40.豊能町余野郷土資料館入口北側の道標

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豊能町余野1008 東能勢小学校の南、町立郷土資料館入口左、二基の内北側に北西を正面に建つ
尖頭型角柱 87x25.5x25.5p(頂高2p)
N34.919341 E135.496327


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北西面
┌――――――――――――――――┐
│右  大坂           │
│       道        │
│左 京 伏見          │
└――――――――――――――――┘

南西面
┌――――――――――――――――┐
│ 文政四巳年 施主 清兵衛   │
└――――――――――――――――┘

南東面
┌――――――――――――――――┐
│右 やま            │
│      みち        │
│左 妙見            │
└――――――――――――――――┘

北東面
┌――――――――――――――――┐
│(なし)            │
└――――――――――――――――┘


(文政四(辛巳)年1月1日とすると、西暦1821年2月3日土曜日となる。)
(『石の文化財』豊能町教育委員会発行、平成28年改訂には、未記載)
(豊能町内で「伏見」を案内するものは他に無いと思う。亀山で無い所が一つの特徴と思われる。豊能町郷土資料館
 で元の位置を確認したが、豊能町切畑の北東部京都府境に近い山中に遺棄されていたらしく辻の同定は不可との事
 明治の地図では、切畑から湯谷に通じる聯路(幅2.7m)が見えるが、現、地理院地図には徒歩道さえも無い。)

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【1.資料館を北東に望む 【2.道標を南に望む 【3.道標を北に望む 【4.道標上部を南に望む
 入口柱の左二基の内  手前が当道標  「嘉永二己酉五月中旬」  高さは少ないが
 奥に当道標が見える】  奥が従来の道標】  と読める】  尖頭型とした】

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【5.道標北西面の拡大 【6.道標南西面の拡大 【7.道標南東面拡大 【8.道標北東面の拡大
 「右 大坂」  「文政四巳年」  「右 やま」  あるようにも見えるが
 「左 京 伏見」とある】  「施主清兵衛」と続く】  「左 妙見」はくずし字】  (なし)とした】

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【9.豊能町の道標】
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