7.茨木市宿川原町1北側の道標

↓末尾へ 文字ずれ時はブラウザの幅や「Ctrl」と「+」、「-」キーで倍率変更等して下さい。
茨木市宿川原町1 西から来た西国街道が北西へ、道祖本街道が南東に分岐する三叉路の東部に三基が建つ
3/3.最も大きくて、北側に位置する国道三号道標(椿の本陣すぐ東)
頭丸形角柱 157x南面24x23p(頂高5p)(北東面に最大5pの削り残しあり)
N34.8356155 E135.5453861


写真cimg1255

写真cimg1256

写真cimg1259

写真eimg4827

北西面
┌────―───――――――――――――――┐
│         池田 伊丹 神戸     │
│国道第三号路線(左指差像)       道 │
│         芥川 高槻 京都     │
└――─――――――――――───――――――┘
(「号」は旧字「號」か)

南西面
┌────―――――───――――――――――┐
│茨木街道(右指差像) 茨木 三島 枚方 道 │
└――─――――――――――───――――――┘

南東面
┌────―――――───――――――――――┐
│ 明治三十六年八月 大阪府         │
└――─――――――――――───――――――┘

北東面
┌────―――――───――――――――――┐
│(なし)                  │
└――─――――――――――───――――――┘

上面(天面)
┌──―┐
│東 南│
│   │
│北 西│
└―――┘
(「東西南北」各字は中心を向いて書かれている)




(明治三十六年八月は西暦1903年8月。)
(『わがまち茨木』(道標編)三版、教育委員会、平成19年刊では8)
(同書に、移動無。国道三号は東京市より神戸港。茨木街道は此処を起点。とあり、明治の道標の典型とする。)
(ここから郡までは、茨木街道と道祖本街道との重複部分と思われる。
 国道三号、芥川方面は左指差しでよいが、西の池田・伊丹・神戸とは矛盾し、道標としては良くないように思う。)

写真eimg4821 写真eimg4822 写真eimg4824
【1.道標を東に望む 【2.道標を南に望む 【3.道標を西に望む
 左奥(東)京へ  奥、茨木はすぐ左折  奥(西)神戸へ
 右(南)郡へ】  左端に当道標】  左端に当道標】

写真eimg4849 写真eimg4855 写真eimg4853
【4.道標北西面拡大 【5.道標上部(南部) 【6.道標南東面上部
 道全体を示すのか  分かり難いが  「明治三十六年八月」
 左指差像の意味は?】  「南」とある】  と読める】

写真eimg4675
【7.茨木南部の道標】
文字ずれ時はブラウザの幅や「Ctrl」と「+」、「-」キーで倍率変更等して下さい。 ↑先頭へ