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   <TITLE>Death Avenger</TITLE>
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<P><CENTER><B>Death Avenger</B></CENTER></P>

<P><CENTER>ローディス教国暗黒騎士団所属コマンド、バルバス・ダド・グース。
</CENTER></P>

<P>
<HR>
<BR>

暗黒騎士団のコマンド、バルバス・ダド・グースは、下級民の出身だった。<BR>

本来ならばコマンドはおろか、騎士位すら得られる筈もなかったが、<BR>

彼は己の力でその地位を引きずり寄せた。</P>

<P>農夫であるバルバスの父は、バルバスに冷たかった。虐待されたと言っていい。<BR>

小さい頃から毎日のように、何かにつけては殴られ、蹴られた。<BR>

それを見る母は、ただ怯え、すすり泣くだけで、バルバスをかばってはくれなかった。
</P>

<P>バルバスが生まれた村は、昔、盗賊に襲われた事があった。<BR>

金品や食糧が根こそぎ奪われ、男は殺され、女は陵辱された。<BR>

バルバスの母も、そうした女の一人だった。美しかったので、特に首領の目を引いた。<BR>

彼女は婚礼を挙げたばかりで幸せの絶頂にあったが、一夜にして一転した。
</P>

<P>やがて悪夢のような略奪は終わり、盗賊達は去っていった。<BR>

不幸中の幸い、彼女とその夫は、全財産を失ったが、命だけは助かった。<BR>

辛い事は全て忘れ、二人手を取り合い、やり直して生きていこう…。<BR>

夫婦がそう決意して暫くしてから、妻が身籠もっている事が分かった。<BR>

こうして生まれたのがバルバスだった。</P>

<P>自分が一体何をした？自分に対して振るわれる暴力を前に、幼いバルバスは考えた。<BR>

全く理不尽だった。理由など無かった。何を言っても殴られた。<BR>

無論に抗いはしたが、簡単にのされた。腹が立った。憎かった。<BR>

己の身すらろくに守れない、弱い自分が悔しかった。<BR>

力が欲しい…！バルバスは思った。何者にも負けない、強い力が！！<BR>

辺りに住む子供達の中では無敵のバルバスでも、<BR>

大人の腕力の前には今はただ、身を丸めるしかなかった。</P>

<P>しかし、成長するにつれ、バルバスの体格は良くなっていった。<BR>

十二の頃には、背は父を凌いだ。時の流れはバルバスに、力を与えた。<BR>

ある日バルバスの父は、大きくなったバルバスを殴るのを一瞬躊躇した。<BR>

バルバスは、父のその弱気を見逃さなかった。<BR>

幼い頃から受けた暴力の恨みを忘れた事は、一度足りとてない。復讐の時は来た。<BR>

その日から、バルバスは、家の主となった。</P>

<P>それから何年かが過ぎた後、農村を凶作が襲った。<BR>

実りは僅かで、税を納めると来年、田畑に播く分しか残らず、食べていけなかった。<BR>

しかし、例年通り領主の税務官はやって来た。そこで農民達は、税の軽減を請願する事にした。<BR>

バルバスは、階級をカサにきて威張り散らす税務官なぞ見たくもなかったが、渋々請願に参加した。</P>

成長した今、バルバスに刃向かえる者はいなかった。村きっての暴れ者となったバルバスは、<BR>

農作業などは父にやらせており、働いてなどいなかった。だが、税を全納してしまうと、<BR>

自分が食べる分にも不自由すると聞かされては、じっと座っているわけにもいかなかった。</P>

身分の低い者が自分達の意見を通すには、数に頼るしかなかった。<BR>

この時も、農民達は大勢で願い出た。バルバス一人くらい居なくてもどうという事はなかったが、<BR>

気弱な農民達では、自分達の意見を通せるかどうか疑わしい。バルバスは、そう思ったのである。</P>

税の徴収に来た税務官は中級民だった。バルバス達下級民よりも、上級の位階である。<BR>

他国においてもそうであったが、特にローディスでは、ヒエラルキーが上の人間に反抗するのは重罪だった。<BR>

ローディスの秩序は、厳格な階級制の上に成り立っていると言っても過言ではないからだ。<BR>

階級制を犯せば、逃げたとしても、徹底的に追跡され、捕らえられた。<BR>

そしてその後には、見せしめのために晒された上、耐え難い苦痛を伴うが、<BR>

命への影響は少ない、しかし死ぬまで続く拷問が待っていた。<BR>

金銭での取引などによって上の階級に昇る者もいるにはいたが、貧しい下級民にはそれも夢だった。<BR>

法に守られて非道が通ってしまうので、ある意味、盗賊よりもタチが悪く、<BR>

こういった時にはいつも、若い娘や子供は家に隠れておくようにしておかれ、今回もやはりそうされた。</P>

<P>しかし農民達の懇願も虚しく、税務官の取り立ては厳しかった。<BR>

これでは冬を越せないという訴えは聞き入れられなかった。このままでは飢え死にしかなかった。<BR>

「土でも石でも喰えばよい」<BR>

村中の収穫物がかき集められた村の広場、村人達の前で、税務官はそう言い放った。<BR>

次の瞬間バルバスは、列を飛び出して税務官に殴りかかった。<BR>

鼻にバルバスの拳を喰らった税務官は気を失ったのか、<BR>

血を吹き出して吹っ飛んだきり起き上がってこなかったが、<BR>

ズカズカと歩み寄ったバルバスは、倒れている税務官の顔を思いきり蹴り上げた。<BR>

税務官の体は人形のように転がったが、その首が、おかしな方向に曲がっていた。<BR>

