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| 目次:縄文時代 環状列石 地球の岩石 石器 土器 古代王国/王朝 古史古伝 古代文字 年代測定 考古学 遺構/遺物 |
| *日本古代文明の秘密にせまる! |
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岩石の種類 |
| 名称 |
生 成 |
特 徴 |
| 火成岩 |
地球内部のマグマが冷えて固まった。 |
結晶の形を持っていて、直線的。 |
| 堆積岩 |
土砂が海、川および湖等の水中で固まった。 |
つぶが混じっていて、丸く他種類の石からなる。 |
| 変成岩 |
火成岩や堆積岩が熱や圧力の力により変化した |
圧力では千枚板等剥がれやすい熱では模様が出来る。 |
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石器 |
| 旧石器時代区分
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| 区分 |
年 代 |
内 容 |
備考 |
| 前期 |
70〜13万年前 |
小形の剥片石器、大形石器 |
捏造あり? |
| 中期 |
13〜 6万年前 |
中形の剥片石器。斜軸尖頭器(ポイント)、斧形石器 |
北方ルート
捏造あり? |
| 後期 |
5〜1.3万年前 |
石刃(ナイフ形石器)。局部磨製石斧。細石刃。石刃技法(せきじんぎほう)。 |
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■ 旧石器発掘捏造事件
・日本考古学協会は特別委員会が2年にわたり4千点の石器を調査して、藤村氏の関与した前期・中期旧石器遺跡(上高森、総進不動坂および座散乱木遺跡等)発掘は180遺跡中162遺跡が捏造と発表した。このことにより日本の旧石器時代は70万年前から7〜5年万前に逆戻りすることになる。但しむ、これら以外の後期旧石器については確実な旧石器が出土しているとしている(2003.5)
- ・日本考古学協会 前・中期旧石器問題調査研究特別委員会は、7都道府県42遺跡を捏造と発表した。
- (2001年9月29日)
・北海道 美馬牛遺跡、下美蔓西遺跡、総進不動坂遺跡、天狗鼻遺跡
・山形県 袖原3,6遺跡
・宮城県 上高森遺跡、高森遺跡、馬場壇A、座散乱木、蟹沢、高山館、安養寺B、中島山遺跡、沢口、大谷地、
- 長原上、青葉山E
・福島県 一斗内松葉山遺跡
・埼玉県 檜入遺跡、十三仏遺跡、並木下遺跡、長尾根遺跡、長尾根北遺跡、長尾根南遺跡、秩父市小鹿坂
- 遺跡
- ・埼玉県建物遺遺構
→前期旧石器時代遺跡緊急調査事業検討委員会は自然現象と判断 2001.10.1
・埼玉県秩父市小鹿坂遺跡、長尾遺跡
→前期旧石器時代の石器は無い 国立科学博物館 2001.10.10
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| 石器の材料 |
| 種類 |
特 徴 |
| 黒耀石 |
北海道で採れた黒耀石で鏃とナイフをつくりました。天然のガラスと呼称されるだけあって、石器時代の熟練者が製作したようには形が整いませんでした。ガラスより粘りがある感じでしたが、900度近く熱すると泡がでるとか。又、ものが腐りにくいとかの効能があると言われています
(産地)
・北海道、長野県和田峠/星が塔、静岡県上多賀、栃木県高原山(たかはらやま)、神奈川県畑宿、熊本県阿蘇の象ケ鼻遺跡、大分県姫島 |
| 頁岩(けつがん) |
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| 石英 |
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| 流紋岩 |
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| 玉髄 |
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| サヌカイト |
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| チャート |
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| 砂岩 |
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| 旧石器の製作方法 |
| 製作種類 |
方 法 |
| 直接打法 |
石材を直接 石や鹿の角でたたいて作った。 |
| 間接打法 |
石材にパンチを当て、別の石でたたいた。 |
押圧打法
(おうあつはくり) |
鹿の角等の尖った剥離具を押しつけて剥ぎとった。 |
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| 旧石器の種類 |
| 種 類 |
特 徴
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礫塊石器
(れきかい) |
自然の石をそのま使用しました |
石核石器
(せっかく) |
母岩となる礫に内欠きを加え整形しました |
剥片石器
(はくへん) |
母岩から剥ぎ取った剥片をさらに細かく調整し、目的の石器を作成しました。 |
| 細石刃 |
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| 細石刀核 |
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| 槍先形尖頭器 |
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| 有桶尖頭器 |
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| 彫刻刀形石器 |
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| ナイフ形石器 |
石刃。石核から連続的に縦長(石刃技法)あるいは横長(横剥ぎ技法)の剥片をはぎ取る方法があります。 |
| 掻器 |
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| 刃部磨製石斧 |
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| 打製石斧 |
植物採集や住居の竪穴を掘つたり掘る道具。中期以降関東地方、中部地方に普及しました。 |
| 磨製石斧 |
丸木舟を製作した。樹木の伐採や木材の加工。 |
| 片刃礫器 |
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| 旧石器の用途 |
| 種類 |
用 途 |
| 石鏃 |
弓矢の矢先 |
| 石斧 |
石の斧 |
| 砥石 |
磨製石器の製作、石/木製品の仕上げ、骨角器の製作 |
| 石匙(せきひ) |
小形携帯用ナイフ |
| 磨石 |
石皿とセツトで堅果をすりつぶしました。 |
| 軽石製うき |
漁業用 |
| 石錐 |
木や石の穿孔用 |
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謎の石器類 |
| 種 類 |
特 徴 |
出土地 |
| 御物石器(ごもつ) |
真ん中が凹んだ枕石
長さ20〜40p |
濃飛型は長良川、木曽川流域。北陸型は神通川、九頭竜川流域岐阜県向山遺跡
石川県穴水町
岐阜県下呂町 |
| 独鈷石 (と゛っこいし) |
中央に溝と突起があるバナナ形の石器 |
青森県亀ヶ岡遺跡、四戸橋 |
| 装飾石器 |
バナナ形の石器 |
長野県茶臼山 |
| 青竜刀形石器 |
青龍刀の形をした石器
長さ30p |
青森県 |
| 石冠(せっかん) |
スタンプみたいな石器 |
岐阜県湯屋 |
| 石刀 |
石のそった刀 |
青森県亀ケ岡 |
| 石剣 |
石の直刀 |
神奈川県なすな原 |
| 石箆(いしべら) |
箆状石器 |
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| 凹石(くぼみいし) |
火おこし石 |
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| 線刻礫 |
髪の毛・乳房・腰みのを描いた石 |
愛媛県上黒岩岩陰 |
| 岩偶 |
ビーナス石像 |
秋田県 |
| 岩版 |
石のおまもり |
秋田県寺の沢 |
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石器製作技術 |
| 種類 |
方法 |
内容 |
場所 |
先土器時代 |
縄文時代 |
| 剥片剥利技術 |
石刃技法 |
石核から縦長剥片を連続的にはぎ取る |
東北〜中部 |
○ |
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| 横剥技法 |
