49.西宮市与古道町の道標

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西宮市与古道町 南北の県道342号と東西の鳴尾御影線の交差点北西部、東川との間の緑地帯に北を正面に建つ
尖頭型角柱 265x32x31p(頂高約15p含まず)(阪神大震災で下部63pで折損と聞く)
N34.735672 E135.343778


写真cimg2173

写真dimg5169

北面
┌─――――――――――――――――┐
│官幣大社廣田神社 是より     │
│           十四(丁) │
└―――――――――――――――――┘

南面
┌─――――――――――――――――┐
│明治三十一年六月         │
└―――――――――――――――――┘

他の面
┌─――――――――――――――――┐
│(なし)             │
└―――――――――――――――――┘











(廣田神社への丁石とすべきか。廣田神社はこの地点より北方にあり、向きが不自然、移設されているか。)
(北面(丁)は『西宮の道標』より。)
(『西宮歴史散歩案内マップ』市教育委員会、平成20年刊では、5)
(『西宮の道標』宮崎延光、昭和44年刊では、7。
 同書では、天神橋の公園の北詰に建っていたとあるが、そこにしろ、現位置(2.2q)にしろ、十四丁では、余り
 にも距離が足りない。即ち、もっと北に建っていたものであろう。
 東川沿いから、旧中村への道とすると、現在の中須佐町3丁目(西宮警察署の北北東250m)辺りとなり、
 171号沿い(十五丁丁石の続き)なら、城ケ堀町3丁目(城ケ堀町北交差点)辺りとなり、
 その間にある、津田町へ出る道なら、中前田町7(西宮警察署北交差点の西70m)辺りとなる。
 もう一つ、東川改修に伴う移動を考えると、堤防上の旧道で、森下町4(東川親水北公園)辺りの可能性がある。
  尚、一連の道標の内この道標のみ、「廣田神社」の文字が、一面にしか彫られていない。
 これは、辻に建っておらず、一本道に建っていたか、現西面と東面が塞がれていた為ではないかと想像できる。)
「69.広田神社丁石一覧」は、こちらを参照下さい。)

写真dimg5038 写真dimg5040 写真dimg5041 写真dimg5168
【1.道標を北に望む 【2.道標を南に望む 【3.道標を北西に望む】 【4.北面下部拡大】
 後ろ高架は
 阪神電車】

写真dimg3829 写真dimg3906
【5.西宮南部の道標】 【6.広田神社丁石一覧】
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