そこに遅まきながら、護衛の兵士が襲いかかってきた。<BR>

だが所詮、バルバスの相手ではなかった。逆に武器を奪われ、殺された。</P>

こうしたバルバスを止めようとする村人は居なかった。<BR>

自分達に止められる筈もなかったし、止めたくない気持ちもあった。<BR>

村人の態度は様々で、遠くから取り巻くようにして見る者、<BR>

怯えたり、巻き添えを恐れたりして、家に逃げ帰る者もいた。<BR>

しかし誰もが領主の怒りや、身分の差を考えて、不味い事になったと思った。<BR>

殺人は勿論重罪であるし、下級民が中級民を殺した上、被害者は領主の家臣なのだ。<BR>

どんな理由があったにせよ、バルバスが死罪に処せられるのは間違いなかったし、<BR>

悪くすると、村にまで処罰が及ぶかも知れなかった。</P>

領主の使いを殺し尽くしたバルバスが後ろを振り返ると、<BR>

離れて見える村人の群れの中に紛れて、母親が目に入った。その顔は恐怖に凍りついていた。<BR>

彼女には血に染まったバルバスの顔が、自分を襲った盗賊に見えた。<BR>

もう後戻りは出来ない。バルバスはすぐに村を離れ、森へと逃げ込んだ。<BR>

それが確かめられた後、巻き添えの処分を避けるため、事件が村から領主に届け出された。<BR>

暴れ者で鼻つまみのバルバスだったが、この時ばかりは皆、彼に同情的だった。<BR>

その後すぐさま領主から追っ手がかかり、探索が行われたが、バルバスはどうにか逃げおおせた。
</P>

<P>追っ手をまいたバルバスが、その後、手始めにやったのは、追い剥ぎだった。<BR>

この時期、第三次光焔十字軍の遠征が行われており、<BR>

剣で、商いで、一旗揚げる事を夢見て戦場を目指す者は少なくなかった。<BR>

バルバスはそういった希望に燃える旅人達を襲い、殺した。<BR>

生かしておけば、自分の存在が公になるからだ。<BR>

流石に1人で旅する者は少なかったが、4〜5人くらいなら平気で襲った。<BR>

相手にもよるが、不意をつけば、10人くらいでもやれた。<BR>

たまに女がいたりした時は、その場は生かしておいたが、後で十分楽しんでから、やはり殺した。<BR>

罪悪感は余りなかった。生きるためには仕方なかったし、<BR>

弱いから自分に殺されるのだと思った。旅人の方が強ければ、殺されるのは自分だった。<BR>

「運が悪かったな」バルバスは旅人の死体に、思いやりの言葉をかけた。
</P>

<P>こうしてバルバスは、冬がくるまで強盗殺人を繰り返して転々とした。<BR>

そしていよいよ冬になると、奪って得た服と金を持って、<BR>

流れ着いた街へと入った。これは危険な賭だった。<BR>

街には手配書が回っており、逮捕される恐れがあったからだ。<BR>

しかし村程度の人口では、余所者が滞在すれば目立ったし、<BR>

今年は不作だった。余所者に与えるパンなどありはしないだろう。<BR>

かといって野外で冬を迎えれば、餓死か凍死するのを待つだけだった。<BR>

手配が回っていたならば、斬りまくって逃げるだけだ。<BR>

そう覚悟を決めて、バルバスは街へと入った。</P>

<P>確かに街には、バルバスの手配書は回っていた。だがバルバスは捕らえられなかった。<BR>

手配書に書かれた人相が、バルバスとは似てもにつかぬ物だったからである。<BR>

バルバスを哀れんだ村人達は、バルバスのそれとは全く異なる人相を、<BR>

下手人として領主に報告したのだった。<BR>

無事街の門を抜けたバルバスは、フン、と鼻で笑うと、酒場へと向かった。
</P>

<P>酒場に着くとバルバスは、まず最初に、店で一番強い酒を頼んだ。<BR>

一杯空けると次に、辺りに溜まっていたごろつきに喧嘩を売り、<BR>

叩きのめした。そしてそのグループの親玉を引っぱり出し、半殺しにした。<BR>

「いいかッ！今日から俺がてめェらのボスだッ！！文句のあるヤツぁ今すぐ言えッ！！」<BR>

そう怒鳴ったバルバスに、異を唱える者はいなかった。<BR>

こうしてバルバスはごろつきのボスの座に就き、<BR>

街に到着したその日の内に、自分の寝場所を確保した。</P>

<P>それからバルバスは、ごろつきどもを従えて、傭兵隊を組織した。<BR>

十字軍遠征の時節がら傭兵隊は多かったが、バルバス達のそれは名ばかりで、<BR>

実際にはガード料という名目で、街の店々から金をせしめていた。<BR>

用心棒を断った店は、翌日から商売出来なくなった。<BR>

その日の晩、店は滅茶苦茶に荒らされるのである。<BR>

街の市長や警備兵には黙認するよう賄賂を渡しておいたので、<BR>

傭兵隊は何も心配する必要はなく、自由気ままに遊び回れた。</P>

<P>だがそんなお気楽な日々も、長くは続かなかった。政変が起こったのである。<BR>

元老院は閉院され、教皇に権力が集中した。国の体質は根幹から変わり、<BR>

政治には清廉潔白が要求された。バルバスとの癒着が露見した市長は免職され、<BR>

バルバス達傭兵隊は街から追放された。</P>

<P>行き場の無くなったバルバス達は、廃棄された砦を見つけ、そこをねぐらにした。<BR>

しかし夜露を凌ぐ場所が見つかったからと言って、それで生きていける筈もない。<BR>

真っ当に金を稼ごうにも、働く場所も技術もない。あるのは殺しの知識だけ。<BR>

彼らに与えられた選択肢は少なかった。<BR>

こうして傭兵隊を名乗る山賊が、辺りに出没するようになるのである。</P>

<P>そうして集まった傭兵隊も、今では二十人を数えた。<BR>

