42.豊能町余野法輪寺西上の道標

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豊能町川尻592 法輪寺南前、川尻法輪姫の塔から西70mの小橋手前より南へ、妙見山方面に山道を300m登った三ツ辻の西部に東を正面に建つ
尖頭型角柱 60x18x17p(頂高6p、基部15p含む)
N34.917590 E135.479022


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東面
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│右 妙見山           │
└――――――――――――――――┘

北面
┌――――――――――――――――┐
│安政二卯 秋吉日        │
└――――――――――――――――┘

西面
┌――――――――――――――――┐
│(なし)            │
└――――――――――――――――┘

南面
┌――――――――――――――――┐
│ 施主             │
│  當村國ア          │
└――――――――――――――――┘


(安政二(乙卯)年秋を、8月1日とすると、西暦1855年9月11日火曜日となる。旧暦秋は7〜9月か。)
(『石の文化財』豊能町教育委員会発行、平成28年改訂には、未記載)
(明治の地図をみると、亀岡街道(現国道423)から昔の小字中谷、或いは北谷を通過し、現天台山と光明山(北)の
 間の鞍部に登る道が見える。現在では北谷の法輪寺(法輪姫の塔)から西に沢を登り、南に尾根を巻いて直登する
 山道しか無いように思える。この道が鞍部に出る直前で南は天台山、北は妙見山に分かれる辻に建っている。
  平野辺りからの妙見山への最短経路であったと見え、妙見山への案内は是非とも必要で有ったものと思われる。
 現在では妙見山方面に進むとすぐに府道4号に出るが、明治の地図にある旧道はハイキングの天台山コースとして
 所々残存している。)
(南面の施主「當村國ア」の「國ア」は名前で「川尻村の国崎さん」であろうが、川辺郡に「國崎村」があります。)

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【1.道標を西に望む 【2.道標を南西に望む 【3.道標を北東に望む 【4.道標を北西に望む
 左、天台山方面  奥は多分天台山へ  奥から登って来て  奥、妙見山へ
 右、妙見山方面】  石左面「右妙見山」】  左、北西に折れる】  東に向け前傾する】

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【5.道標東面の拡大 【6.道標北面の拡大 【7.道標北面下部拡大 【8.道標南面の拡大
 「右 妙見山」  「安政二卯…」  「吉」の下が怪しいが  「施主」
 とある】  ブレて見難いが】  「秋吉日」とした】  「當村國ア」とした】

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【9.豊能町の道標】
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