石核から横長破片を取る |
瀬戸内海 |
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| 瀬戸内技法 |
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○ |
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| 押圧剥離技法 |
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○ |
| 細石器 |
湧別技法 |
大型の石槍状石器から小型の石刃を製作 |
北海道・シベリア中国東北部 |
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半円錐形の細石核から石刃をはぎ取る方法 |
九州・西日本 |
| 敲打技法 |
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御物石器、石冠および石棒を作成 |
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○ |
○ |
| 局部磨製技術 |
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○ |
○ |
| 全面磨製技術 |
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○ |
| 擦り切り技術 |
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金剛砂を用いた |
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○ |
| 攻玉技術 |
金剛砂を媒体 |
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| 舞キリ法 |
弓で回した |
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石棺の材料 |
- 阿蘇の溶結凝灰岩
- 古墳の石棺として九州はもとより中国地方まで使用されている。石棺や石人・石馬に材料として用いられているのは、ある程度柔らかく しかも粘りがある材質のため加工しやすかったため。
- 舟形石棺製作地
- 菊池川下流---玉名市、菊水町、宇土市網津で製作され大牟田、佐賀、愛媛、賀川、岡山、大阪地方の古墳に埋設されている。
- 氷川流域-----八代郡竜北町・宮原町で製作され八代海沿岸、佐賀、兵庫、京都の古墳に埋設されている。
- 宇土半島(網津の馬門で産出するビンク色の石材)で製作され鴨籠古墳、岡山、大阪、奈良、滋賀地方の古墳に埋設されている。
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日本の原人達
(注)黄色字のものは信憑性がないといわれています。 |
| 原人名称 |
時期(絶対年代) |
発掘地 |
説 明 |
明石原人
(あかし) |
15万年前 |
兵庫県 |
・西八木海岸の粘土層から腰骨を直良信夫 1931年 発掘。 |
牛川原人
(うしかわ) |
4万年前 |
愛知県 |
・石灰岩採石場から上腕骨片を1957年 発掘。 |
| 三ヶ日原人(みかび) |
3万年前 |
静岡県 |
・石灰岩採石場から頭骨を1959年 発掘。 |
浜北原人
(はまきた) |
2万年前 |
静岡県 |
・石灰岩採石場から1961年 発掘 |
聖岳原人
(ひじりだけ) |
2万年前 |
大分県 |
・聖岳の洞窟から頭骨を1962年 発掘。 |
港川原人
(みなとがわ) |
1.8万年前 |
沖縄県 |
・石灰岩採石場から1968年 発掘。 |
葛生原人
(くずう) |
15世紀 |
栃木県葛生町 |
1950年発掘当時は30万年前と発表されたが、2001年 国立科学博物館研究グループが再度、分析され15世紀の人骨と判明した。 |
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最古級の建物跡 |
小鹿坂遺跡
- 埼玉県秩父市の約50万年前と見られる秩父原人の建物跡らしい穴が発見された。
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最古級の墓 |
- 日本
- 世界
- 約3万年前 旧石器時代の墓 イラク・シャニダール遺跡のネアンデルタール人の墓。
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縄文時代 |
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縄文人の考え方
- 美意識があった。
- 勝坂式土器文化圏の人は、大陰的な世界観から蛙(ヒキガエル)を光らない暗い月であるが、これからよみがえろうとする古い月を表しているという。また新月は中国では兎であるが蛇で示した。蛇は大陰的世界と火山神話の両世界を意味した。
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- 大陰的な世界観をもち、太陽よりも月が重要視されていた。
- 縄文時代の住居
- 竪穴式住居−−−聖なる火としての炉を中心に床、柱があり、周溝を巡らした。
- 縄文時代の道具
- 第1の道具−−−生活の道具
- 尖頭器、石鏃、石斧、石箆、掻器(スクレイパー)、削器(サイドスクレイパー)、土器、石さじ、ナイフ、石皿、すり石、石鋸、石錐、浮子、くぼみ石、蜂の巣石、砥石等の使用目的がはっきりしているもの。
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- 骨角器−−−釣り針、もり、ヤス
- 木製品−−−鉢、皿、舟、かい、弓
- 木製漆器
- 青森県野辺地町 向田(18)遺跡 泥炭層から縄文時代前期末の木製漆器が出土した。長さ13p幅8p高さ3p厚さが3oと薄く精巧。
- 第2の道具−−−祭りの道具
- 土偶、土板、石偶、岩偶、石棒、石剣、土面等の使用目的がはっきりしていないもの。祭祀、呪術に用いられてたと考えられる。
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- 遮光器土偶
- 土製仮面
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| 東京都埋蔵文化財センター |
- 土板
- 装飾品
- 耳飾り−−けつじょう耳飾り、耳栓、滑車形耳飾り
- 腕輪−−−貝輪、土製、鹿の角、猪の牙
- 大珠−−−翡翠製の胸飾り。新潟県姫川流域/長者ケ原原産
- 丸玉、
- 腰飾り
- 髪飾り
- 勾玉
- 垂玉
- 縄文ポシェット−−−い草を素材にして製作したる
- その他
- アスファルト−−−石鏃の取り付け、土器の修理
- ベンガラ
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縄文時代の食べ物
- 堅菓類−−−ドングリ、トチ、クリを貯蔵穴で保管した。
- 縄文クッキー−−−堅菓類を石皿と摩石で粉にひき、肉を混ぜ塩で味付けしておやつに食べた。
- 鯉、鮒、鰻、サケ、マス
- タイ、スズキ、マグロ、イワシ、ふぐ
- 貝、タニシ
- 鯨、トド、アザラシ、オットセイ、ジュゴン、イルカ
- 鹿、猪、カモシカ、熊、狸、リス、兎
- 鴨、雉、白鳥
- 根茎類(山芋、ユリネ、カタクリ)、山野草、
- 昆虫類
- きのこ
- 縄文時代の調理方法(注意:下記は推測の方法も含まれててます)
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- 焼き
- ■土器盤焼き−−−台形土器や平皿形土器の上に木の実や縄文クッキーを置き、下から薪を燃やしたり、炭の熱で焼い た。
- ■板石焼き−−−いろりの側に板石を置き、その上に食材を乗せて縄文パンを焼いた。(縄文前期、中期の関東/東北 /中部地方)
- 炊く
- ■大きな蒙宗竹等の竹の中に米等の穀物と水を入れて、炭の側に置いて熱で沸騰させて炊いた。
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- 煮る
- ■防水処理を施した縄文土器に水と野菜、肉、魚、貝等を入れて、下から薪を燃やして煮た。
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- 蒸す
- ■厚くて大きな葉っぱで巻き、熱い灰や熱した石の中に置いて蒸した。
- ■縄文土器の中に水を入れ、水面上に木や竹で編んだ棚を入れ、その上に食材を乗せて下から火を燃やし、平らな木の 蓋をして密閉し蒸気で蒸した。
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- 串焼き
- ■いろりの回りに魚を串に刺して立て、あぶって焼いた。
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- 発酵
