「まだ4年」さん、Terryさん、山崎正光氏なら、この方でしょう。
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えらい発見だと思いますよ。山崎氏の写真は中学の時の「天文と気象」という月刊誌に載ってたのを覚えています。この写真は日本アマチュア天文史(恒星社厚生閣)p167から引用させていただきましたが、天文と気象に載っていた写真も、これと同じでしたね。
わたし、古いことは、そんなに好きな方ではないですが、この山崎氏の経歴は不思議に思うところが多いです。この人は19歳の若さで渡米したのが1905年。あっちの召使いみたいな仕事をしながら、本当に苦学してカルフォルニア大学の天文学科を卒業してますね。あちらの大学は入学するのは簡単なんですが、卒業するには死ぬほど勉強しないとなりません。まして日本人なら人の3倍は頑張らなければならなかったはずです。
その後帰国して暫く英語の先生をしていたそうですが、京都大学の講師になってます。でもこれは短い期間で、その後水沢緯度観測所に技師として赴いています。これはとても不思議です。この辺りムサさんとも議論したのですが、なんとも不思議です。というのは、講師というのは助手と助教授の中間的な仮の職みたいなものなのが普通ですが、そこから世界に6つしかない位置天文学のメッカ水沢とはいえ、これは栄転とは言い難いのです。講師と言っても、非常勤だったのではとも考えられますが、それでも冷たいですね。
今でこそ「プチ留学」なんて言葉もできましたが、当時は留学して学位を持って帰るのは大変な事だったはずです。どうして順調に天文学者の道を歩まなかったのだろう???
山崎氏は、緯度観測所に約20年間勤めています。たぶん、定年退職だと思いますが、その後は五藤光学で活躍し、最後は故郷の四国に帰られたようです。
さて、上の写真の持ち主は山田達雄となっています。私のおぼろげな記憶では、山田氏が山崎宅を訪ねたときの写真だと思います。山崎の家は小高い丘の上にあったので、山田は汗を拭き々登っていったのですが、山崎はずっと家の前で待っていたそうです。遠方からの客を立待ちするのは、まるで中国の故事みたいな礼ですよね。
写真を見ると、これは亡くなる5年前です。もうお爺ちゃんです・・・たどり着くと、「山田君、ついに計算が出来たんぢゃ!」と言ったそうです。
ある彗星の軌道を計算して、再来する位置の予報計算をしていたのですが、写真を見ると、どうみてもPCだのエクセルだのは無さそうですよね。きっと対数表とか三角関数表、あと算盤とかタイガー計算機とかで膨大な計算を行ったのでしょう。この話だけでも、山崎氏は、引退したお爺ちゃんにもかかわらず、当時第一級の計算天文学の知識を持っていたと言えます。彗星の再来位置の予報計算というのは、単に楕円軌道をしている天体が、どこを飛んでいるのかを求めるのではなく、質量の大きい木星や土星の引力によって彗星の軌道が変化してしまうこと(摂動)も計算に入れなければなりません。山崎氏は木星の摂動を計算に入れたのだそうです。
それから暫くして、当時最新技術の「電子計算機」を使って計算した再来予報位置が、外国の天文学者から発表されたそうですが、さて・・・・彗星が発見されたのは両者の計算結果の中間位置だったそうです。これは山崎氏に軍配を上げたいですよね。
あとクロンメリン彗星でしたっけ?彗星を発見していますが(1928年)、自分の名前をつけずに、軌道計算をした人の名前を付けることを主張して通したことでも有名です。しかし、この彗星は日本人が発見した彗星として第一号なので、ぜひとも日本人の名前を付けたいところですが、ここが山崎氏のゆかしいところ話として、あまりに有名です。
と言ったエピソードを思い出しながら写真を見ますと、結んだ口元、膝に置いた手のあたり、真面目で努力家の人物に思われます。しっかりした目元、まだまだ彗星捜索の現役だったのでしょう。また、この時代、写真が貴重だったために、やや表情が硬いのですが、遠くから引退した自分を訪ねてきてくれた客人を、心から嬉しく思っていることが分かります。
どんな分野でも学界というのは、競争の激しい世界です。抜きつ抜かれつの蹴落とし合いと言っても良いでしょう。彗星に自分の名を辞退したのは、学者としては優しすぎる性格です。日本人科学者としては珍しいクリスチャンだったそうですし、上述のエピソードを考えてみても、優しい人過ぎて、そんな競争社会には向いていなかった人のような気がします。
あと、太平洋戦争に入ろうとしているさなかに、敵国の学校を卒業しているというのも、今とは逆に冷遇される理由になったのかも、と考えています。
なお、山崎正光制作の鏡を再生する話は、本にもなっていますよ、Terryさん。
「引き継がれるロマン」
徳王子天体観測所運営委員会
B6判/240P/1200円
Terryさんが、第二号になるでしょう。まんま、本が書けますよ。私も全力でお手伝いさせていただきますけど。最後の山崎ミラーへ戻る