1番怖かった海外出張
1983年頃から、海外出張に行ってます。85年からは、シンガポールに駐在しまして、シンガポールを拠点に東はインドネシアから、西はパキスタンまでカバーしてまして、南のオーストラリアはテリトリー外でしたが、日本からの依頼で出張したりしていました。
事はシンガポールに駐在して間もない頃に起こりました。初めてマレーシアのクアラルンプールに出張が決まりました。前任者からは、クアトリアルホテルがクアラルンプールの常宿となっていると聞いていましたが、間借りしていた親会社事務所の副所長から、是非、チャイナタウンにあるフラマホテルに泊まってくれと勧められました。レートもエクアトリアルホテルより、安く出来るとの事で、それなら泊まってみようという事になったのです。
クアラルンプールに着いて、代理店のヤツがピックアップしてまして、ホテルへチェックインしました。古いホテルでしたが、結構、対応も良くて、副所長が勧めるホテルだけあるなと感心しておりました。仕事をして数日たったでしょうか、夕食を代理店の連中と楽しくとりまして、ホテルでシャワーを浴びてからいつもの呑み屋に行き、11時過ぎにホテルへ戻りました。
あの頃は、駐在間もない頃でしたから、翌日の仕事の事を考えて、ホテルに戻ってからすぐにベッドに入りました。
ベッドに入って、やっと眠気が来て眠れそうになった頃、12時頃ですが、隣の部屋が五月蠅い!!! ギィーギィー、ガタガタやってます。最初は我慢していましたが、いよいよ我慢できずに、ベッドの頭側の壁をドンドンと叩いて抗議しました。すると、分かってくれたのか、それから、音は一切しなくなりました。んで、やっと就寝となったのです。
寝込んでからしばらくして、午前2時頃、今度はドアをガンガン叩く音が聞こえます。なんでこんな時間に!!起きてドアの傍に行くと、ドンドン叩きながら、どうやら「ポリース」と叫んでいます。覗き窓から覗くと、ホントに警官です。鎖を付けたままドアをちょっと開けましたら、警官である証拠のカードを格好良く見せてくれましたので、こりゃぁ、協力した方がいいと思ってドアを開けました。
入ってきたのは、刑事さんとその手下、鑑識らしい人の3人でした。最初に国籍を聞かれ、日本人だと答えました。んで、隣でなんか物音がしなかったかと聞かれましたので、前述にあるように、12時頃に五月蠅かったので、ドンドン壁を叩いたら、それっきり静になった事を話しました。そこまで話したら、刑事さんの方は、手下に私のパスポート等の記録を指示して、部屋を出て行きました。
んで、いったい何が起こったのか、その手下に聞きましたところ、マーダー(あっちのマレー人が発音するとマダルになります)だと言うのです。それからは、ビックリです。誰かが殺されたのか?って聞き返しましたら、手下の記録を取っていた人が、口をすぼめて頷きながら、迷・ビー・チャイニーズ・マフィアと教えてくれました。。。。
要は、隣の五月蠅かった物音は人が殺される時の音だったのです。。。翌日の新聞では、ホテル名を伏せて記事がでていました。やはり中国人マフィアの抗争らしいです。私は、すぐに部屋を下の階に移して貰い、その出張中は同じホテルに泊まっていましたが、それ以来使っていません。事件から数日後、部屋はきれいに掃除され、カーペット・壁紙を交換しており、既に西洋人が泊まっていました。。。
最近は、隣が五月蠅くても、ドンドンと壁を叩いたりしないTerryでした。。。