- ■ニワトコ、サルナシ、クワの実、ブドウの実をしぼり、植物の網でこし、発酵させて、果実酒や酒を造った。(三内丸山遺跡の廃棄場から植物遺体層発見)
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- 薫製
- ■魚を煙で燻り薫製にした。
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- ひもの
- ■魚を天日で干してひものにした。
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- サラダ
- ■野菜を洗って縄文土器に盛りつけた。
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- 乾燥
- ■海草や野菜を乾燥させて保存食を造った。
- 縄文時代の風習
- 縄文時代の言語(参考:国民の歴史 西尾幹二)
- 原縄文語
- 沖縄地方:琉球縄文語→沖縄方言
- 九州地方:九州縄文語→九州方言
- 関西地方:後期九州縄文語→原弥生語→関西方言
- 山陽東海地方:表日本縄文語→関東方言
- 東北地方:裏日本縄文語→東北方言
- アイヌ民族は、21世紀の現在になっても、日本に同化されていないと言う。日本は単一民族ではない。
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ストーンサークル(環状列石) |
- 縄文人はストーンサークルにより聖域を示し、太陽、月および星の精霊を呼び生殖繁栄をねがった。また、弥生人は歳時の観測や日時計として利用しました。
- 世界最古の巨石墓は、BC4200年 フランス ブルタニュー地方にあります。これら石造物はBC1000年 青銅器時代の始まりに終わっています。
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| 場 所 |
地 図 |
- 北海道函館市 石倉貝塚遺跡
- 多目的な祭祀
- 北海道 忍路環状列石
- 青森県
- 秋田県 大湯環状列石
- 東側に野中堂遺跡:直径40m、西側に万座遺跡:直径45m。いずれも“日時計状組石”を中央に持ち内側と外側にベルト地帯があり、その中に配石遺構が何組か並んでいる。出土した土器・土偶では縄文時代後期とみられが、それより古いという説もある。用途は祭祀場か墓地ではないか言われている近くにピラミッド黒又山がある。
- 関東
- 中部
- 九州 宇佐
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- 構造
- 複数の石を環状に配列した。
- 中央に石棒を直立させた。
- 石川県チカモリ遺跡は円形の巨木柱列
- 山梨県金生遺跡は中央に石棒を直立させ、其の回りに膨大な量の石を配置した。
- 時期
- 用途
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土器 |
縄文土器
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- 日本最古の土器
- 青森県大平山元遺跡から16500年前の土器が出土した。
- 形は大きく色はあか茶色で大胆な印象を受けます。縄目、火炎および渦巻き模様が施されておりかなり複雑な装飾です。現在、まねて作っても水が漏るとか。内側を草でこすると漏れなくなるらしい。アメリカ大陸でも似たものが発見されています。
- 火焔土器---新潟県糸魚川市長者ケ原遺跡出土(糸魚川市歴史民俗資料館)
- 大陰的な世界観をもっていて、蛙を土器に描いた。
- 類似土器の出土地域
- メソポタミア、エジプト、アメリカ、中国、ジャワ、チリ、エクワドル、南太平洋バヌアツ共和国
- 土器の製作方法
- @粘土を調達する
- A粘土を精製する
- B下地を作る
- Cねかし
- D成形する
- E文様をつける
- 縄文、竹管文(ちつかんもん)、押型文(おしがたもん)、
- 撚糸文(よりいともん)
- F乾燥させる
- G焼成(しょうせい)−−−地面の上に積み上げ、約800℃で焼いた。
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縄文土器の変遷
- 国立歴史民族博物館は、縄文中期の土器約130点に付着していた炭化物を放射性炭素(C14)年代測定法で測定した結果、従来、縄文時代中期がBC3000〜BC2000頃としていたのを500年遡ると発表した。(2003.5)
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| 時代区分 |
新説 |
製作土器の種類 |
用途・特徴 |
| 草創期 |
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・方形平底土器
・円形丸底土器 |
煮炊用 |
| 早期 |
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・尖低深鉢(円形丸底) |
文様が多様化、北海道にも普及
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| ・曽畑土器(6500年前) |
熊本県宇土半島の曽畑遺跡、轟遺跡から出土。 |
| 前期 |
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・平底深鉢---胴部張り出し
・浅鉢、壺
・円筒形土器---北海道、東北 |
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| 中期 |
BC3500年〜BC2500年 |
・吊り手土器
・器台
・火炎土器---新潟県近辺
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・煮炊用、貯蔵用
・立体的な造形
・竹管やヘラで文様をつけた
・人、動物を描いた
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・勝坂式土器 (5000〜4500年前)
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・円筒形の深鉢、浅鉢、口のすぼまる有孔鍔付土器を初め器台と種類も豊富でダイナミックな土器。
・相模原市磯部 勝坂遺跡から出土。高さが1m近くあり、1家族用としてはあまりにも容量が大きすぎる。集団で一つの鍋を用いて煮炊きたのだろう。神奈川件、東京都、埼玉県、山梨県、長野県、静岡県に分布。
・太い隆帯により区画文が描かれている。又、口縁部に装飾的な取手がついており、顔面取手も出現。とにかく装飾的で左右対称な図柄ではない。記憶で製作するのは困難。木に模範絵を描いていたと思う。
・土器や土偶に描かれる顔は、女性でしかも幼子の表情をしている。(勝坂式土器文化圏=山梨県、長野県南部、神奈川県、東京都、埼玉県、静岡県)
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| ・加曽利E式土器(4500〜4000年前) |
・千葉県千葉市加曽利塚貝塚E地点から出土。関東地方に分布している。口縁部がふくらむ深鉢、浅鉢、壺形等多様である。横S文字つき隆帯、沈線渦巻き文となり、口縁部の文様がなくなる。 |
| ・曽利式土器(4500〜4000年前) |
・長野県富士見町から出土。山梨県、関東および中部地方に分布。口縁は無文が多く、胴部に沈線文がある。又、胴部の地紋は条線から列点文や雨だれ文へ変化した。 |
■中期最初の土器とされていた五嶺ケ台(C14測定⇒BC3520年)(2003.5新説) |
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| 後期 |
BC2470年 |
■後期最初の土器とされていた称名寺式土器(C14測定⇒BC2470年)(2003.5新説)
・注口土器
・香炉形土器
・双口土器
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・種類が増加
・幾何学的な文様
・磨消縄文(縄文地を沈線で区画し外側の縄文を削り消して文様を際だたせる方法)
・装飾的な精製土器と簡素な粗製土器の2極化(ハとケの機会に応じて使い分け)
・祭祀用土器
・ミニチュア土器 |
| 晩期 |
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・浅鉢、深鉢
・研磨土器
・亀ヶ岡式土器 |
・西日本---器種が減少、質素な研磨土器
・東日本---器形が多様化 |
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謎の土器類
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弥生時代 |
- 弥生時代の特徴
- 王は祖霊神を拝し、稲霊を呼び寄せ、自然を神と崇め村を統制した。