噂を聞いてバルバスを頼ってきた、似たような境遇の悪党もいた。<BR>

政変以後、バルバス達のように落ちぶれた輩は多く、その被害は増してきていた。<BR>

多発する事件に、地方領主の騎士団は休む暇もなかった。<BR>

盗賊が捕らえられれば、待っているのは無惨な死である。元より失う物など何もない。<BR>

居直った賊どもは存外強く、彼らに手を焼き、国に加勢を頼む領主は多かった。<BR>

それを受けた国の体制もそろそろ安定し始めており、<BR>

国を挙げての盗賊狩りが行われそうになった頃、バルバスの人生に転機は訪れた。
<HR>
<BR>

「ひええっ、かっ、金なら幾らでもやる、命ッ、命だけは助けてくれぇッ！」<BR>

老いた商隊の長はしりもちをつき、後ずさりながら叫んだ。<BR>

「…」剥き身の剣を持ったバルバスは、無言で歩み寄った。<BR>

ズタズタに引き裂いてやる。正直、はらわたが煮えくり返っていた。<BR>

バルバス達が襲った商隊は、護衛に傭兵を雇っていた。この傭兵どもが意外に手強く、<BR>

二十人からいたバルバスの手下も、あらかた殺られてしまったからである。<BR>

こうなってしまっては今後、組織立って山賊行為を働くのは難しかった。</P>

<P>「こっ、こう見えてもワシは貴族なんじゃぞッ！」<BR>

どう見ても貴族の生まれには見えない老商が叫んだ。<BR>

「つくんならもっとマシな嘘をつけッ！！」バルバスは怒鳴った。<BR>

「ほっ、本当じゃあ！子のない貴族の養子に入って、ワシは貴族になったんじゃッ！」
</P>

<P>食い詰めた貴族に金を渡して養子縁組を行い、<BR>

中級民の商人が貴族になるというのは、しばしば聞いた話だった。<BR>

これは形式上の事なので、養子が養父よりも年上という事もあった。</P>

<P>「じゃっ、じゃからワシを殺せばお主は、<BR>

貴族殺しで国から追われるんじゃぞッ！」老商は言った。<BR>

「…」バルバスは無言で老商人の前で立ち止まった。<BR>

「じゃからなっ、なっ？」老商は、今度はバルバスの足に縋り付いた。<BR>

「お前を生かしておけば、いずれ俺は捕まり、殺される」バルバスは低い声で言った。<BR>

「こっ、この事は誰にも言わんッ！本当じゃ、約束するッ！」老商は必死だった。<BR>

「信じられん」バルバスは冷たく言った。<BR>

「そっ、そんなッ！！」<BR>

「死ね」バルバスは剣を振り上げた。<BR>

「ひっ、ひいっ、待て、待てッ！でっ、ではっ、そうじゃ、お主、ワシのよっ、養子にならんかあッ！？」<BR>

手で頭をかばいながら、老商は叫んだ。<BR>

「ああ？」突拍子もない老商の提案に、バルバスの手は止まった。<BR>

「そうすれば、お主は貴族じゃ、上級民じゃぞッ！！」<BR>

「…なにを馬鹿な」バルバスは一笑に付した。<BR>

「ワシは本気じゃッ！ワシに子はおらんし、女房はもう逝った、お主がワシの子になれば、<BR>

今までワシが稼いできた財産全て、労せずしてお主のものじゃあ！！」<BR>

泣きそうになりながら老商はわめいた。<BR>

「お前が貴族だという証拠がどこにある」<BR>

「これじゃ、この紋章じゃッ！！」老商は慌てて衣服のポケットから、紋章の入ったハンカチを取り出した。</P>

この時代、貴族が出自を明らかにする方法は、代々伝わる紋章だった。<BR>

鎧兜に身を固めた騎士達を戦場で見分けるのは困難だったので、<BR>

騎士達は功を立てた時に一目でそれと分かるよう、軍衣や盾に、大きく自分の紋章を入れていた。<BR>

尤も、名を上げ、自分の紋章が広く知られれば、自らが狙われる可能性も大きくなるわけだが、<BR>

高名な騎士が参戦したとなれば味方の意気は多いに上がったし、<BR>

それに何より戦場で、敵味方を問わず注目を浴びるのは、武人として最大の誉れだった。
</P>

<P>そういったわけで、紋章は貴族しか持つ事を許されていなかった。<BR>

親兄弟でも同じ紋章を用いる事はされておらず、同じ一族であっても、<BR>

当主以外の紋章は規則に法ってアレンジされていた。<BR>

この紋章の重要性は、紋章学という紋章を記録、判別するための学問が存在したほどだった。<BR>

騎士団には紋章官が配備され、国には紋章院という機関が置かれていた。<BR>

全ての紋章が記された本もあるにはあったが、戦場で呑気に本を開く余裕などある筈がなかった。
</P>

<P>平時でも、自らの紋章と異なる間違った紋章を用いた場合、<BR>

その誤った紋章の入れられた物は徹底的に破壊された。<BR>

またその紋章を用いた者も罰せられ、最も重い時には身分を剥奪された。<BR>

このように貴族にとって死活問題である紋章を司る、紋章官の職に就く者には、<BR>

あらゆる紋章のパターンと人名を一致させる、記憶力が求められた。<BR>

<P>「…お前の義父が怪しむだろう」老商の差し出した紋章入りのハンカチを見て、<BR>

振り上げた剣を戻しながら、バルバスは言った。<BR>

「ワシを幾つじゃと思っておるッ！そんなモンはとっくに死んでおるわい！！<BR>

よっく見てくれ、紋章は当主の物じゃろッ！？」<BR>

山賊が話に乗ってきそうと見て、老商人は猛弁を振るった。</P>

<P>当主以外の紋章には、柵や三日月、星などが入るのが普通だったが、<BR>

それは入っていなかったし、二、 三紋章が混じっていたので、<BR>

この老商の代に作られた紋章ではない事が分かった。<BR>

貴族の子息は、父と母、両家の紋章を組み合わせた紋章を、自らの紋章とする事があった。<BR>

