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クリエイティブディレクター

 

広告制作のクリエイティブディレクターって何だろう 

目次

 

 

はじめに

コピーライターの仕事や、アートディレクターの仕事のことを書いた本はありますが、クリエイティブディレクターの仕事についてまとめられた本はありません。これは、クリエイティブディレクターの役割が漠然としているからではないかと考えました。このホームページでは、クリエイティブディレクターの仕事について、こうあるべきではないかと、深く掘り下げたつもりです。もしも、役立てていただければありがたいと思います。

 

 

 

ある代理店では、マーケティングとクリエイティブを統合するという考え方のもとに、マーケッター出身の方がクリエイティブディレクターという立場に立っています。本当は、制作の現場経験がないと分からない微妙な感覚が必要なのですが、このような人事が行われていることを考えると、クリエイティブディレクターはスペシャリストではなく、ゼネラリストとしてもこなせてしまう仕事かも知れません。クリエイティブの経験がどうであっても、年功でクリエイティブディレクターとい立場に立ってしまうのが広告会社の現実。そしてさらに、クリエイティブディレクターはよほど成功した仕事以外は、成果が見えにくい。だから、クリエイティブディレクターは「誰でもできてしまう、でも突き詰めていくととても深くて、すごくできる人はすごく少ない」。そんな仕事なのではないでしょうか。いまこそクリエイティブディレクターという仕事のあいまいさを排除して、クリエイティブディレクターに求められる役割を明確にしたい。そう考えて、今までの仕事上で得た経験を生かして書きました。

 

クリエイティブディレクション とは、
オリジナルシンキング と ディシジョンメイキング

 

クリエイティブディレクターの仕事を二つに分けて考えてみました。オリジナルシンキングとは自分の頭で戦略や広告でつくりたい世界を考える作業。ディシジョンメイキングは広告活動全体のパースペクティブを見遥かして意志決定を行う作業のことです。

 

オリジナルシンキング(主観的に考える仕事)

 

狭い意味でいうクリエイティブディレクション です。市場動向、クライアントの状況、ライバル企業の戦略、などを勘案してオリジナルな戦略や広告でつくる世界を導き出します。戦略は言葉の形で伝えられるので、コピーライター、CMプランナー、アートディレクターの仕事と重なり合います。アート、CMのアイデアを提示する、プレゼンテーションもオリジナルな方法を考える。そのあたりの仕事です。オリジナルシンキングは、個人の資質に大きく依存しますから、マニュアル化できませんが、企業が社会をマーケットとして見る時(マーケッターの視点)見落としがちな、消費者の実感が発想の原点になるかも知れません。ヒントとなるチェック項目だけあとで列挙することにします。

 

ディシジョンメイキング(客観的に考える仕事)

 

クライアントも、消費者も、コマーシャル(案)を「客観的」にみています。客観的とここでいうのは、思い入れなどなしに突き放して見ているという意味で使っています。アイデアを考えるという作業は、「主観的な作業」です。プランはプレゼンテーションで、クライアントに客観的に判断されるわけですが、その前に、客観的な評価を済ませておくというのが、ディシジョンメイキングの意味です。ですから、あえて単に意志決定といわずに、「客観的に考える仕事」としました。クリエイティブディレクターは、プレゼンテーションに先立って客観的に検証を済ましておく責任があります。しかし、自分で考えたことについて、他人の目になって評価を下すのは非常に難しいことなので、他人の意見を聞く勇気を持つのがポイントかも知れません。この部分はマニュアル化できる作業なので、これからくわしく述べていきます。

 

 

クリエイティブディレクターの仕事の流れ

 

スタッフィング

スタッフを選んだ時点で、ほとんどすべてが決まっているのかも知れません。

 

タレント選択

悪い傾向といわれますが、タレント広告全盛の時代。また、プレゼンまでの日数は限られています。何より先にタレントの手配を。

 

オリジナルシンキング

自分のオリジナルな考え方で、課題をどう解決するか考えます。個人の資質によってクオリティが左右される高度な作業です。この時点で、プレゼンテーションの大きな流れが見えこそ優秀なクリエイティブディレクターといえるでしょう。

 

選択

訴求ポイントの選択

激しく変化し続ける社会の中で、商品をどう定義し直すか。それができれば最高なんですが、上手くはまるケースは少ないようです。そんなときは、誰が考えてもそうなるところに設定するのがいいかもしれません。大切なところですが簡単に選択して前へ進める方がよいのではないでしょうか。

 

企画プランの選択

いいところを見つけるという視点で選び、足りないところはあとから補強しましょう・カンと他人の意見を聞きながら、気楽に選択しましょう。そして、次の段階に進みましょう。完全主義は作業を停滞させるだけかも知れません。

 

統合

すべてのメディアで一気通貫

テレビ、ラジオ、新聞、雑誌・・・。すべてのメディアの広告がひとつの広告に見えることをチェックします。

 

セールスプロモーションとの統合

クリエイティブの守備範囲の広告だけが広告じゃありません。店頭での展開、パブリシティネタの提供、など、キャンぺーを世の中で広げるための考えを練りましょう。これはクリエイティブディレクターが横断的に考えないと誰も考えてくれない部分です。

