居宣長は伊勢国松坂の商家にうまれ、漢学・医学を学び、賀茂真渕に師事し国学を学びました。古事記伝を残しました。日本文学論(文学の目的は道徳を説くことではなく物のあわれを知る事)、日本語の言語学および古道論(儒教や仏教は道徳的強制で人を抑圧するので古典にあるようにな皇祖神をたたえる神道=紫文要領・石上私淑言)を唱え幕末・維新期の国粋主義の根拠と見なされました。
1731
1732 ・享保の大飢饉
1734
1735
1736 ・享保の改革第2期 終了
1737 ・享保の改革第3期
     開始〜1745

・老中 松平乗邑・勘定奉行 神尾春央らによる年貢の高収入
1738
1739
1740
1741
1742
1743
1744 ・松平吉宗は法制整備と行政改革の為、公事方御定書、御触書寛保集成の作成
1745 ・享保の改革第3期終了
1746
1747
1748 ・飛騨高山代官の幸田は、寒さに強いジャガイモを信州から取り寄せた。
1780
1781
1782 ・天明の大飢饉
1783 ・天明の大飢饉
1784 ・天明の大飢饉
1785 ・天明の大飢饉
1786 ・天明の大飢饉
1787 ・天明の大飢饉
・寛政の改革開始〜1793年
老中 松平定信実施
1788
1789
1790
1791
1792
1793 ・寛政の改革終了
1795
1796
1797
1798
1799
1800
1810 ・緒方洪庵は備中国足守藩士の子として誕生。大阪に出て蘭方医 中天游から蘭学を学び、1836年長崎遊学後、瓦町に蘭学塾 適々斎塾を開く。入塾者には福沢諭吉、大村益次郎、橋本左内、大鳥圭介、佐野常民らが輩出。種痘の普及やコレラの医学書を発行した。
1821 ・伊能忠敬作製の大日本沿海輿地全図の大図214枚中206枚が米国ワシントン議会図書館で伊能忠敬研究会の渡辺代表理事が発見。
1822
1823
1824
1825
1826
1827
1828
1829
1830 ・天保の改革開始〜1844年
1831 ・蘭学者高野は早そば、ジャガイモを奨励
1832
1833 天保の大飢饉
1834 天保の大飢饉
1835 天保の大飢饉
1836 天保の大飢饉
1837 天保の大飢饉
・大塩の乱
1838 天保の大飢饉
1839 天保の大飢饉
1840
1841
1842
1843
1844 ・天保の改革終了
1845
1846
1847
1848
1849
1850
1851
1852
1853 ペリー浦賀に来航
1854
1855 ・安政江戸地震
1856
1857
1858
1859 ・吉田松陰 処刑
1860
1861
1862
1863 ・緒方洪庵 没。
1864
1865
1866
1867
明治1年 1868 近代 明治時代 明治維新
人口35百万人
1869
1870
1871
1872 ・信濃川疎通反対一揆7万人
1873 ・北条県美作にて徴兵令反対一揆
1874 ・酒田県わっぱ騒動一揆
・佐賀の乱(江藤新平らは征韓、攘夷、旧制度復活を求めて佐賀城に籠城)
1875
1876 ・茨城・愛知・岐阜・三重・堺にて地租改正反対一揆3%→2.5%
・萩の乱(前原一誠)
1877 ・西南戦争(桐野利秋、篠原国幹は西郷隆盛を擁して武装決起)
1878
1879
1880
1881
1882
1883
1884
1885
1886
1887
1888
22年 1889 ・伊勢神宮遷宮 西方 金の座(きんのくら)開始(戦乱と革命と不況の20年)
1890
1891
1892
1893
27年 1894 ・日清戦争
28年 1895
29年 1896
30年 1897
31年 1898 ・安岡正篤(やすおかまさひろ)大阪に誕生
1899
1900 ・夏目漱石(1867〜1916年)ロンドン留学し文学論構築で苦闘
1901
1902
1903
37年 1904 日露戦争
1905
1906
1907
41年 1908
42年 1909 ・伊勢神宮遷宮 東方 米の座(よねのくら)開始平和と豊穣の20年
1910
1911
大正1年 1912 大正時代 ・人口51百万人
1913
大正 3年 1914 第一次世界大戦開戦