- 朝鮮半島から細い管玉、ガラス玉および金属が伝わった。また、アマゾナイト(天河石)も伝わったが、これは日本のヒスイに取って代わられた。
- 弥生は牝牛で天孫族。
- そしてアマテラスの系列は、天孫族で牝牛である。アマテラスの弟のスサノウは八坂神社のご祭神で、それは午頭天王つまり牛神である。荒神社には牛の石像が祭られている。
弥生土器の特徴
- 黄土色で細長く繊細な感じ。模様もうすい。
- 土器に描かれている鹿には角がある。銅鐸には角がない鹿が描かれている。
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- 甑(こしき)という土器
弥生時代に米等を蒸した土器として、現代の蒸籠の元となるものがありました。これは竈の上に甕をのせ、さらに底に穴の開いた甑を 乗せて、甕の中に水を入れて下から火を炊くと甑の穴を通って中の食物が蒸されるという調理器具です。おもしろいことに甑に似た岩をご神体にした神社があります。その神社のホームページもあります。
- 青銅器
- 弥生時代としては銅剣・銅矛・銅鏡・銅鐸が用いられたが、南九州では これらの遺物が極端に少ない。
- 宮崎県内では高千穂町岩戸神社に銅鏃が収蔵されている。
- 宮崎市石上遺跡では代用品の石戈が出土。
- 鹿児島県串良町栄田遺跡からは代用品の石鉾が出土。
- 大隅半島の有明町土橋遺跡で銅矛。
- 川内市の麦之浦遺跡から方格規矩鏡、外川江遺跡から内行花文鏡が出土している。
- 水田
- 食料としての米の安定的な生産により経済をささえた。
- 地域社会の規制力としての政治。
- 宗教儀式の場
- 除福伝説
- 除福東渡伝説(司馬遷著「史記」、漢書伍被伝)によると神仙思想が盛んなBC200年頃の秦の始皇帝時代、除福は長生不老の仙薬を求めて三千人の童男・童女、五穀種および百工(工業技術者集団)を連れ東海 三神山に向け出航しました。
- 平原広沢を得て王となったとあるように日本列島の各地(鹿児島県西岸、有明海、瀬戸内海西部、紀伊半島熊野、丹後半島、愛知県沿岸部、駿河湾、富士山北麓、東北北部日本海沿岸、八丈島)に上陸し、稲作・冶金・織機を普及したと思います。
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古墳時代 |
- 古墳時代の特徴
- 装飾古墳の壁画や土器には舟先に鳥がとまっている絵が描いてあるが、それは空を飛ぶ鳥は人の魂をあの世に導いてくれたり、邪気の進入を伝える見張りと考えていたため。
- 鳥の木製品が西日本から出土しているが、鳥は穀霊や祖霊を運んで来てくれると信じられていた。
- 三世紀の韓族の間には、鳥が霊魂を他界や太陽の国に運ぶという観念があった。魏志韓伝には、弁辰では大鳥の羽を死者に飾って死者を送ったと書かれている。
- 垂仁天皇時代に倭彦命を葬ったとき殉死した人たちが苦しんだので天皇が以後、殉死を禁じた。その身代わりとして、日葉酢媛命の陵墓に初めて埴輪が用いられるようになった。(日本書紀)
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製鉄 |
- 製鉄遺跡
- 弥生時代中期---岡山県山陽町 門前池遺跡から鍛造炉。
- 6世紀後半---総社市 千引・かなくろ遺跡から製鉄炉。久代の新本川右岸丘陵は7世紀の製鉄炉60基が発見され古代製鉄コンビナートとみられる。
- 古墳時代後期の岡山県久米町 大蔵池南製鉄遺跡。砂鉄を原料として6世紀後半から7正規初頭に生産した。
- 鉄の精錬に朱丹(水銀)は必要な鉱物。古代朱色には呪力があると考えられていた。
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古代王国/王朝 |
古代時代の目安は、弥生時代から古墳時代の終わりまでの時期 |
| 王国名/特徴 |
地図 |
- オホーツク王国
- 北方文化のストーンサークルを環状列石に残す。鉄・銅製品。
- 蝦夷王国
- アイヌ伝説叙事詩ユーカラには、乗り物カムイカラシンタがある
- 幌は平原
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| 王国名/特徴 |
地図 |
- 津軽王国
- 東北ユダヤ王国
- 東日流王国
- 秋田物部王国
- 毛野王国
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| 国名/特徴 |
地図 |
- 富士高天原王朝
- 徐福が甲斐の阿祖山太神宮の伝承をまとめた。中期縄文土器製作した富士山を高天原とする。本栖湖を開拓し製鉄技術、立法する。
- 高千穂王朝に先行する富士王朝で、ここ天都から阿祖男命(ウガヤフキアエズノミコト)は神都を九州 霧島山麓に移し、富士山の別名 日向高千火(ヒムカタカチホ)をとって高千穂峰と命名した。
- ニニギの尊時代に中国が九州に侵略し、大物主軍隊を動員したが敗北滅亡。
- クニトコタチノミコトを追って神皇・クニサヅチノミコトは蓬莱山を目指して愛宕山山麓を住留家野(駿河)と呼び蓬莱山をこの世に二つとない““不二山”と命名し、高い峰に火が燃え且つ太陽の昇方向に面している事から“日向高地火峰”と呼んだ。洞窟のある穴宮一帯を富士高天原と呼んだ。不二山を山々の祖山である阿祖山とも呼び、付近の谷や草原を阿祖谷、阿祖原と呼ぶようになったという。三代のニニギノミコトは山住命(大山祇命)の二女で、美しく木花咲耶姫と呼ばれた阿田津比女を神后とした。このニニギノミコト時代に九州に大陸から外敵が侵寇してきて西日本は戦場となり捕虜となった木花咲耶姫は救出後、妊娠していることが分かり貞操を疑われて出産後 富士の噴火口に投身したという。四代のヒコホホデミは退位し皇子の阿祖男命を5代として神都を富士山麓から九州(霧島山麓、阿蘇山麓)へ遷都した。
- 越王朝
- 富山県神通川ほとり皇祖皇太神宮に釈迦、キリスト、モーゼ、マホメッド留学。飛騨、信濃、越中は天国の柱国。北陸は海の玄関口である。
- 大和朝廷
- 倭国には吉備、出雲、筑紫および毛野王国等の独自豪族の王国があったが、渡来人系の最強な大和朝廷大王は、中国・朝鮮の優れた統治技術によりこれらの王国を崩壊させ支配拡大していった。
- 神武天皇
- 邪馬台国連合軍の神倭伊波礼彦(カムヤマトイワレヒコ)は290年に橿原で即位の儀式をあげた。同年 邪馬台国から移住が開始され、故郷九州の地名(常磐、千代、朝倉および桜井)も付けられた。。初期の拠点はマキムク地方。マキムク遺跡、箸墓、三輪山がある。イワレ彦は神武4年に第1回 大甞祭(天照大神の霊を受け継ぐ儀式。古墳時代には前方後円墳の前方部を祭壇として後円部の頂で執り行った。鎮魂祭の後に行う。
- 継体天皇時代に磐井の乱を契機に各地の豪族達を国造に任命し支配統治機構を整備した。
- 安閑天皇は吉備を分割統治するため屯倉を設置した。
- 飛鳥王朝
- 三輪季聡がホサマ文字で書き景行天皇に献上。神武天皇以前にニギハヤヒ/火明命が大和に神聖王権を樹立。鳥の飛ぶ方向に遷都し出雲の大物主と対立。
- 葛城王朝
- 近江王朝
- 6世紀の天野川流域の王朝で、継体天皇。鴨稲荷古墳。
- 三丹王朝
- 但馬国司の命編纂。三丹地方(但馬、丹波、丹後)の王国。出雲神の大己貴命は高天原の正当神である天火明命に降臨するよう命令し、水田開拓した。
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| 王国/特徴 |
地図 |
- 熊野王国
- 九鬼文書によると遠祖は熊野のスサノウ。イザナギはエジプトに降臨し伊駄国を建国。
- 紀伊王国
- 三輪王朝
- 河内王朝
- 吉備王国
- 瀬戸内海の水路を制圧
- 古墳発祥の地であり巨大古墳を構築した。
- 吉備の鉄という古代製鉄および弥生時代にはヤリガンナ、手斧、刀子等の鉄製品を製作。
- 師楽式土器による製塩。
- 桃太郎伝説---吉備津彦命は表鬼門・丑寅に住む鬼を裏鬼門としての申・酉・戌で退治した。
- 出雲王国
- 須戔鳴尊は高天原から出雲に下り八岐大蛇を退治した。大国主命は少彦名命と国造りした。大国主命は国土開発、農業を司る神であり武神でもある。銅製・鉄製の武器により吉備や全国を制圧したともいう。これは北九州 宗像のタキリ姫、因幡(鳥取県八頭郡)のヤガミ姫および越の国(新潟県)のヌナカワ姫の妻問いから分かる
- 朝鮮半島からの技術者渡来人により銅製品(銅鐸、銅剣、銅鉾)の多量製造。四隅突出型墳丘墓。
- 紀伊王国
- 近江王朝
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| 王国/特徴 |
地図 |
- 九州王朝:阿蘇古代王朝
- BC4000年頃、富士王朝から遷都した九州阿蘇の第二王朝をいう。
- 阿蘇/霧島(阿蘇・飯田・三方山・黒岳・釣鐘山・祖母山)地方の中心(宮崎県高千穂町から熊本県蘇陽町にかけた九州山地)とした高千穂野にある幣立宮の神意に徹し居たる地---神皇記による富士第二王朝があった。(阿蘇日の宮幣立宮と分社熊本市龍田の代継ぐ宮の伝記)
- その後、第二王朝は大和に遷都し第三王朝を樹立した。
- 阿祖山太神宮−高千穂宮 間に九州王朝の中心があった。
- 上記によると阿蘇山一帯に阿蘇王朝が存在したと言います。
- 高千穂王朝