親の片方が格の落ちる貴族だったりした場合はその限りではなかったが、<BR>

両親共に名家の出であった場合、その紋章から、<BR>

自らの高貴な生まれを堂々と誇る事が出来たからである。<BR>

それに、紋章が複雑であればあるほど、代を重ねた、伝統ある家柄である事が知れた。
</P>

<P>老商は勢い込んで言った。<BR>

「ワシはもう老い先短い、お主がワシの跡を継ぐ事になるのはそんなに先の話ではない！<BR>

このまま山賊を続けるよりも、よっぽどええじゃろう！？」<BR>

「むう」バルバスは唸った。<BR>

「手下が心配なら、あれらにも真っ当な仕事を探してやろう！」<BR>

「フム」バルバスは剣を鞘に収めた。もう一押し！老商は大声で言った。<BR>

「そしたらお主を縛る物は何もない！お主はグース男爵じゃ！！」<BR>

「…それは本当だな？」バルバスが訊いた。<BR>

「本当じゃ！」<BR>

「嘘ではないな？」<BR>

「嘘ではないッ！！」老商は悲鳴のような声を上げた。<BR>

「わかった」バルバスは答えた。「命は助けてやろう」<BR>

「本当か！あああ、ありがとう！！」老商は心底喜んだが、<BR>

「だが証拠をよこせ」畳み掛けるようにバルバスが言った。<BR>

「しょっ、証拠…？」老商は少し狼狽えた。<BR>

「そうだ。誓約書を書いて貰おう」</P>

<P>バルバスは農村に暮らしていた頃、紙きれ一枚を盾にされ、<BR>

借金のカタに、全財産を根こそぎ奪われる貧農をよく見かけていた。<BR>

紙に印を付けるだけで…下級民が字など書ける筈もないから、<BR>

本当に印を付けるだけである…金を貸してくれるが、<BR>

後になって、借りた額以上の物をブンどられるのである。</P>

<P>なるほど、あの紙にはそんな力があるのか。街で暮らしたバルバスは、<BR>

その紙切れと、その中に描かれた図形…文字について学んでいた。<BR>

バルバスは、粗野ではあるが決して頭は悪くはなかった。<BR>

むしろ、己の目的のために必要な事なら何でも吸収した。<BR>

そうしたバルバスは、賄賂を渡した市長からも、裏切られぬよう、念書を取っていた。<BR>

これが決定的な証拠となって、市長は失脚したのである。</P>

<P>老商は戸惑った。全て空約束のつもりだった。<BR>

「口約束を信じるとでも思ったのか？さあ、これに書け。デタラメにサインしても無駄だぞ。<BR>

そこらに、お前が交わした商談の契約書があるからな。見比べればすぐに分かる」<BR>

言ってバルバスは、散乱した商隊の荷物から空白の羊皮紙とペンを取り出し、老商に押しつけた。<BR>

「あ、ああ…そうじゃな」老商は諦めたようにペンをとった。<BR>

渡してしまえば、今自分が言った事全てを実行しなければならなくなるが、<BR>

命が助かっただけでも幸運だと思おう…老商は諦めた。<BR>

「これでよいかの…？」ここで機嫌を損ねて殺されてしまっては元も子もない。<BR>

誓約書の内容は全て正しく記した。隙を見て逃げ出して、この山賊の事を軍に通報しよう…。<BR>

そう思い直した老商は、書き終えた誓約書をバルバスに恐る恐る手渡した。<BR>

「…ああ」誓約書を老商に書かせている間、手下に契約書を探し出させておいたバルバスは、<BR>

サインを見比べ、内容に偽りがない事を確認して頷いた。　</P>

<P>「では…荷物をまとめて…ゆこう…か」一転、肩を落とした老商が弱々しく呟いた。<BR>

そうしてむせかえる血の臭いの中、バルバス達に荒らされた荷物を確かめようと、<BR>

積み荷の側にしゃがみ込んだ老商は、自分の後ろに人の立つ気配を感じた。<BR>

「え？」老商がふと振り向き、顔を上げると、その顔が恐怖に歪んだ。<BR>

「振り向かねば恐れる事なく死ねたものを。さらばだ、親父」</P>

<P>フン、思いがけぬ収穫だった。剣についた血糊を振り払いながら、<BR>

バルバスはニヤリと笑い、生き残った山賊どもの方へ向き直った。<BR>

次にする事は何か、バルバスの中では既に決まっていた。<BR>

「ひひッ、これでおかしらは貴族様、俺達は…！？おっ、おかしら、<BR>

何を！？どっ、どうかしちまッ！！」<BR>

そう叫んだ山賊は、次の瞬間、肩と胴が永遠にサヨナラして死んだ。　</P>

<P>バルバスは老商の死体から紋章の刺繍入りのハンカチを奪った後、<BR>

僅かに生き延びた手下どもを殺して回った。<BR>

かろうじて息のあった重傷の者にも止めを刺すのを忘れなかった。<BR>

敵味方関係なく、その場にいた者を全員殺して一人生き残ったバルバスは次に、<BR>

自分に一番体格の近い者の死体を選ぶと自分の衣服を着せ、顔を潰した。<BR>

これで護衛を伴ったキャラバンと山賊は共倒れになり、商隊の長も賊の首領も死んだ。<BR>

いずれ猟師か旅人が、ヘルハウンドにでも喰い荒らされた死体を見つけ、<BR>

領主に訴え出るだろう。準備は全て整った。</P>

<P>こうしてまんまと上級民の肩書きを手に入れたバルバスだが、<BR>

老商の後を継いで商売をする気などサラサラ無かった。<BR>

自分に商才があるなどとは思ってもいなかったし、大体老商の住処が何処かも訊いていなかった。<BR>

チマチマ金勘定なぞやっとられん。第一、金なんぞでは飽き足らん！！<BR>

自分が上級民に生まれついていたなら…！バルバスはいつも思っていた。<BR>

千載一遇のチャンスを得たバルバスは今、更に力を手にし、より高みへと昇るつもりでいた。<BR>

そしてバルバスは、自分が最も力を発揮できる場所が何処かを知っていた。<BR>