1915
1916
1917
1918
1919
1920
1921
1922
大正12年 1923 ・関東大震(9月 死者10万人)
1924
1925
昭和 1年 1926 昭和時代 ・人口60百万人
昭和 2年 1927 ・安岡正篤(やすおかまさひろ)日本農士学校を設立し、東洋思想の研究と後進の育成に尽くす。
昭和 3年 1928
昭和 4年 1929 ・伊勢神宮遷宮 金の座(きんのくら)開始(戦乱と革命と不況の20年)
・10月 ニューヨーク株式市場大暴落・世界恐慌
1930
1931
1932
1933
1934
1935
1936
1937
1938
昭和14年 1939 ・第二次世界大戦開戦
1940
昭和16年 1941 太平洋戦争
1942
1943
1944
昭和20年 1945 現代 ポツダム宣言受諾日本敗戦
昭和21年 1946 日本国憲法公布
昭和22年 1947 ・六三三制新教育制度
・日本人平均寿命男女50歳超
1948
昭和24年 1949 ・安岡正篤(やすおかまさひろ)は全国師友協会を設立し、政財界指導層の啓発・教科に努める。
昭和25年 1950 ・朝鮮戦争特需
1951
1952
昭和28年 1953 ・伊勢神宮遷宮 東方 米の座開始
1954
1955
1956
1957 ・安岡正篤(やすおかまさひろ:1898〜1983年)陽明学者、右派的国家主義者であり反共団体 新日本協議会を設立した総理大臣の指南役。漢文の素養をもち保守的な政界財界に受け入れられた。
1958
1959
1960
1961
1962
昭和38年 1963 ・池田内閣、高度経済成長時代
昭和39年 1964 東京オリンピック開催
1965
昭和41年 1966 ・建国記念日設定
昭和42年 1967 ・人口100百万人
1968
1969
昭和45年 1970 ・日本万国博覧会開催
昭和47年 1972 ・沖縄施政権変換
昭和48年 1973 ・伊勢神宮遷宮 西方 金の座)開始
第一次石油危機
・公定歩合9.00
昭和49年 1974 ・田中首相失脚
1975
1976
1977
1978
昭和54年 1979 ・第二次石油危機
・イラン革命
1980
1981
1982
昭和58年 1983 ・人工栽培の松茸育成
・安岡正篤 没
1984 ・日本人女性平均寿命80歳超
1985
昭和61年 1986 ・防衛費GNP 1%
・バブル開始(土地、株価が値上がり開始)
昭和62年 1987 ・円高不況、地価高騰
・GDP 4.2%
・公定歩合2.5%
昭和63年 1988 ・牛肉、オレンジ輸入自由化
・バブル高騰
・GDP 6.2%
平成 1年 1989 平成時代 ・昭和天皇崩御
・消費税3%

・公定歩合3.25
東欧共産圏崩壊
・バブル高騰
・GDP 4.8%
・末 株価平均38,915円
平成 2年 1990 ・日米構造協議10年間公共投資430兆円
・公定歩合6.00
・GDP 3.8%
・バブル下降開始
・GDP 5.1%
平成 3年 1991 ソ連共産党解体
平成 4年 1992 バブル経済破綻
・GDP 1.0%
・株価平均14,309円
・今西錦司(1902〜1992年)人類学者、探検家 すみわけ論を提唱(自然は競争的というより調和がとれたものであり、そこでは種が生態の統一化を形作っている)。
・ホンシメジのびん栽培化
平成 5年 1993 ・GDP 0.3%
・伊勢神宮遷宮 米の座開始

・55年体制終わる(非自民連立細川内閣成立)
・世界新秩序時代

・米大凶作
・ファティマの大予言
平成 6年 1994 ・GDP 0.6%
平成 7年 1995 ・1月 阪神・淡路大震災 震度7
・低金利(公定歩合0.5%)
平成 8年 1996
平成 9年 1997 ・消費税5%
平成10年 1998
平成11年 1999 ・1月 地価は下落し1985年水準を下回る
・ノストルダムスの大予言
平成12年 2000 新千年紀
・3.31 北海道有珠山 噴火
・8.12 ロシア原子力潜水艦クルスクはバレンツ海で演習中、鑑首の魚雷が爆発し乗員118人を乗せ沈没。