- 1223年豊後大守大友能直が編纂。神代〜神武天皇までの山の民(サンカ)の山岳王国を神代文字で記載された上記。ウガヤ王朝。
- 日向王朝
- 邪馬台国後、北九州に樹立した奴国・伊都国と南朝鮮倭人との連合政権。海人族。水軍。
- 筑紫王朝
- 継体天皇の時代に筑紫君磐井は大和朝廷に対し反乱を起こした。
- 宇佐王朝
- ペルシャのゾロアスター教の原始アヴェスター経典にある日神信仰が元となり天照大神に形をかえ八幡神となった。宇佐島に三女神天降る。京石は邪馬台国以前の都の石。
- 国東王朝
- 環状列石、巨石
- ペルシャのゾロアスター信仰が渡来。
- ウガヤ朝25代の天皇、皇居。
- 邪馬台国
- 奴国→早良国→伊都国の後、倭国大乱→卑弥呼→台与が女王としてとりまとめた国。
- 台風の被害が多いため高木の神の方針により、285年 東遷を開始し、大和朝廷を創設した。五瀬命(邪馬台国)、若御毛沼命(久米の長 鹿島軍)、ミケヌ軍、オカ国イナヒ軍連合軍は、日向をたち小郡→飯塚→岡の水門をへて安曇海人族やトヨ衆も加わり、宇佐、安岐国、吉備、播磨をへて畿内に至り、熊野のイザナギ水軍と八咫烏のカモ氏の援軍を得て熊野の背後から長すね彦王国を壊滅させた。最後に残った若御毛沼命は奈良盆地を制圧した後、神倭伊波礼彦(カムヤマトイワレヒコ)と呼ばれた。ニギハヤヒ命も帰順し290年に橿原で即位の儀式をあげた。同年 邪馬台国から移住開始、故郷の地名である常磐、千代、朝倉および桜井をつける。
- 鹿島王国
- 騎馬民族征服王朝
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日本のピラミッド |
- 黒又山
- クロマンタともいいます。十和田湖の南西15km十和田大湯の大湯環状列石の北東方向にある高さ80mの宮野平遺跡です。
- 皆神山
- 三輪山
- 御嶽山
- 五葉山
- モヤ山
- 津軽半島中央 13湖の北方にみえる高さ100mの三角山です。
- 大石神
- 十和田湖の東方 キリストの墓があるという新郷村(戸来村)の手前にあります。
- 千貫森
- 尖山
- 東谷山
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神話
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内容
- 神話の形態
- 内容は 神通神話、創造神話、自然神話、建国神話、人間論的神話、祭祀神話、救済神話、他界神話、終末神話に分類される。
- 古事記は創造神話と建国神話といえる。
- 神話の源流
- 天孫降臨
- 北方系−神
- 天神としての太陽(日神)信仰。神が天から山上の巨石や巨木に降臨すると信じるのは垂直思考は北方的なもの。−天地の間を往来する龍神信仰(水神)。
- シベリアの乾燥した草原。石棺墓、積石墓
- 遊牧経済
- 卵生神話
- 南方系−鬼
- 祖先の精霊と、自然や動物・植物・鉱物の精霊とを鬼として祀る。海の彼方から川をさかのぼつて山上の巨石や巨木に精霊が宿ると信じるのは水平思考は南方的なもの−川を上下する蛇神信仰(水神)。
- 太陽信仰---最高の精霊
- 蛇神信仰---祖先の精霊
- 東南アジアの高温多湿の海辺、支石墓
- 農業経済
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| 高天原はどこか
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| 高天原の所在としては天上説と地上説があり、地上説としては国内説と外国説があり、さらに国内説では下記の候補が伝えられています。 |
| NO |
場所 |
地域 |
伝承 |
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| @ |
日高見国 |
仙台 |
秀真伝 |
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| A |
常陸 |
茨城県 |
新井白石 |
秀真伝 降臨 1/3 筑波山麓 |
| B |
富士 |
富士山麓 |
富士文書 |
秀真伝 降臨 2/3 富士山麓 |
| C |
近江 |
滋賀県 |
井口丑二 |
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| D |
阿波 |
徳島県 |
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| E |
高千穂 |
宮崎県 |
富士文書 |
秀真伝 降臨 3/3 筑紫高千穂峰 |
| F |
飛騨 |
岐阜県 |
竹内文書 |
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| G |
大和 |
奈良県 |
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| H |
出雲 |
島根県 |
九鬼文書 |
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| I |
豊前 |
福岡/大分 |
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| J |
山門 |
熊本県 |
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| K |
有明海−博多湾 |
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| L |
阿波 |
徳島県 |
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古事記 |
- 古事記は天孫降臨であるから、南方系神話の一つといえる。
- 天地創成
- 高天原に最後に現れた伊邪那岐命と伊邪那美命は国造りを命じられて、天浮橋に立ち天の沼矛を下界に突きおろし、海をかき回して島をつくりさらに大八島を生んだ。
- 伊邪那美命は、火之迦具土(火の神)を生んだ時に陰処をやかれて死んでしまつたので、出雲国と伯伎国との境の比婆之山に葬った。伊邪那岐命は妻のいる黄泉の国を訪ねた後、帰りに穢れを祓うため筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原で禊ぎをしたが、この時、最後に“三柱の貴子”として左目から天照大神、右の目から月読命および鼻から須佐之男命が生まれた。須佐之男命を追放後、淡海の多賀に鎮座ましました。
- 天照大神
- オオヒルメムチとも言う。ヒルメとは日に仕える女性つまり、太陽に仕える巫女。
- 高天原を治めるように伊邪那岐命から命じられた。
- 崇神天皇の豊鍬入姫命は、天照大神を最初に祭ったが、太陽神である天照大神と国土の守護神である倭大国魂を同宮殿に祭ったが、お互いの神同士がいやがり疫病がはやったため、豊鍬入姫命は斎王となり草薙の剣をもって天照大神を奉じ宮殿をで笠縫邑に祭った。四道将軍を加護しながら丹波、紀州、吉備を制圧し三輪山に凱旋した。姪の倭姫は宇陀、近江、美濃国を巡り伊勢国に至り 神風の伊勢国は永遠に波が打ち寄せる国であり、大和の隣にある美しい国なのでここにいたいと仰せなったので、伊勢国に祠を立て、斎宮を五十鈴川のほとりに建てた。
- 月読命
- 須佐之男命
- 海原を治めるように命じられたが、根の堅洲国に行きたいと泣きわめいたので、伊邪那岐命から怒って高天原より追放された。
- 須佐之男命は地上追放前に姉である天照大神に、事情説明を聞いてもらおうと山川国土を揺り動かして高天原にいった。
- 天の岩屋戸
- 天照大神が神に供える衣服を機織屋で織らせていると、須佐之男命は穴を開け、皮をはいだ馬を投げ入れたため、機織女は織りの梭で陰部を突いて死んでしまったので、天照大神は天の岩屋戸に隠れてしまった。神々は天の安の河原に集まっり天宇受売命は神懸かりとなって裸で踊った。神々の笑声をいぶかしみ岩戸を開いたところに差し出された八咫鏡にさそわれて、さらに岩戸を開いたところに天手力男命が引き出した。高天原も葦原中津国も 元の明るさにも戻った。
- 八俣の大蛇
- 須佐之男命は高天原を追放になり、出雲の斐伊川上流の鳥髪に降りた。
- クシナダ姫と結婚し大国主命を生んだ
- 解釈:八俣の大蛇とは斐伊川沿いの砂鉄による古代製鉄集団。目は赤いホウズキの如くとは、たたら製鉄を表している。日本には稲作と共に出雲に下記@江南地方ルートである砂鉄を原料とする鍛造製品の製造技術が伝わっり、各地に広まった。
- ヒッタイト帝国はBC17世紀に製鉄技術を発見し中国に伝わり、2つのルートが出来た。
- @江南地方−−−砂鉄を原料とする鍛造製品の製造技術
- A華北地方−−−鉄鉱石を原料とする鋳造製品の製造技術
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日向 |
- 古代の国名 日向(ひむか)
-
- 地理的には南九州
- 行政区域としては---鹿児島県、宮崎県および熊本県の南部
- 記・紀では皇祖発祥の地とされている。
- まつろをもの 熊襲・隼人が居住する国。