バルバスはその足を、国の統治下にある城塞都市へと向けた。</P>

<P>「貴様らじゃ話にならん。上の人間を呼んでこい」<BR>

バルバスは、兵士に向かって高圧的に言った。<BR>

あれから二ヶ月が過ぎていた。案の定、盗賊と商隊の死体は猟師に発見され、領主に報告されていた。<BR>

余り急いで行くと、着いた時に事件が報告されておらんかも知れん。<BR>

そう考えたバルバスは、城塞都市へ向かう途中の街にしばらく滞在していた。<BR>

一月ほどして商隊と盗賊が相打ち、の知らせが流れるとすぐに、バルバスは以前、<BR>

老商を山賊から助けた時に受け取った物だと、誓約書を街の領主に提出した。<BR>

まもなくバルバスの訴えは受理され、爵位の相続が認められた。<BR>

かくしてバルバスは、晴れてグース男爵となったのである。<BR>

そして城塞都市に到着したその足で、城へ向かったのだった。　</P>

<P>「なにぃ？バカ言ってないで、とっととお家へ帰んな」<BR>

面倒臭そうに兵士は言い、シッシッと手まで振った。<BR>

「俺が貴族だとわかって言ってるんだろうなッ！！」バルバスは激昂した。<BR>

この城塞都市は騎士団が駐留出来るようになっており、<BR>

街の最奥には、堀に囲まれた城館がそびえたっていた。<BR>

バルバスは今、そこへ続くはね橋の上で、門番と問答していた。<BR>

「おっ、お前みたいな貴族がいるものか！」<BR>

バルバスに気圧された番兵は、果敢にも言い返した。<BR>

優雅さを欠片も感じられないバルバスの風体を見て、貴族だと思う人間は極稀だろう。すると、<BR>

「これを見ろッ！！」バルバスは、懐から紋章入りのハンカチを取り出して見せた。<BR>

「あ…？こっ、これは…ッ！？申し訳ございません、大変失礼致しましたッ！！」<BR>

紋章を確認した途端、番兵はたたずまいを直し、踵を揃えてバルバスに敬礼した。<BR>

「分かったらサッサと呼んでこいッ！！」バルバスは大きく手を振って命令した。<BR>

「ハ、ハイィ〜ッ！！」バルバスに怒鳴られた番兵は、脱兎の如く駆け出して行った。
</P>

<P>少し経つと、高価そうな衣服を身に纏った、老年の男が出てきた。<BR>

手には分厚い本を持っており、どうやら老人が兵士を評価する役目を持つ、閲兵官のようだった。<BR>

「入隊希望の貴族というのはお前か？」バルバスをジロジロと眺めて老人が言った。<BR>

「そうだ」バルバスはハンカチを突きだして見せた。<BR>

閲兵官は、その職務上、兵士の力量を見抜く目が重要である。<BR>

また身分によって圧力をかけられることの無いようにとの理由から、<BR>

かつて勇猛な戦士として名を馳せた、それなりの地位にある貴族が就くのが通例だった。<BR>

この閲兵官もそうした例に漏れず、かつて戦場を駆け巡った、猛者達の一人のようだった。<BR>

「名は？」<BR>

「バルバス。バルバス・ダド・グース男爵」<BR>

「…ちぃっと待て」閲兵官は、パラパラと、本のページをめくり始めた。<BR>

この本には古今東西の紋章が記載されているようだった。<BR>

非番であるのか、騎士団が出撃でもしているのか、どうやら今、この街には紋章官は居ないらしい。<BR>

「おお、確かにあるのぉ…そうか、最近継いだばかりか…。<BR>

しかし…何故今更こんな所で？士官学校は出ておらんのか？」閲兵官が訊ねた。<BR>

「事情があってな。で、どうなんだ？」<BR>

本当の事を言うわけにはいかないバルバスは、サラリと返した。<BR>

余りよろしいとは言い難い、バルバスの身なりや言葉遣いを目にした閲兵官は、<BR>

バルバスの答えを経済的に困窮していたためと取ったらしい。<BR>

少し気の毒そうな顔をしながら言った。<BR>

「ふむ…。紋章も正しいようだし、身元に問題はあるまい。<BR>

しかし…士官学校を出ていないのならば、将校としては取り立てられん」<BR>

「それはどうにもならんのか？」バルバスは不満気に言った。<BR>

「規則なのでな。だが…下士官として採用してやろう。<BR>

なに、我がローディスでは、実力ある者は幾らでも昇進出来る。<BR>

そなたほどの者ならば、すぐにも将校になれるだろう」<BR>

バルバスの巨躯を見た閲兵官は言った。</P>

将校とは四角旗を掲げる事を許された、旗騎士、バナレットナイトの事である。<BR>

兵士、平騎士を指揮するので、一般に”コマンド”と呼ばれていた。<BR>

そして平騎士とは、三角旗を掲げる、バチェラーナイトの事である。<BR>

彼らは兵士を指揮する下士官として働いた。<BR>

バルバスはこの、平騎士として採用されたのである。</P>

中級民以上ならば、学費さえ払えば士官学校に入学出来た。奨学金制度もあり、<BR>

難関ではあるが、試験に合格すれば特待生として、学費が免除されもした。<BR>

上級民であれば、生まれながらにして平騎士の位を与えられ、<BR>

高位の騎士の許で学ぶか、士官学校を卒業すれば旗騎士に任じられた。<BR>

中級民は士官学校を卒業すれば平騎士となれたが、旗騎士まで昇進できる者は殆ど居なかった。</P>

「…ならば俺を、最前線に送ってくれ。その方が手柄を立て易いだろうからな」<BR>

バルバスのこの言葉が大層気に入ったらしい。閲兵官は、笑いながら言った。<BR>

「フォッホッホ、前線勤務を志願する者を見るのは久しぶりだわい！<BR>

昔は誰もが前線での戦いを望んだものだったがなぁ、今ではとんと…」<BR>

「それでこれからどうすればいいんだ？」<BR>