・8.18三宅島 雄山は水蒸気爆発により8000mの噴煙を上げ噴火。泥流発生。また大雨警報発令。
・中部 水害
・9月 オリンピック オーストラリア女子マラソンで高橋尚子 2:23:14 金メダル。
・10.6 鳥取県西部で震度6 M6.9 震源は米子市南20q、深さ10q。北西−南東方向の断層が横ずれ発生した。家屋損壊5200 負傷者125。
・11/5藤村新一による上高森遺跡等の旧石器時代の石器ねつ造事件が報道される。
・日本赤軍 重信が日本で逮捕される。
平成13年 2001 ・マンションの都心接近、ラテン的なデザイン傾向。
・3/24日PM3:18 広島県南部にて安芸灘深度51q マグニチュード6.4(MW6.9)の地震が発生し、死者2名、交通が寸断。1995年の阪神大震災と同等の規模でしたが、震源が深かったので被害が少なかった。
・3/23 ロシアの宇宙ステーションミール(1986年打上、重量130d、地球を86,331回 周回)は、ニュージランド東方の南太平洋に残骸が落下。

・4/3太陽が極大期に入り平常時の2000倍の大爆発(フレア)が観測された。
・9/10 肉骨粉飼料を食べた乳用牛から日本国内初の狂牛病が発見された。
・10/1 第28回ベルリンマラソンで高橋尚子が2時間19分46秒の世界最高記録で優勝した。
・10/4座散乱木遺跡、馬場壇A遺跡の捏造を藤村新一が認めた。
・10/10 スウェーデン王立化学アカデミーは、2001年 ノーベル化学賞を名古屋大学 野依り良治(のよりりょうじ)理学研究教授へ、必要な型の物質だけを合成する開発手法 不斉合成贈ると発表。
・11/13米大リーグはシアトル・マリーナズのイチローを新人王に選出した
・狂牛病3頭目が群馬県宮城村で発見
・皇太子妃雅子さまに第一子女児誕生

平成14年 2002 ・6/14サッカーワールドカップにて日本チームは大阪長居スタジアムでチュニジアに2−0で勝利し初の決勝トーナメントへ進出する。韓国も勝利し日本と韓国両国ともに祝った。
・ノーベル物理学賞に小柴昌俊・東京大学名誉教授(76)が、天体物理学、特に宇宙ニュートリノ検出のパイオニア。10/8
・土方歳三 生誕地の地名を東京都日野市石田から万願寺に変更する市の方向を地元やファンが反対(10/31)
・高円宮様(スポーツ中 心臓麻痺 47歳)の御舟入。(2002.11.22)
・出生数:115万6千人(過去最低)
・死亡数:97万8千人
・婚姻数:75万5千人
・離婚数:29万2千人
平成15年 2003 ・2月 偵察衛星打ち上げ予定。地上の1m物体を判別可能な機密だらけの日本の衛星で北朝鮮のミサイル発射を発見する役割。
・1/25東京都東大和市の小嶋一男さんはモンゴロイドが移動したシベリアからグリーンランド迄22000kmの冒険に挑んでいるが、最後の2800kmに出発。到着は7/下旬の予定。
・4月 統一地方選挙、知事選、市長選予定
・5月 無人宇宙実験システム研究開発機構が9ケ月前に230億円かけて打ち上げていた宇宙実験カプセルが30日に小笠原諸島南東約1千キロの公海上に着水し無事帰還した。超伝導物質を作る実験をしていたとのこと。
・5/26日東北地方で太平洋プレート沈み込みの影響と見られる震度6弱の地震発生し新幹線の橋桁が剥がれ等の被害があったが、規模の割には被害が少なかった。
・5/ハワイにある国立天文台ののすばる望遠鏡は数十億光年先にある超新星を18個も同時に発見した
・JAXSジャクサ発足 本格的な宇宙開発時代の幕開けか。
・火星が6万年ぶりに超大接近する8/7日。尚、通常の大接近は15年に1回でり、西郷隆盛自決の明治10年は巨星が天に帰った西郷星といわれた。
・10/25日 環境観測技術衛星みどり2号は、電源系のトラブルで通信途絶し運用断念した。約700億円投資
・11/29日 宇宙航空研究開発機構(JAXA)種子島宇宙センターは、情報収集衛星2機を載せた国産ロケット(H2A)を種子島から打ち上げたが、第1段ロケットに取り付けられた大型個体補助ロケット(SRB)1本を分離できなかったため、11分後に地上指令により爆破した。