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邪馬台国
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- 場所
- 九州説
- 宇佐
- 吉野ヶ里
- 甘木・朝倉
- 久留米
- 山門郡(新井白石)
- 山鹿市
- 近畿説
- 卑弥呼
- 魏志倭人伝に記録された卑弥呼。
- 風水によって聖地・霊地を探し祭祀場を設定し、鬼道と三種の神器をもちいて祭祀、祝詞および神託をした。シャーマン(三国志では鬼道、後漢書では鬼神道と呼称)
- 3世紀頃の倭人の信仰形態は、万物に精霊が宿っているという精霊崇拝と巫女が神の降霊を祈り神言を承って人に神意を告げるという神託崇拝の混合であった。
- 卑弥呼の鬼道は原始神道的なものに後漢末の道教的要素()が加わったもの。
- だれか
- 天之御中主神の生まれ変わり。
- 日神子つまり天皇をもいう。
- 近畿説
- 倭迹迹日百襲姫---第8代孝元天皇の皇女。(笠井新也1956)
- 倭姫------------第11代 推仁天皇の皇女
- 神功皇后--------第14代 仲哀天皇の后。邪馬台国近畿説(日本書紀)
- 九州説
- 女酋・政治権力者(本居宣長)
- 三輪町栗田の松峡の宮で祭りごとをとりおこなった。腰掛け石、お化粧川、お手洗い滝とか女帝(含む神功皇后)にまつわる遺跡がある。
- 経百歩の墓 250年
- 候補1:福岡県三輪町大塚の円墳。推定副葬品としては、初景3年に魏から賜った金印、方格規矩四神鏡。
- 宇佐説
- 赤塚古墳には三角縁神獣鏡が納めてあった前方後円墳。
- 天照大神説
- 239年 倭の女王として魏の皇帝に朝献し、親魏倭王とした金印と銅鏡100枚を賜った。
- 邪馬台国の高木の神は出雲の鉄資源を求めて、天のホヒ、天の若日子そして第3回目として武御雷神(たけみかづちのかみ)を派遣して大国主命・八重言代主・武御御名方主から、鉄製大刀と楯を装備した武力により出雲国を譲り受けた。大国主命との約束により出雲大社を設立し、銅鐸祭祀を禁止した。
- 武御雷神は佐賀県鹿島地方の西方 三日月の出身で武勇に優れており鹿島の地名と武勇の神として常陸 鹿島神宮等 全国的に祭られている。
- 須佐之男命は筑紫から、ヒ氏、オウ族および安曇族を伴い出雲へ追放された。もともと須佐之男命は三貴神の一人 天つ神であったがこの追放により国つ神となる。
- 卑弥呼から台与への円墳 頂での霊威引継が原型)が土舞台 東の烏見山で行った。
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- 宇佐
- 神社17万社のうちの11万社(現在は7万社中4万社)をしめる八幡社の総元社であり、国家の宗廟といわれ伊勢神宮に次ぐ第二の宗廟として朝野の尊宗を受けてきた。
- 宇佐を含めた旧豊前国には、3世紀から極めて朝鮮半島系の渡来人が波状的に渡来し香春岳に土着した。
- 宇佐神宮の本宮は小椋山(亀山)丘上に鎮座している。応神天皇、比売大神および神功皇后が祀られている。
- 宇佐の赤塚古墳は日本最古の前方後円墳で築造には新羅人が関与した可能性がある。また、方形周溝墓も朝鮮半島系と言われている。
- 宇佐神宮の神殿、鳥居、大門は、全て朱色にぬられている。朱は呪力があると言われている。海中に潜って魚を採るときの鮫等の危害から逃れる呪性があった。豊後 海部郡から採取された。
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奈良時代
|
- 奈良は2001年秋に平城京、明日香・甘樫の丘、首塚、三輪山・大神神社、橿原神宮、亀石、石舞台古墳、飛鳥寺等を自転車で1日回りました。コンビニでおにぎりとお茶を買って気ままな一人旅です。但し、一人旅で、連れがいれば、道に迷ったときとか夕食とか良いだろうにとは思います。
- 2002年春には山辺の道を主体に天理から藤原宮まで、途中の山道では迷いながらも自転車を担いだりして石上神宮、各天皇陵、箸墓古墳を回りました。山道では無人売店の蜜柑を食べたり鶯の囀りに耳を傾けたり行き交う人に教えてもらったりです。
翌日は法隆寺、東大寺、糟が大社等に参拝しました。桜や紅葉狩りも良いですが、私はまず歴史深訪の旅です。次回は桜見物、紅葉狩りもいいかなと思っていますがまだまだ
見ていない古墳とか沢山あります。
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日本紀年 |
| 西暦 |
日本紀年即位 |
期間 |
代数 |
現実西暦 |
天皇名 |
フリガナ |
和名 |
備考 |
| -659 |
1 |
79 |
1 |
|
神武 |
ジンム |
カンヤマトイワレヒコ |
・日向から東征して大和を平定。橿原で即位。 |
| -580 |
80 |
32 |
2 |
|
綏靖 |
スイゼイ |
カンヌナカワミミ |
・綏靖〜開花の八天皇は欠史八代で事績がない。 |
| -548 |
112 |
39 |
3 |
|
安寧 |
アンネイ |
シキツヒコタマテミ |
〃 |
| -509 |
151 |
35 |
4 |
|
懿徳 |
イトク |
オオヤマトヒコスキトモ |
〃 |
| -474 |
186 |
33 |
5 |
|
孝昭 |
コウショウ |
ミマツヒコカエシネ |
〃 |
| -441 |
219 |
152 |
6 |
|
孝安 |
コウアン |
ヤマトタラシヒコクニオシヒト |
〃 |
| -289 |
371 |
76 |
7 |
|
孝霊 |
コウレイ |
オオヤマトネコヒコフトニ |
〃 |
| -213 |
447 |
57 |
8 |
|
孝元 |
コウゲン |
オオヤマトネコヒコクニテル |
〃 |
| -156 |
504 |
60 |
9 |
|
開花 |
カイカ |
ワカヤマトネコヒコオオヒビ |
〃 |
| -96 |
564 |
68 |
10 |
|
崇神 |
スジン |
ミマキイリヒコイニア |
・物主神を三輪に祀り、四道将軍の派遣、出雲の服属 |
| -28 |
632 |
99 |
11 |
|
垂仁 |
スイニン |
イクメイリヒコイサチ |
・崇神朝に宮中から倭の笠縫村に遷された天照大神の祭祀を伊勢へ遷した |
| 71 |
731 |
60 |
12 |
|
景行 |
ケイコウ |
オオタラシヒコオシロワケ |
・熊襲・東夷の平定。皇子の日本武尊を派遣した |
| 131 |
791 |
61 |
13 |
|
成務 |
セイム |
ワカタラシヒコ |
・国造・県主を任命 |
| 192 |
852 |
9 |
14 |
369 |
仲哀(神功) |
チュウアイ |
タラシナカツヒコ |
・仲哀天皇の皇后であったが没後、三韓征伐
・369百済王 世子は倭王に七支刀造り七子鏡贈る
・391朝鮮半島に出兵し百済・新羅を臣民とする
・399/404では高句麗に撃退される |
| 201 |
861 |
76 |
15 |
|
応神 |
オウジン |
ホムダワケ |
・海人部・山守部を定める。
・王仁は論語、千字文を伝える |
| 277 |
937 |
123 |
16 |
|
仁徳 |
ニントク |
オオサザキ |
・まん田堤、依網池を作り難波の堀江の土木工事 |
| 400 |
1060 |
6 |
17 |
421 |
履中 |
リチュウ |
オオエノイザコワケ |
・蔵職を置き藏部を定めた |
| 406 |
1066 |
6 |
18 |
438 |
反正 |
ハンゼイ |
タジヒノミズハワケ |
・421/425/430倭王讃は宋に朝貢 |
| 412 |
1072 |
42 |
19 |
|
允恭 |
インギョウ |
オワサズマワクノスクヌ |
・くかたちを行って氏姓の乱れを正した。刑部、藤原部を定めた
・443/451/460倭王済は宋に朝貢 |
| 454 |
1114 |
3 |
20 |
462 |
安康 |
アンコウ |
アナホ |
・宋に朝貢 |
| 457 |
1117 |
22 |
21 |
|
雄略 |
ユウリャク |
オオハツセワカタケ |
・百済から陶部・鞍部が来朝
・埼玉県稲荷山古墳の鉄剣
・熊本県江田舟山古墳の太刀
・吉備の反乱を制圧
・477/478倭王武は宋に上奉文 |
| 479 |
1139 |
6 |
22 |
|
清寧 |
セイネイ |
シラガタケヒロクニオシワカヤマトネコ |
|
| 485 |
1145 |
3 |
23 |
|
顕宗 |
ケンゾウ |
オケ |
|
| 488 |
1148 |
10 |
24 |
|
仁賢 |
ニンケン |
オケ |
|
| 498 |
1158 |
9 |
25 |
|
武烈 |
ブレツ |
オハツセワカサザキ |
・皇子がなく危機
・和歌山県隅田八幡宮蔵人物画像鏡製作443? |
| 507 |
1167 |
24 |
26 |
507 |
継体 |
ケイタイ |
オオド |
・越前から迎えられ即位
・512大連大伴金村、加羅の四県を百済に割譲
・527筑紫磐井は新羅と手をくんで反乱 |
| 531 |
1191 |
4 |
27 |
534 |
安閑 |
アンカン |
ヒロクニオシタケカナヒ |
・武蔵国造笠原直使主を助ける |
| 535 |
1195 |