 

理論武装

 

プレゼンテーションの演出を考える

プランをこねくり回してみても大筋は変わりません。それより、クライアントにどう説明するか、作戦を練るのに時間を費やしましょう。型にはまらずオリジナルな説明を考えましょう。

プランに社会性をもたせる

プランに時代性を感じさせる

プランに必然性をもたせる

クライアントの立場になって論を立てる

(クライアントが意志決定しやすいように、正当性をあたえる判断材料を提供するなど)

などの視点で工夫してみましょう

そして、分かりやすく簡単に。

 

 

最終目標

それは、クライアントとスタッフの信頼を勝ち取ること。そして、世の中に何かを残せれば最高の喜びです。

 

 

ディシジョンメイキングにおけるヒント

 

方向性の選択、プランの選択などの場面においていい選択をするためのヒントです。簡単なことですが、多すぎる情報の中の迷いの中でなかなかできないのも事実です。

 

簡単化

広告とはすべてを語り尽くすことではなく、どれだけそぎ落として語れるかです。視聴者には制作者が考えていることのうち、1/10も伝わりません。仲畑貴志さんが何かのインタビューで、「要するに・・・」をつけて考えればいいとおっしゃっていました。要するに伝えたいことを一言で言えばなにか。その一言はひょっとすると、誰でも考えつく言葉かも知れません。でも、逆に誰にでも伝わることです。勇気を持って、そして気楽に決断しましょう。
また、マーケッターは分析します。分析すると重要度の軽重の別なく、たくさんの可能性が提示されます。すると、些細な点が差別化ポイントに見えてしまいがちです。これが「差別化の罠」というべきものですが、ここで些細な「差別化」に惑わされないで、一歩引いて判断する必要があります。また、時間をかけると考えすぎる傾向があります。カンが働かせて、パッと第一印象で選択しましょう。そのほうが適切なことが多いようです。

 

客観化 主観と客観の切り替え

人間はモノを考えるとき、主観的にしか考えられません。でも、広告の善し悪しを判断するのは、あくまで他人です。特に、自分が考えたことを自分で客観的に評価するのはとても難しいことです。だから、他人の意見を利用しましょう。特に他人の批判は100%正しいと思いましょう。逆に他人に賛成してもらえれば、これ以上自信が深まることはありません。あるいは、多数決も有効です。スタッフみんなの意見を聞いてから最後に選択するというスタイルもいいですね。会議室を出て、そのプロジェクトに参加していない人の意見を聞くのもいいでしょう。他人を利用してはじめていいディシジョンメイキングができると考えましょう。一人で責任を背負い込まなくていいのです。
数カ月という時間をおけば、自分の判断を客観的に検証できますが、そんな時間はありません。だから他人の目を積極的に利用するのです。
また、会議の中でひねり出した案にも注意すべきです。参加したメンバーは経過を知っていますからいい案に思えますが、客観的な検証が十分行われない危険性があります。

 

 

カン 

プロとは何か。それは、現場の経験を通じて、仕事に対してカンが働くようになった人のことではないでしょうか。理屈の方がカンより上だと考える人もいそうですが、カンで正しいと思ったことは、理屈で検証しても正しいと思います。カンは分析するプロセスをスキップして総合的に判断すること。部分的な理屈にこだわりすぎて、全体を見失うおそれがなくなります。

 

 

ムードづくり 

誰でも楽しければ、熱意を持って仕事をします。(バージン航空リチャード・ブランソン氏の言葉)プランのいいところを採っていくという姿勢が大切。はじめから完全なものがあれば、クリエイティブディレクターなんかいりません。また、プランの欠けている点を指摘して、「この案はない」と決めつけてしまうのもどうでしょうか。視点を変えれば拾える部分があるはずですし、第一プランを考えた人の気勢をそいでしまいます。どんどん、「これいいね」といいましょう。ノーというのは簡単だ。イエスと言うから難しい。これ、聖書の言葉だそうです。

 

 

決断

クリエイティブディレクターだけでなく、ホワイトカラーの仕事は決断することです。ところが、決断をあとにのばすばかりの人を多く見かけます。これは、仕事を放棄しているのと同じです。完全を求めず(完全なんて世の中にありません)決断を続け、プロジェクトを前へ前へ進めていく。修正はあとからできると考えて前へ進める。決断すると言うことは可能性をせばめる作業です。だから勇気がいるのです。可能性を広げるばかりでは、役目は果たせません。

 

 

何人で考えるのが最適か

いま、コピーライターやプランナーアートディレクターなど、複数をスタッフとして立てることがあります。ときにはクリエイティブディレクターまで複数いる場合があります。単純に「三人よれば文殊の知恵」の発想だと思うのですが、逆に悪い作用を起こすことがあります。他のスタッフに気兼ねして、力が発揮できない。また、会議に参加人数が多すぎると、意見の統一だけに時間とエネルギーが費やされ、プランを深めるところまで行かないような気がします。何人でする会議がいいのか常に考えた方がいいかも知れません。長い会議になって煮詰まってしまうと、会議を終わらせたいばかりに最後にでてきた案がいちばんいい案に思えてしまいます。一番疲れた頭で一番大事な選択をしていませんか?