・12/6日 1998年7月に打ち上げられた惑星探査機「のぞみ」は2002年4月に電子回路故障により停止していた主エンジンを修復し続けていたが9日までに火星軌道にに入らなければ火星探査は不能となる見込み。

・12/9日 政府は臨時閣議でイラクへ自衛隊派遣の基本計画を決定
・12/20 日本旧石器学会 発足。
平成16年 2004 ・アテネでオリンピック開催。日本は柔道、マラソン等の若手が活躍し金メダル13個を取得。(2004.8)
・真夏日が関東地方で連続40日続いた。九州は48日という。(2004.7-8)
・9/1日 長野県 浅間山噴火し相馬市まで降灰が確認。また、紀伊半島を震源地とし2回地震発生台風も南海域が高温となり19号まで発生し、特に18号は風台風で阿蘇も稲が倒れ西日本地域に多くの被害をもたらした。(2004.9)
・9/11日12001年に発生した米国テロの追頭番組。(2004.9.11)
・10月 大型台風18号は、日本列島に強風を吹きつけました。
・10月20日台風23号は多くの雨を日本列島に降らせました。

・23日 17時56分、新潟県中越地震発生し、川口町で震度7の大型地震が発生しました。道路に亀裂がはいり、死者374人、負傷者2374人、避難者84,063人という多くの被害か゜出ました
また、電気7740戸、ガス48643戸、隧道23226戸が供給ストップしました。(この様な中で、2才の男の子が瓦礫の中から92時間ぶりに救出されました。2004.10.30)
・10/31日 香田さんがイラクで、自衛隊の撤退を要求する武装勢力から拉致され殺されました。
・12月26日 第1回目スマトラ沖大地震発生。死亡約13万人という空前の大被害となる。(2004.12)
平成17年 2005 ・2005年2月26日 国産大型ロケットH2Aが種子島宇宙センターから発射され、1年3ケ月ぶりに運輸多目的衛星MTSAT−1R分離に成功した。10日後に地球周回軌道に乗る予定。これにより、天気予報と航空管制に寄与する。今後、H2Aロケットにより情報収集衛星や地球観測衛星を運ぶ計画が待っている。(2005.2.26)
・3月20日 福岡沖地震 M7.0発生後も余震が続き、4月20日午前6時11分 福岡沖 深さ14qの浅い震源でM5.8の最大余震発生(2005.4.20)
・3月28日 インドネシア スマトラ島で第2回目の地震発生。死亡約2千人。
・中国や韓国で日本の国連安保理事会常任理事国入り、竹島領土問題、小泉首相靖国神社参拝等に反対して反日デモが発生しており、上海でも4月16日 反日デモ発生。日本が嫌いという人々は約6割にのぼるという。日本では海外旅行者のキャンセル相次ぐ。(20005.4.16)
・4月12日 インドネシア スマトラ島のタラン山は噴火し、その後も火山噴火活動が活発化。(2005.4.12)
・国立天文台は、うみへび座の方向に130億年前の星を発見(2005.4.14)
・ライブドアとフジテレビは和解。(2005.4.18)
・厚生労働省は若者の雇用問題解決する施策として、フリーター20万人を削減する方針。(200.5.4)
・ローマ法王庁は4月2日のヨハネ・パウロ2世の死去によりドイツ出身のヨーゼフ・ラツィンガー枢機卿78才が、ベネディクト16世として第265代法王を選出。(2005.4.20)
・3月25日から愛・地球をテーマとした愛知万博が開催され、1ケ月間の平均入場者は6万7千人。
・高松塚古墳は石室解体し保存の方針。(2005.4.20)
・4月20日 丹羽文雄氏武蔵野で100才の大往生。
・4月22日 兵庫県立西はりま天文台は、2100万後年先のM51銀で親子銀河を発見し撮影。(2005.4.22)
・4月26日午前9時14分 兵庫県尼崎市 JR宝塚線(福知山線)で快速電車7両編成がカーブを100q/時以上のスピードを出し 前4両が脱線、死者107人、不詳417人のJR発足後、大惨事発生。(2005.4.26)
・日本の探査機“はやぶさ”は、地球から約3億kmも離れている小惑星イトカワに着陸し、イトカワの表面に5gの金属球を打ち込み、まいあがった土を採集した。2007年6月に帰還予定。