4 |
28 |
535 |
宣化 |
センカ |
タケオヒロクニオシタテ |
・屯倉が設立 |
| 539 |
1199 |
4 |
29 |
538 |
欽明 |
キンメイ |
オメクニオシハメキヒロニハ |
・百済の聖明王から仏像と経典を贈られる
・562新羅は任那を滅ぼす |
|
|
|
30 |
572 |
敏達 |
|
|
|
|
|
|
31 |
587 |
用明 |
|
|
|
|
|
|
32 |
588 |
崇峻 |
|
|
・飛鳥寺の造営開始
・蘇我馬子 崇峻を殺害 |
|
|
|
33 |
593 |
推古☆ |
|
|
女帝
・聖徳太子 摂政
・604憲法17条 |
|
|
|
34 |
629 |
舒明 |
|
|
|
|
|
|
35 |
642 |
皇極 |
|
|
|
|
|
|
36 |
645 |
考徳 |
|
|
・646大化改新 |
|
|
|
37 |
655 |
斉明 |
|
|
|
|
|
|
38 |
662 |
天智 |
|
|
・663白村江の戦いで唐・新羅連合軍に大敗 |
|
|
|
39 |
672 |
弘文 |
|
|
|
|
|
|
40 |
673 |
天武 |
|
|
|
|
|
|
41 |
690 |
持統 |
ジトウ |
|
|
|
|
|
42 |
697 |
文武 |
モンム |
|
|
|
|
|
43 |
|
元明 |
|
|
|
|
|
|
44 |
|
元正 |
|
|
|
|
|
|
45 |
|
聖武 |
|
|
|
|
|
|
46 |
|
考謙 |
|
|
|
|
|
|
47 |
|
淳仁 |
|
|
|
|
|
|
48 |
|
称徳 |
|
|
|
|
|
|
49 |
|
光仁 |
|
|
|
|
|
|
50 |
|
桓武 |
|
|
|
|
| (記号説明)☆:女帝 |
 |
古史古伝 |
| 竹内文書 |
タケウチモンジョ |
- 皇祖皇太神宮 茨城県北茨城市 竹内すくね67代
- 下記4時代を記載した人類の創世記。神代文字で記載されていたが第25代 武烈天皇の勅命により5世紀後半に平群真鳥が漢字仮名交じり文に書写。
- @天神
- A上古−−−第一次文明
- 日章旗
- 五色人の発生〜世界統治間の25代(黄金期)
- 各国に民王を派遣し世界国家を天空浮船で万国巡幸
- B不合−−−第二次文明
- ウガヤフキアエズ朝 26代天皇は神明棟梁皇祖皇天照日大神宮別宮祖太神宮前殿(阿祖太神宮)で即位した。
- 72代に渡り天変地異が発生し文明が崩壊
- C神倭−−−第三次文明
- 不合第73代は、神武天皇で神倭朝を樹立
- 現在は127代目
- 外八州
- 現在の歴史は西洋中心ですが、この竹内文献は日本が世界の中心。この考えが発展して、釈迦、孔子、キリストおよびモーゼとかが日本で修行したとかの話までエスカレートしています。しかし、どう考えても証拠がありませんし、日本で過去にその様な、教育出来るような偉人は見あたりません。ただ、縄文土器が環太平洋で発掘されていたり、神代文字がインドをはじめ世界のあちこちで見つかったりするのはなぜ。
- 位山(岐阜県飛騨高山)は地球に降臨した場所
- 三種の神器
- A神鏡八咫鏡:白銅/石製円形凸面鏡20p、八弁の花紋、太陽崇拝・天津系
- B神剣草薙の剣:両刃
- @八坂にの勾玉:月神信仰・国津系、365個珠玉、10個勾玉、4個赤玉、2個大玉、五色大玉。
- ヒヒイロカネ金属、オリハルコン
- 桃太郎
- 不合朝64代の子 知勇大力 万国巡知彦尊という。世界巡察使。雉は航空隊、猿は工兵隊、犬は騎兵隊
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| 中臣神道宗家や熊野信仰宗家であった九鬼家に伝わる。日本とユダヤとの交流。野安押分命(ノアの箱舟のノア)。母止津和太良世之大神。外八州。 |
| 宮下文書 |
ミヤシタモンジヨ |
(富士文書:フジモンジョ) |
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- 富士太神宮神官 宮下家に伝わる伝承で、富士山噴火により皇都が九州に遷都。外八州。ユーラシア大陸奥地から日本に来た天孫民族の伝承。高天原は富士山。、天之峰火男神。
- 天津神、国津神および八百万神は神都を九州に遷都を決議し、海幸彦を元帥として阿蘇山を大本陣として熊襲、隼人および土蜘蛛を西北へ撃じょうした。こうして、神皇第一代ウガヤフキアエズ尊の治世51代が始まった。
- 豊玉彦尊は浪に日月の旗印をつくり豊野里宇佐の宮の傍に八つ幡大神宮として祭祀した。
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- 写本は大分県立図書館および国会図書館に保管されています。
- 1223年 鎌倉時代、幕府の要請により豊後国守 大伴能直が、源平動乱期に以降散逸したので家臣に命じて全国から古文書を集め、また領内の山窩部族(76人)k伝承を採録した古文書。(山窩古文書を奪取して編纂したと山窩の伝承があります)
- 内容は元始神 天之御中主から神武天皇までの神代史を中心に神話・民族・風俗・地誌・産業・交通・外交・軍事・教育・保健・職業・海外・島探検・開発植民等様々。
- 神代(弥生時代)日本文化の百科全書。
- 文字を製す:八意思兼命が、先ず人の口の形を描き、オイウエオの基本音の字ができた。その後、五十猛命が五十音に当たる字を創った。
- 数万年前から日本では古代王朝が栄え世界に君臨しており、神武天皇以前に七十数代の天皇が居た。阿蘇王朝を伝えています。
- 九州を7つの領域に分けた。
- 白日別−−−筑前、筑後
- 豊日別−−−豊前(ウガヤフキアエズ25代 国東半島I都があった)、豊後
- 速日別−−−肥前、肥後
- 奇日根別−−日向、大隅
- 建日別−−−薩摩
- 天一柱国−−壱岐
- 天狭手依国−対馬
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| 秀真伝 |
ホツマツタエ |
- 景行天皇 4世紀頃に大田田根子が献上した、神代から景行天皇までの大叙事詩(神代編、神武から景行までの天皇紀、)。愛媛県 小笠原家で発見された。全編 40アヤ(章)から構成る。五七調の韻文でホツマ文字で記述され1万行におよぶ。
- 言霊(言葉が内蔵する霊力)の書。言葉も含めて万物に精霊が宿る精霊信仰。つまり、言霊信仰で、宗教的呪言、祝詞または宣命(国語で書いた天皇命令書)一方五十音図にも霊性があるという。
- 天成神道(アマナリノミチ)とは人間と自然との調和こそ人間の生きる唯一の道であるとする考え。
- 万物は五元素(空、風、火、水、土)からなり自然に還元される。それが宇宙の秩序。
- 古代東北文化の蔵王王朝。高天原は宮城県。
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| 秀真伝と類似。 |
| 東日流外三郡誌 |
ツガルソトサングンシ |
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- 福島三春藩主秋田孝季が編纂。1万年に渡り津軽の荒吐族(蝦夷、アソベ族、ツボケ族(15千年前に中南米から漂着した勇壮一族)、安日彦(邪馬台国追放)、長スネ彦一族。13千年前中国大陸から土器製造者が渡来し縄文文化を開く。BC7世紀に晋から稲作者渡来。日乃本国と国号する。騎馬軍団編成し名古屋進出)を叙述。
- 古代東北文明。神武天皇と戦った長スネ彦の伝承。
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| 先代旧事本紀大成経 |
センダイクジホンキタイセイキョウ |
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| 国史大系の一つ。饒速日尊の子孫である物部氏の伝承。 |
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| 物部文書 |
モノノベモンジョ |
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| 排仏論者の物部守屋の子孫に伝わった伝承。 |
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| 物部文書 |
モノノベモンジョ |
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| 排仏論者の物部守屋の子孫に伝わった伝承。 |
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| 阿部文書 |
アベモンジョ |
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| 阿部一族が伝える古代東日本。外八州。 |
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| カタカムナ文書 |
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| 六甲山中の老人から伝えられた超古代文明。 |
