2.茨木市豊川1−29の道祖神社の道標

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茨木市豊川1−29 東西の国道171号の豊川1交差点南東50mの道祖本神社、南東入口の東側に南東を正面に建つ
尖頭形角柱 154x28x28p(頂高4p)(台石、11x54x54p含まず)
N34.835915 E135.537337


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南東面
┌────――――――――――――――┐
│攝                 │
│津 道祖神社            │
│國                 │
└――─―――――――――――――――┘

東北面
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│ 是ヨリ北壹町余          │
└――─―――――――――――――――┘

南西面
┌────――――――――――――――┐
│明治十七年八月建之         │
└――─―――――――――――――――┘

北西面
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│(なし)              │
└――─―――――――――――――――┘


(明治十七年は、西暦1884年となる。)
(『わがまち茨木』(道標編)三版、教育委員会、平成19年刊では5)
(同書に「これが道標であるかどうかは議論の分かれるところ…」とあるが、それに倣い取り上げた。)
(「北壹町余」とあるので、移設されたことに違いはない。「余」とあるので2丁(218m)未満とし、明治の地図を
 見ると、旧西国街道の辻しか見当たらない、距離を測ると210mで、普通ならば2丁と表記しそうなものである。
 この辻(筋違い四辻)から南へは、春日神社への参道があり、2丁余(250m)となり、近さをアピールしたかった
 ものか。
  因みに、現在は道祖神社鳥居から130mに、四辻はあるが、農道程度であり、道標を置くような辻には思えない。
 依って、元位置は
N34.834039 E135.537412
 辺り、茨木市豊川1丁目16−11の三ツ辻、旧西国街道の北側(現神社側)で、道標案内部の見やすさを考えると、
 辻の北西部に、現、南東面が、南面して建っていたとしたい。)

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【1.道標を北に望む 【2.道標を西に望む 【3.道標を南に望む
 奥(北)171号へ  奥(西)突当り右へ  画面左端、遠くの集落
 左、T字路突当りへ】  R171豊川1の交差点】  の南に西国街道が通る】

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【4.道標を北西に望む 【5.道標東から元位置
 正面の社も  方向を見る、西国街道の
 南東を向く】  辻までは約200mある】

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【6.茨木南部の道標】
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