平成18年 2006
平成19年 2007 ・日本の探査機“はやぶさ”は、イトカワの土を採集し2007年6月にオーストラリアの砂漠地帯に帰還予定。
平成20年 2008
平成21年 2009
平成22年 2010
平成23年 2011
平成24年 2012
平成25年 2013 ・伊勢神宮遷宮予定 西方 金の座開始
平成26年 2014
平成27年 2015
平成28年 2016
平成29年 2017
平成30年 2018
平成31年 2019
平成32年 2020
平成33年 2021
平成34年 2022
平成35年 2023
平成36年 2024
平成37年 2025
平成38年 2026
平成39年 2027
平成40年 2028
平成41年 2029
平成42年 2030 9月 小惑星地球衝突予測 確率1/500
平成43年 2031
平成44年 2032
平成45年 2033 ・伊勢神宮遷宮予定 東方 米の座開始
〔後記〕
過去の東洋思想の変遷をみますと道教→仏教/禅→儒教→朱子学→陽明学と発展してきています。最後の陽明学では知識だけではなく実践(行動)を重んじています。但し、この実践は自由放任で無秩序であると糸のきれた凧同様に何処に飛んでいくのか解らなくなります。節度のある理にかなった行動はやはり必要と思います。これらのことを多くの先人が教えています。私達は先人の教えに学びより高度な社会・国家を構築していかなくてはなりません。そこに人の生き甲斐とか生きる道があり、どのようにして生きていくのかが見つかると思います。
◇道教
後漢後期に世の中が乱れた時期に芽生えた道徳経を経典とした五斗米道を基に発生し、経典は老子・荘子です。老子を道徳天尊として祭ります。教理としては不老不死、仙人願望(人欲を抑制した修行)、長寿(体操・長息呼吸法・辟穀(五穀を断)・)があり、現世で道徳的な行いをすれば来世で序列が上がる来世観を持ち、神々としては、元始天尊、寿命神⇒北斗南斗星、媽祖⇒航海神、雷神、黄帝、関帝、かまど神、かわや神があります道教の寺院を道観あるいは廟(小規模)と云います。
◇仏教/禅
禅は古代インドの宗教的修行方法の一つで、ヨーガ過程中の精神浄化法で釈迦により仏教に取り入れられ、悟りを含んでいます。
釈迦は紀元前6世紀頃釈迦族の王子として生まれ29歳で出家し、この世の真理と解脱の道を説きました。仏の教えや仏になる教えです。禅や念仏等の実践修行により悟りを開き解脱する事を目的としています。
教義としては、四法印として、諸行無常(世界の一切は生滅変化する)、一切苦行(人間の存在そのものは苦)、諸法無我(あらゆる事物は永遠不滅の実体・本性を持たず、全ては空)、涅槃寂静(煩悩を断じ尽くした静けさの境地)があります戦国時代の武将 北条早雲・上杉謙信・武田信玄等は神仏を敬い入道にもなりました。しかし、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康らは天下統一のため仏教者と対立し弾圧しました。また、キリスタン教徒に対しても追放しました。
◇儒教
現世で政治や社会倫理に関する教えを説きます。中国春秋時代に生まれた孔子は、礼を尊んだ伝統主義・文化主義であり、人の仁(真心、おもいやり、誠、人への愛、年長者への尊敬、礼に従った行動、親に対する考→先祖崇拝)および君子の国家治道を説きました。専制的政治に人道主義を導入しました。この倫理思想/政治思想が論語です。後に、義・礼・智・信が加わり五徳といいます。孔子は人の差別をしないで教育する態度をとりました。経典としては四書(大学、論語、孟子、中庸)五経(易経、詩経、書経、礼記、春秋)があります。倫理的なよい行いをするすぐれた人間、政治的力量を供える教育および社会的価値基準/あり方の倫理基盤の提示です。孟子は父子の博愛、君臣の正義、長幼の序列、朋友の信義を五輪と定めました。また、孟子は君主の有徳による政治を王道と呼び、覇道による武力政治を退けました。基本教理は五輪五常、修己治人(しゅうこちじん:自己の徳を修め、それにより教育や政治を行う)、天人合一。孟子が発展させ、漢時代には国教となりました。日本には5世紀頃に伝わり江戸時代には封建制度を支える思想として盛んになりました。特に周防、薩摩、土佐および越前等の地方にて盛んになりました。儒学者の古学派としては伊藤仁斎→伊藤東涯、山鹿素行、荻生徂徠がいます。荻生狙は自分の学と熊沢蕃山の知および伊藤仁斎の行を持ってすれば聖人になると評価しています。