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韓国 |
- 倍達民族ともいい単一民族で、韓半島と満州に散らばって住んできた。檀君以後に国家を建設した。
- 70万年前から旧石器時代が始まり握斧、石刀、尖頭器を造りまた、石刃、削器、掻器を使用した。石槌、たがね頭の石器を利用して木器、骨器をつくった。竪穴式住居に住んだ。
- 紀元前6000年頃より新石器時代が始まり、磨製石器と骨角器を使用して魚取りや狩猟で生活していたが、やがて農業をはじめた。石斧、石槍、石鏃頭の磨製石器と骨製つりばりを使用した。
- 古代の目安は、金石併用期から7世紀に新羅が三国を統一するまでの期間。
- 韓国人の思想は仏教・儒教・道教・キリスト教等 世界的宗教を受容している。日本人も、結婚式は神前とか教会とかであげ、亡くなると葬式はお寺のお坊さんを呼んだり、いろいろな宗教行事を生活の中に取り入れている、但し、イスラム教とかはほとんど取り入れていないが、韓国人の方が幅広いようである。
- 韓民族の祖先神話には大きく二つある。(三国遺事、高麗史)
- 当初、天孫降臨系神話社会が国家を立て、その後 卵生系神話社会が国家を樹立した。韓半島では北方系、南方系それぞれ北部と南部で形成されたが、後にはそれらの社会が統合される現象が現れた。必然的に赤道地方から北極圏まで、大洋から砂漠にいたる広氾かつ多彩な世界観をもつようになった。従って、中国とは異なった文化が発展した。
- 天孫神話(シベリアと連結した北方系文化---石棺墓、積石墓)
- 祖先または集団の指導者が高いところや天から降りてきた。
- 檀君神話---天空において、天帝の垣因から息子の垣雄は血統証明する印章である天符印 三個を受け従者3000人を率いて太白山上の神檀樹のもとに降りてきて国を建てた。垣雄は、熊が人間に変身した熊女と結婚し息子をもうけた。名を檀君王倹という。檀君は国名を朝鮮と定めた。
- 卵生神話(南方系文化---支石墓)
- 卵や箱から現れた
- 新羅では5つの天孫降臨と1つのひさご岩から生まれた卵生神話がまじつている
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文献 |
- 日本の文献
- 古事記 712年
- 日本書紀 720年
- 出雲風土記 733年
- 万葉集 759年
- 外国の文献
- 漢書 82年
- 三国志 3世紀
- 後漢書 432年
- 宋書 488年
- 南斉書 6世紀
- 梁書 636年
- 隋書 636年
- 晋書 648年
- 南史 659年
- 北史 659年
- 翰苑 660年
- 通典 801年
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中世/鎌倉時代 |
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室町時代 |
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近世/江戸時代 |
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近代/現代 |
- 1943年 太平洋戦争中、アリューシャン列島アッツ島を日本は一時、占領しましたが米国の奪回により玉砕されました。この中に辰口信夫という米国大学で医学を学んだ33才の軍医が当時の状況や総攻撃前夜の家族への思いを綴った日記と英語の聖書が攻撃した米兵により発見され英語に翻訳されて米国の人々の知るところとなりました。
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考古学 |
考古学の3大ポイント
- 層位学
- 地層は下に行けばいくほど年代が古い。従って、そこに埋没されている
- 遺物・遺構の年代は地層と同じになる。
- 型式学
- 同じもの、異質なものに分類していき、変化を調べ年代を推定する。
- 分布
- 広域内での分布状況や狭い範囲での分布状況を調べる。
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遺跡の発掘
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- 届け出
- 文化財保護法
- 文化財を保存し且つ、その活用を図り、もって国民の文化的向上に資するとともに、世界文化の進歩に貢献することを目的とするる
- 遺跡発見届け
- 遺跡を発見した場合、役所に届ける。
- 遺物発見届け
- 遺物を発見した場合、警察署長に届ける。警察署長は文化財であれば文化庁長官ににその物件を提出しなければならない。遺失物の扱いとは異なる。
- 発掘届け
- 調査の目的で発掘する場合は30日前までに文化庁長官に届ける。
- 調査以外の目的で発掘する場合は60日前までに文化庁長官に届けるる
- 地方公共団体が発掘する場合は別扱い。
- 他人の所有地に立ち入る場合。
- 所有者から承諾をもらうこと。
- 調査方法
- 文献調査
- 地籍台帳の地名を手がかりに関連を追求していく。
- 聞き取り調査
- 地元の人から伝承を聞く。
- 分布調査
- 遺跡がその場所・地域にあるか確認する調査。地下を掘らないため文化庁への届けは不要。
- 地下を掘る調査
- 埋蔵文化財発掘調査届けを、市町村教育委員会から都道府県を経由して、文化庁へ届ける。
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- 地下レーダ探査方式
- 磁器探査方式
- 高温により地下の磁器が変化したのを利用する。ブロトン磁力計で測定する。
- 航空写真方式
- 電気抵抗方式
- 発掘作業
- 事前準備
- 発掘方法
- ピット
- 試掘調査のため地面に掘つた穴。
- トレンチ
- 試掘用の溝
- セクション
- 発掘記録
遺物整理
- 報告書作成
- 概要報告書、実測報告書
- 正式報告書
- A4サイズ
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- あいさつ
- 発掘のいきさつ、調査期間、担当者、費用負担者、遺跡の住所/面積
- 調査経過
- 調査へ至る経過、実施状況遺物整理経過、日誌抄
- 事実報告
- 検出遺構、性格、規模。出土遺物、出土状況・方向、切り合い関係、層序関係等。
- 考察
- 考察および分析
- 報告
- 関係機関、研究期間へ報告する。
- 調査結果の公開
遺跡・遺構・遺物
- 埋蔵物
- 遺構−−−移動ができない埋蔵物
- 居住遺構
- 生産遺構
- 水田跡
- 窒跡---須恵木器、陶器、磁器
- 製塩跡
- 青銅跡
- 製鉄跡
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- 祭祀遺構
- 遺物−−−移動ができる埋蔵物
- 材料による区分
- 木製
- 土製
- 粘土を材料とする
- 土器−−−800〜900℃たき火等の酸化焔で焼いた
- 土師器−−−土器に分類されるやきもの
- 須恵器、新羅土器、伽耶土器−−−1000〜1150℃の窒で還元焔で焼成した陶質土器
- 陶器−−−1200℃焼成する。瀬戸、益子、萩、信楽、常滑伊賀、越前、砥部。耐熱性は低いので煮沸には不向き。
- せっき−−高温焼成の備前焼
- 陶石を材料とする
- 磁器−−−陶石を粉砕して水をまぜ粘土と同様に成形し、1250〜1300℃で焼成する。有田焼。耐熱性は低いので煮沸には不向き。
- 石製
- 銅製
- 鉄製
- 鉄剣、鉄矛、鉄戈、鉄槍、鉄鏃、鉄鋸、鉄鍬、鉄鋤、梵鐘
- ガラス製
- 紙製
- 革製
- 玉製
- 用途による区分
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年代測定方法 |
| 種 類 |
方 法 |
放射性炭素(C14)測定法 |
動植物が空気中から取り込んだ放射性炭素(C14)がその死後、年月を経るとともに崩壊、減少することを利用して年代を測定する方法で信頼性が高いようです。 |
DNA分析法
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DNAにより年代を分析する。DNA考古学。 |
AMS分析法 |
炭素14法を使った新しい加速器質量分析法で感度が高く、微量でも可能。
約6万年前迄が測定可能となり、分析時間も約4時間で済むようになりました。 |
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【参考文献】
- 岡村 道雄
- 「日本旧石器時代史」 1990年、「縄文の生活誌」 2000年
- 1948年 新潟県生まれ 文化庁記念物課文化財調査官著 日本旧石器時代史
- 山岸 良二
- 「入門者のための考古学教室」1951年
- 東京都品川区生まれ 慶應義塾大学 日本考古学専攻 東邦大学付属中学校教諭
- 東京書籍編集部他 「日本史図説」 1990年 東京書籍株式会社
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