愉快そうに話す閲兵官の話を遮り、バルバスは訊いた。<BR>

「おお、城内に部屋を与えられ、そこで生活する事になる。<BR>

兵に案内させよう。持ち込んでいい私物は…まぁいい、大目に見てやろう」<BR>

閲兵官は言ったが、大目に見られても、バルバスに持ち込めるような私物は一つもない。<BR>

「じゃあな」それを聞くと、バルバスは案内を待たず、サッサと身を返して城館へと向かった。<BR>

バルバスが去った後、執務室に戻る途中ですれ違った兵士に、<BR>

バルバスを空き部屋に案内するように命じて、閲兵官はひとりごちた。<BR>

「ふむ、バルバスか…。口は悪いが、腕は確かそうじゃ…楽しみじゃの」<BR>

この閲兵官の見る目が正しかった事は、いずれ証明される事になる。
<HR>
<BR>

こうして正規の軍人となったバルバスは、騎士団に配属された。<BR>

士官学校を卒業していないとはいえ、身分が男爵だったので、一人部屋を与えられた。<BR>

配属先にも気が使われ、歳若い貴族の子弟が団長を務める、比較的少人数の騎士団に配属された。</P>

ローディスにおいて、戦士団がとる形態は、大まかに分けて三つある。国に雇われ、<BR>

公的権力を持つ正規軍騎士団。地方領主の私兵騎士団。そして臨時に雇われる傭兵隊である。
</P>

<P>正規軍人、中でも将校には、品格が求められ、また、<BR>

士官学校を卒業している事が必要だったので、極僅かの例外を除いて、貴族が就いた。<BR>
</P>

<P>私兵としての騎士団を持つには、給金や装備支給などの面から大きな経済力が必要で、<BR>

自らの騎士団を持つのは、限られた貴族だけだった。<BR>

大貴族に仕える騎士もそれなりに名の通った貴族であったり、正規の軍人であったりしたが、<BR>

そういった場合には、主君の専属護衛官とか、また主君も正規の軍人であれば、<BR>

副官や参謀という形で、主の部下に配属されるのが常だった。<BR>

こういった、個人で正規軍での地位を得ていない私兵は、領地を出ると立場が弱くなった。</P>

<P>傭兵は、戦争が終われば食い詰めて、近隣の村々で略奪を働く事も多かったので盗賊も同然だったし、<BR>

大抵身分も低かったので、格を重んじられた場合、栄達する事は少なかった。<BR>

しかし…これは地方領主の騎士団にも言えた事だが…大きな手柄を立てれば、<BR>

全員、もしくは団長や幹部が、正規軍人、極稀だが貴族に取り立てられる事もあった。
</P>

バルバスが国に統治される城塞都市に向かったのは、公的権力を持つ正規軍に入隊するためである。</P>

<P>そうしてバルバスが配属された正規軍騎士団の団長は、士官学校を出たての将校だった。<BR>

生まれも良く子爵で身分も上、指揮官としても才能を感じさせたが、<BR>

バルバスはそんな事は歯牙にもかけず、好き勝手に振る舞っていた。<BR>

出撃命令さえ下されれば、こんな立場はすぐに逆転する。バルバスはそう思っていた。</P>

光焔十字軍では、一代で成功した英雄が数多く生まれたものだったが、<BR>

数年前に竜心王ゴドフロイ・グレンデルを輩出した第三回目の遠征が決行されたばかりで、<BR>

生憎今は、十字軍遠征の予定はなかった。<BR>

かわりにバルバスが派遣される事になったのは、皮肉な事に、盗賊征伐だった。<BR>

政治が軌道に乗り始めた国は、秩序回復に本腰を入れ始めていた。<BR>

バルバスが登用された時に紋章官が不在であったのは、騎士団の盗賊征伐に随行していたからだ。<BR>

この時期に盗賊から足を洗ったバルバスは、全く悪運が強かった。　</P>

<P>最初の盗賊討伐で、バルバスの実力はすぐに認められた。<BR>

一応軍曹の位にあり、率いる部下も与えられていたが、そんな事は二の次で、<BR>

真っ先に斬り込んでいき、騎士団の中で最も戦果を挙げたのだった。</P>

以降どの戦いにおいても、バルバスの戦いぶりは他を圧した。<BR>

その鬼のような戦いぶりは凄まじく、バルバスが敵でなくて良かったと、味方の心胆すら寒からしめた。<BR>

こんな感じでバルバスは、周囲から既に将校の資格は十分にあると思われていたが、<BR>

バルバス自身は、地位が低い事とは別に、物足りなさを感じていた。</P>

バルバスにとって、倒すべき盗賊どもは弱すぎた。<BR>

バルバスは力を求める一方で、自分がどの程度の力を持っているのか、確かめたかった。<BR>

しかし、彼の力を測るに十分な相手は、そうそう居なかったのである。<BR>

だから少しでも腕の立ちそうな相手を敵の中に見出すと、<BR>

与えられた持ち場も任務も放棄して、迷わずそちらへ剣を向けるのだった。<BR>

こういった、端から見れば、ただの戦い好きの戦術や人格に問題があると思われたので、<BR>

バルバスの将校昇進は見送られていた。だがそれも、時間の問題だった。<BR>

こうしたバルバスに、団長も余り強い事は言えなくなっていた。<BR>


<P>そうしてまた、手柄は立てられるが退屈な、何度目かの盗賊討伐への行軍途中、<BR>

バルバスが昔逃げ出した、生まれ故郷の村の近くを通過する事が分かった。<BR>

バルバスは気が進まなかったが、まぁ、兜の面頬を下ろしていれば顔は見られないわけだし、<BR>

騎士に下級民が近づける筈もない。村の中を通過するわけではないし、自分だとバレはしないだろう。<BR>

そう思って向かったのだが、結局何事もなく通過して、それから20バームほど先に次の宿営地はあった。
</P>

<P>そこは比較的大きな街で、領主の居城があった。軍では少佐の地位にあるこの領主は、<BR>