◇朱子学
南宗時代に朱子が四書を基本として唱えました。
太極を宇宙の本体としてとらえ、万物は理(原因・秩序・法則)と気(微少な単位)からなる理気二元と考え、気は一元気から陰陽の気→五行の気にわかれ、事物は理と気のからみあいから生ずるとしました。人倫における仁・義・礼・智・信は善であるが、人の気質の性には気のにごりがあると不善になる。静座して心を集中する居敬と大学にある格物致知(事物の理の探求)の窮理の説を唱えました。個別に理を追求する事からはじめる格物窮理説
知先行後説(知識を習得してから行動する)をとりました。中国においては科挙試験に用いられ堕落しました。日本には鎌倉時代に禅僧により持ち込まれ、五山の禅僧や博士家により研究され、江戸時代に最も盛んになりました。朱子学者としては、藤原惺窩(せいか)、林羅山、新井白石がいます。特に林羅山は徳川家康により登用され、政治面で活躍しました。
◇陽明学
現在の問題をどう解決するかの思想です。明時代に王陽明が、朱子学の理論に行動の実践を取り入れて唱えました。:朱子学の理学に対して心学とも云い、理気を合わせて一元的に観る一元論をとりました籍がない僻地や礼法が通用しない異文化の国では、知先行後では解決がつかないので、自分の心の中に理があるとする心即理説を唱えました。さらに、それは知識と行動が一体のものであるという、知行合一説に発展させました。経書でかかれている事は自分の心にあるもであり誠意が重要だとしました。また、日常の行動を通じて心を鍛錬する事上磨練を説きました。良知すなわち人に先天的にそなわる知は、学問をしなくても知れる能力で、心を虚にして私欲を無くせば得られると云う致良知説もあります。又、格物とは心に起こる意念をただす事と解釈しました。
日本には江戸初期に伝わり、日本の陽明学者としては、中江藤樹熊沢蕃山、大塩平八郎、三宅石庵、佐藤一斎がいます。特に中江藤樹は近江聖人とも称され、日本陽明学の祖とされています。10歳から庭訓往来・貞永式目を学び、11歳の時、大学を読み、“人間には時と処を超えた普遍的な道があり、物事はこの普遍の道に立って考え実践しなくてはならないという理想主義”を志ました。四書大全(大学・中庸・論語・孟子)だけでなく儒教の五経(易経・書経・詩経・春秋・礼記)も大事であるとしました。著書には「持敬図説・原人・大学啓蒙・鑑草・翁問答」があります。“考”、“愛敬”を重要とし、陽明全書から“心事元是一也”を唱えています。弟子には熊沢蕃山がいます。。佐藤一斎は幕府昌平坂学問所の教官となり、門下には渡辺華山、佐久間象山、山田方谷らがいます。尚、吉田松蔭や西郷隆盛も影響を受け幕末・維新の変革に繋がりました。日本は明治維新の尊皇開国により幕府や士農工商市民が規範としていた儒教・朱子学・陽明学から西洋のもっていた自由と平等を歌う民主主義へ移行していきました。一方、国家は資本主義を採用し、政治制度や経済方法は新たになりました。しかし現代、これらの変革に伴って付帯すべき精神的な基盤としての規範・倫理観はおちこぼれているようです。人が生きていく道しるべとしての新しい概念が必要です。それは、過去に先人が持っていた考えを現在の環境にそって構築しても良いと思います。
◇結論
人の本来のあるべき思想とは、いかなる空間や環境であろうと、古代から現代に至る迄の時間であろうと、自らの心から生み出されるもの・・・それは家族・友達・地域・国に於ける人との人との間(人間)の愛の精神た゛と思います。愛とは何かというならば、生きのびることを目的にした純粋な考え、慈しみ、思いやり、善悪の区別、発展、希望であり力強さでありそして自然との調和であり感動する心です。

推薦図書〕 ・『考古学キーワード 』 安蒜政夫(あんびる まさお)1946  有斐閣