国造神社
国造神社(こくぞうじんじゃ)
■北宮ともいいます。
  阿蘇市一の宮町手野西手野 阿蘇神社の北東約4q 外輪山の麓にありますので、北宮と言われます。延喜式(905年)には阿蘇国造神社と書かれています。この国造神社と阿蘇神社の直線上に阿蘇五岳の中岳が位置します。旧県社。阿蘇国造の先祖を祭ります。
祭神
 健磐龍命の第一子 国造 速瓶玉命(くにのみやつこはやみかたまのみこと)、速瓶玉命の妃神 雨宮神、速瓶玉命の第二子 高橋神および第三子 火(日)宮神です。(先代旧事本紀 巻10 国造本紀)
本殿は1672年(寛文12年)に建立されました。
祭神種類 祭 神 内  容
●一の宮 国造速瓶玉命 ハヤミカタマノミコト。
●二の宮 雨宮媛命(雨宮明神) 速瓶玉命の妃。本宮は宇土郡郡浦神社。満珠を所持しています。
●三の宮 高橋神 速瓶玉命の御子惟人命の弟神。小国町両神社の地に住む。本宮は両神社
●四の宮 火宮神(火宮明神) 高橋神の弟神。雨宮、火宮神共に晴れを祈り雨を祈り霊験あらたかなり。本宮は両神社。
■社殿建物
種 類 祭 神 内  容
●本 殿
入母屋造
●拝 殿
入母屋造
●仮殿兼祓殿
木造杉の木)
●門守社
豊磐門戸命、櫛磐門戸命
●鯰 社 大鰻霊
(北宮明神)
・この地は現在でも鰻が多いようです。子供の頃、大雨の跡に田圃の水たまりにバケツ何倍もの鰻がとれびっくりしました。
・速瓶玉命は数鹿流の山を蹴って湖水を白川に落として田畑が出来ましたが、湖水には鯰が居りこの湖の主として祀ったといいます。阿蘇の地では鯰を喰うことを忌むと伝えられます。ただこのことは私は知りませんでした。ちなみに鯰を煮ると柔らかい白身の魚です。(阿蘇国誌)
・大鯰が流れ着いたところを鯰村と言います。
●水神社
みずはの女神 破風造
《記録》
  • 続日本後紀 847年 承和14年
    • 肥後国阿蘇郡国造神社 官社とみえます。
  • 延喜式 神名帳
    • 国造神社(くにつくりじんじゃ)
  • 国誌 阿蘇宮由来紀
    • 崇神天皇時代に速瓶玉命が阿蘇国造を命じられ、景行天皇18年勅使により国造神社を修造し祭典を定めました。
    • 1672年 社殿焼失、1673年 細川綱利により現在の社殿を再建。
  • 肥後国誌
    • 朝鮮半島の高麗軍が阿蘇に攻め入ったときに二人の明神が満珠と乾珠により防御したと言います。     
■農耕祭事
  • 神事には農耕に関するものが多い。国指定重要無形民俗文化財
  • 歌初めの祭り
  • 春祭
  • 御田の祭
    御輿1基に田楽・田男・田女・牛頭の人形、飯櫃を頭にのせた白装束のウナリの行列がお仮屋へ神幸、早苗を御輿に投げあげたあと、かよちょうが田歌を歌いながら還御します。
■ねむり流し神事


■田実祭


■手野の大杉
  ・速瓶玉命 お手植えの高さ48m胴回り15mk 樹齢2000年という大きな杉があります。江戸時代には男杉と女杉とがありましたが1818年頃、男杉は落雷のため伐採されました。また、その後、平成3年に台風で折れました。
■その他レジャー施設
 ・神社の北側300には渓流の流れる古代の里キャンプ村や釣り堀があります。利用の問い合わせは
Tel:096-722-5100です
参考図書]
・白井永二/土岐昌訓 神社辞典 東京堂出版 1999.10
・佐藤征子 「神々と祭りの姿」 一の宮町史編纂委員会 1998.12