自ら騎士団を率いて治安維持に励んでおり、その領内は大分安全だった。<BR>

団長が聞いたところに依ると、評判の高い人物らしく、秩序回復に向かうバルバス達騎士団に協力してくれ、<BR>

城内に寝室を用意してくれているとの事だった。</P>

<P>入城すると、それぞれ部屋をあてがわれた。上級民であるという事で、<BR>

ここでもバルバスは一人部屋を与えられると同時に、<BR>

少佐から、下士官の中でも特別に、夕食の席に招かれた。
</P>

<P>バルバスはテーブルマナーが苦手だったし、面は割れていないとはいえ、<BR>

ここの城主の税務官を殺した事もある。美味いが気詰まりな貴族との食事よりも、<BR>

よっぽど城下町の酒場で酒をかっくらっていたかったが、<BR>

上官の折角の誘いを断るなどと、と団長がそれを許さなかった。　</P>

<P>夕餉の席、バルバスはただ黙々と、銀製のナイフとフォークを相手に格闘していた。<BR>

それに気を取られて、折角の料理の味もイマイチよく分からなかった。<BR>

チッ、やっぱり来るんじゃなかったぜ…。バルバスは心の中で悪態をついた。<BR>

そして目の前にあるコカトリスの丸焼きと、そばに置いてある肉斬り包丁を見ると、<BR>

こいつをドカッと切り分けたのにカブリついて、ワインでガバッと流し込めればな、と思った。<BR>

そんな風にバルバスがはしたなく考えているそばでは、<BR>

少佐と団長が優雅にカトラリーを用いて料理を口に運びながら、<BR>

今後の国のありようについて意見を交わしているようだった。
</P>

<P>バルバスにとって全く面白味のない食事が進んでしばらくすると、<BR>

ワインが入って舌に滑らかさを増した少佐が喋り始めた。<BR>

「…全く、己の分を弁えぬ者どもがこの祖国の秩序を乱すのです。<BR>

そういった輩には、身の程を教えてやらなければなりません。<BR>

私は、自身の苦い経験からそれを学んだのです。そう、あれは何年か前の事でした、<BR>

私の派遣した部下を、事もあろうに殺しおった馬鹿者がおりましてな…」
</P>

<P>バルバスはどきりとした。自分の事だ。だが、態度には欠片も出さなかった。<BR>

カトラリーを相手に、悪戦苦闘しているように見せるのは簡単だった。<BR>

バルバスのテーブルマナーの悪さを知っていた騎士団の面々は、バルバスの動揺に気づかなかった。
</P>

<P>その間にも少佐の話は続いていた。<BR>

「…そやつは森に逃げ込みました。可愛い部下を殺しおったのもそうですが、<BR>

畏れ多くも聖ローディスの定め給うた身分制に反抗したのです。絶対に許すわけにはいきません。<BR>

すぐさま徹底した追跡を行ったのですが、おそらく野垂れ死んで、<BR>

ヘルハウンドかグリフォンにでも喰われたのでしょう、死体も見つかりませんでした。<BR>

ですがそれでは、まんまと賊が逃げおおせたと勘違いした愚か者どもを、つけ上がらせるばかりです。<BR>

みせしめにその家族を殺して、晒してやりましたが、その中に若い娘がおったのです…」
</P>

<P>バルバスは努めて平静を保とうとしたが、<BR>

スープを飲むために持ち替えようとしたスプーンを落としてしまった。<BR>

「どうしたバルバス？」バルバスの顔色がやや悪いのに気づいた団長が言った。<BR>

「何でもない」バルバスは不機嫌そうに答えた。<BR>

「そうか」カトラリーの扱いに、随分と苦労しているようだな。<BR>

バルバスのテーブルマナーの悪さは知っていたし、<BR>

イヤがるバルバスを無理に食事に連れてきた事もある。<BR>

この男の事だ、気分が悪ければ勝手に退席するだろう。団長はそう思い、それ以上何も言わなかった。
</P>

<P>バルバスはギリギリと歯を噛んだ。両親が殺された事もそうだったが、<BR>

それよりも何よりも、妹の事に話が及んだからだった。そう、バルバスの家族には両親の他に妹がいた。<BR>

父はバルバスを虐げたが、妹は溺愛した。毎日父から殴られるバルバスを庇ってくれたのは、<BR>

母ではなく妹だった。父の愛を一身に受けて育った妹は、とても愛らしい、<BR>

心根の優しい娘で、昔の母を知る者は、妹を、若い頃の母親と瓜二つだと言った。<BR>

バルバスはそんな妹に嫉妬するどころか、とても可愛がっていた。<BR>

全く、妹が、バルバスを虐待する父を泣きながら止めてくれたからこそ、バルバスは今生きていられるのだった。<BR>

この世にバルバスが大事に思う人間がいるとすれば、それは妹だった。</P>

<P>
少佐の話はまだ続いていた。<BR>

「…子の躾は親の責任。妹まで罪に問うのは心が痛みます。娘は許してやりました。<BR>

ですが、若い娘を独り寒空の下へ放り出すのも余りにも哀れです。<BR>

そこで私の妾にしてやろうとしたのですが、どうにも聞き分けがありません。<BR>

恩を忘れてイヤがるばかりで、全く言う事を聞きませんでな。<BR>

やはり下賤の者に情けをかけた、私が間違いだったのです。<BR>

一月ほど部下に貸し与えた後、バラバラにして城のケルベロスの餌に…」</P>

<P>バルバスは少佐に飛びかかった。<BR>

「ん？ぐうっ！！」椅子から転がり落ちた少佐をバルバスは胸ぐらを掴んで吊り上げ、殴りつけた。<BR>

「娘を、どうしただとッ！！」言いながら、更に殴った。<BR>

「やっ、やめっ…！！」少佐の前歯が折れ、鼻血が流れ出た。<BR>

「やめろバルバスッ！！」すぐさま団長がとり押さえにかかったが、そんなものは簡単に振りほどけた。<BR>

「バッ、バラバラにして、ケ、ケルッ…！！」<BR>

