序
植 村 環
真に理想的な教会に於ては、その教会員と牧師が水も漏らさぬ関係にあるものである。
特に、その長老は伝道者と一心同体になって、教会を思い、教会員のために労するものである。
かく理想的な関係のイニシエティヴは、伝道者の側から来るものか、長老によってとられるものか、
それは勿論、聖霊のいうべからざる微妙な御推進である。しかし、聖霊のお働きを十二分に受けて、
牧師と長老、牧師、長老、会員の、一体化を見て居る教会は、現代に於ては、未だ出現していないと
いってよいであろう。西村久蔵氏は斯かる理想的な教会関係を地上に可能ならしめるために
主の起こしたもうた一人のパイオニア長老であると思う。西村氏の後に続く長老が多ければ多いはど、
日本基督教会なる燈台は、その『七つの星』に似て来るであろう。牧師、伝道者に主の負わせ給う責任の
重大なる事は、申すまでもない。けれど、日本基督教会は長老主義を以て立っているのであるから、
長老のあり方は日本基督教会の死活問題であらねばならない。
西村久蔵氏は、また、日本基督教会以外の教会に対しても伝道協力を惜しまず、更に、一般社会に
対しても、伝道以外の面に於て、数え切れない事業的な貢献をなした人である。
よく、基督者は馬鹿正直であるため、社会の厳しい競争場裡にあっては落伍すると言いきられるが、
氏の場合、その信仰による慧眼と洞察力、邁進力と粘りが、その同じく信仰による正義観と潔癖とに伴って、
氏をして、数多い事業に輝かしい成功を見させたのであろう。
主キリストは、光の子らがこの世の子らよりも見識に於て優れ、またその確信遂行に於て逞しかるべき事を、
ルカ伝第十六章に於て教えていられると思うのであるが、実に、我らの友は、主の御眼がねに叶った実業家、
事業家であった。
私は、九月十一日の晩、西村家に開かれた追悼会に出席を許された一人であるが、その席上、氏の
子飼いの人々が口を揃えて、氏の驚くべき経営の力が如何に堂々と、暗き蔭なく運ばれたか、愛が義
に合し、細心が剛胆と相俟って、独特なる基督者的事業が着々となされて行ったかを証した時、
私は心中深き処から『ハレルヤ』を叫んだものである。氏は果断にして、善事をなすに時を置かなかった
けれど、また、『急がば回れ』の理をよく体得していたから、江別の基督村のような事業にも孜々と
して専心し得たのだと思う。
実に、氏の如き実業家が日本に増加したら、日本は全体主義的な圧政なくして改革され、正しい、
美しい、楽しい国家となるに違いないのである。
氏が数十年間心臓を病んでいながら、あれだけの事業と、教会への責任を快適にやり通した事は、
実に救主の驚くべき御支えによったのである。病人でも、不自由な環境の人でも、信仰による生命を
受けるなら、潤達なる歩みを以て人生を終始する事の可能なる事が、ここに力強く証明されたのである。
西村氏は、『義を見てせざるは勇なきなり』という武士的態度を以て、人に向い、社会に対したか
ら実に強い人であった。人は彼のいう事に傾聴したのである。同時に、彼は真に謙遜の人であった。
その『基督者の人柄』と題する説教には、彼自身の謙遜が輝き出て居る。彼が人を諫める時、彼は実
に謙虚な心持でこれをなした。彼自身が自分を顧み、自分の罪に泣いて、人の悔改めを促すのだか
ら、相手も堪ったものではない。
西村久蔵氏の愛、−それは永久に、彼に触れたほどの人々の心に生きて彼らを慰め力ずけるであろ
う。こう書いていながら、私の目は濡れて来た。
このような人、主イエス・キリストに在って生きた人が書き、講壇から叫んだ説教が、ここに編集
されて世に出るのである。何たる感謝であろう。それらは別に書物になるために書かれたものではな
かろう。しかし、これこそは、消失してならぬ尊い説教集なのである。
一九五三年一一月
(日本基督教会 柏木教会牧師)