口に出すと、ますます怒りが増した。言葉にならなかった。<BR>

確かに少佐は評判通りの好人物だったかもしれない。だがそれは、上級民にとって、でしかなかった。<BR>

バルバスは怒りに我を忘れ、少佐を殴り続けた。<BR>

騎士団の面々が人を呼び、十人がかりでどうにかバルバスを取り押さえた時には、<BR>

バルバスの拳は真っ赤に染まっており、少佐は既に死んでいた。</P>

<P>この事件によって、盗賊討伐は中止された。騎士団は城に留まる事になり、バルバスは投獄された。<BR>

今後の処分について指示を仰ぐため、団長によって事件の報告書が作成され、<BR>

神都ガリウスにある大本営に送られた。バルバスは上官殺しの罪で軍法会議にかけられる事になり、<BR>

ガリウスまで護送される事になった。バルバスが神都で査問される事になったのは、<BR>

まがりなりにもバルバスは貴族であったし、バルバスが殺したのが領主であり、また少佐という、<BR>

軍において比較的の高い地位にあったので、査問官を担当する人間の地位も高くなったからだった。<BR>

勿論バルバスは、護送の道中逃げる機会を窺っていたが、警備は厳重で、そのチャンスはなかった。
</P>

<P>バルバスはガリウスに護送されはしたが、これはあくまで形式上の事で、<BR>

査問にかけられるまでもなく、結果は死刑に決まっていた。<BR>

しかし居並ぶ査問官の中に、教皇の右腕と目される暗黒騎士団団長、ランスロット・タルタロスがいた。<BR>

…殺された領主は正規軍で少佐の地位にあり、自ら騎士団を率いて盗賊を討伐するほどの者。<BR>

決して弱くはなかった筈だ。それを素手で殴り殺すとは…。<BR>

事件の報告書を読んだタルタロスは、どうやらバルバスに興味を持ったようだった。
</P>

<P>「何故殺したのか」「少佐の話が気に入らなかったからだ」<BR>

「どの様にして殺したのか」「殴ってだ」<BR>

「殺意はあったのか」「なかった」<BR>

査問会は始まった。ぼつぼつと答えるバルバスのぶっきらぼうな口調は、<BR>

査問官達の心証を悪くした。場の雰囲気は明らかにバルバスを苦しい立場へと追いやったが、<BR>

バルバスは全く態度を改めようとはしなかった。　</P>

<P>査問会は進んだ。報告書の内容と、バルバスの供述はほぼ一致した。<BR>

やがて会は終わりに近づき、いよいよ判決が言い渡される事になった。<BR>

やはりバルバスは、死刑を免れられないようだった。そして最後に、会の途中、<BR>

他の査問官達との質疑応答に聴きいるだけでバルバスに一度も質問しなかった、<BR>

査問官の代表であるデステンプラーが、審判を下すために口を開いた。<BR>

「バルバス・ダド・グース男爵。貴公も知っての通り、上官殺しは死罪だ」
</P>

<P>予想通りの結果だった。だがその後に、デステンプラー、タルタロスは意外な発言をした。<BR>

「だが貴公には…酌量の余地がある」場内がどよめいた。　</P>

<P>「報告書に依れば、どうやら下級民を哀れむ慈悲深さから及んだ事のようであるし、また、<BR>

そばに凶器として使える物が多くあったにも拘わらず、拳で殴りかかったというではないか。<BR>

この者が申した通り、明確な殺意があったとは思われぬ。更に盗賊どもを討伐するにあたり、<BR>

大いに功があったともある。その功を忘れ、死なせたとあっては無慈悲に過ぎるというもの。<BR>

上官から助命の嘆願も出されてある。ここは生かして教会に尽くさせ、<BR>

罪を償わせるという手もあるのではないか？…どうであろう、諸卿。<BR>

この者に贖罪のチャンスを与え、私に身柄を預けては貰えぬだろうか」<BR>

なんとタルタロスは、バルバスの命を救ってやろうと言うのだった。</P>

<P>しかし…などというざわめきが聞こえたが、タルタロスがそちらへ視線を向けるとピタリと止んだ。<BR>

目下の所、教皇に次ぐ実力者であるタルタロスの言葉に、異を唱えられる者はいなかった。
</P>

<P>こうしてバルバスはタルタロスに命を救われ、暗黒騎士団に入団する事になる。<BR>

団長の意向や、教皇の私兵的存在であるという事もそうだが、<BR>

隠密活動を主とする暗黒騎士団では、他騎士団ほど過去の経歴を問われなかった。<BR>

更にバルバスは、命を救われたばかりでなく、<BR>

タルタロスの命で騎士団No.3のコマンドと手合わせさせられ、実力のほどを確かめられると、<BR>

…これには騎士団のNo.2が強く反対したようだったが…千人の騎士を率いる資格を持つ、<BR>

テンプルコマンドにも叙勲された。バルバスは今やローディス教国きっての騎士団の将校となり、<BR>

ローディスの中でも、ほんの一握りの人間しか就く事が出来ない地位を手に入れた。
</P>

<P>…やはりそうだ。深夜、神都に与えられた豪華な屋敷のバルコニーで風を受けながら、<BR>

高価なワインの瓶を片手に、バルバスは思った。　</P>

<P>俺の考えは間違っていなかった。強者は運すらも呼び寄せる。<BR>

力さえあれば、全てを変えられる…！バルバスは、がぶりとワインを瓶からあおると、<BR>

神都に居れば何処からでも目に出来る巨大な教皇庁に、野心に燃える目をやった。<BR>

団長、今は感謝しておこう。だが…俺はいつか、アンタを超え…教皇さえもひれ伏させてみせるッ！！
</P>

<P>バルバスの力を求める心は、止まる所を知らなかった。
<HR>


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