 

効率化 

会社の人的資源には限りがあります。効率化できれば作業量は増えずたくさんの仕事がこなせます。めぐりめぐって、給料が上がる(?)と言うことです。またひとつの仕事にスタッフを縛り付けておくのは、経営の視点から見ると大きな損出です。

 

消費者に届くか

どうしてもクライアントに意識が向いてしまいますが、広告を見る人にほんとに伝わるかどうかが本当のポイントです。消費者代表という意識を持つのもいいかも知れません。

 

 

オリジナルシンキングへのヒント

(不十分なものだと思いますが、一応・・・)

 

ストラテジー編

消費者のひとりとして考える 

販売現場の視点に立って考える。

その広告で社会にどういう反応を起こさせればいいか考える。

その広告を見た人にどういう心の動きをさせたいか考えてみる。

その広告の役割を、企業活動全体の中でとらえ直してみる。

商品に新しい意味づけをしてみる。

市場開拓中の商品か、成熟期の商品かなど、マーケットの状況に合わせて考える。

想定していたtターゲットがずれていないか、時間経過により移っていないか検証してみる。

長期間かけたブランド育成は有効か検討してみる。長期間表現を変えない勇気も必要。

競合商品と真っ向勝負か、フィールドをずらすか。

1年後のマーケットにおける、広告表現上の競合状況を想像してみる。

逆転の発想はないか考えてみる。

細部にこだわり全体を見失ったときのマーケッターを疑う。

 

 

CMアイデア編

データを使う 

ホンネをいわせる

言葉のリズム、映像のリズム 

独特の映像の世界が作る 

意表を突くタレント起用、タレントの組み合わせ 

歌ものではやらせる 

ネーミングにしぼって徹底的に訴求する

商品の裏方を見せる

時事的なネタを商品に結びつける

子供にはやらせる

売り、売場にむすびつける

比較広告、または形を変えた比較広告

文字だけ、グラフィックだけ、アニメだけ、など

ネガティブな表現

ブラックユーモア

 

 

 

ワーディング編

伝えたいメッセージをズバリ言う

マーク化できるワードを作る

真理を突く

ホンネをいう

あだ名を付ける

ドキッとさせる

気分をつかまえる

語尾を工夫する(方言、若い口調など)

擬音など言葉じゃない言葉を探す

パターンを借用する

言葉遊びをする

キーワードを見つけて、そこから拡げる

真似したくなる捨てぜりふ

台詞のような言い回し

逆転させる

問いかける

 

制作実施段階でのクリエイティブディレクターの役割

 

しかし、見事に競合プレゼンテーションに勝ち残ったあと、クライアントからの修正の要望が出ることがあります。そんなときこそクリエイティブディレクターの出番です。一例ですが、クライアントからの要望で、「あまりにもターゲットだけを意識しすぎて、広告が伝わる範囲が方向への修正」があることがあります。こんな場合、広告についてのコンサルタントとして、「ターゲットだけをつかまえる広告はヒットにはなりますが大ヒットにはなりません。ターゲット以外の人の気持ちもつかまえてこそ本当のヒットになるんです」と。クライアントの要望には、的を得こともたくさんあります。でも、主張すべき時は主張する。こうして、スタッフとクライアントからの信頼を深められるといいですね。

 

 

クリエイティブディレクターの日常の役割

 

クライアントをコンサルトする 

クリエイティブディレクターの仕事とすれば、「広告プランをまとめあげる」仕事の方が主のように思われがちですが、本当に大切なのはこちらの方かも知れません。クリエイティブディレクターは、クリエイティブプランを売り込むセールスマンであることが求められています。制作部門の顔となり、クライアントとの信頼関係を作り上げなければなりません。これは、大変なエネルギーが必要です。ですから、クリエイティブプランをまとめる作業は効率化するほどよいのではないでしょうか。しかしいま、大抵のプレゼンテーションは代理店競合になっていますから、主導権は完全にクライアントサイドがもっています。数ある案の中から選ぶのですから、「クリエイティブディレクターがクライアントを説得して売り込む」なんていう場面は、過去の幻想かもしれません。

 

クリエイティブディレクターシステムのネガティブポイント

 

今、広告会社のクリエイティブは、クリエイティブディレクターを中心にして、組織化したくさんのスタッフからたくさんの案を集めてその中からいいものをチョイスするという考え方で作業を進めています。このようなプロセスを経たアウトプットは、良くも悪くも平均化されてしまいます。とんでもなくローレベルなものは排除されてしまいますが、独創的なものも同じ運命をたどるかも知れません。また、競合プレゼンテーションの場合、クライアントから見れば、どの会社からのも似たり寄ったりになってしまう可能性もあります。また、結果的に自分のプランが採用されないスタッフの数が多くなり、スタッフの参加感、達成感が得られないという問題点もあります。いま、広告会社の制作スタッフがクリエイティブディレクターになりたいという指向を持っているのは、一スタッフの立場では思うようなものが作れないからではないでしょうか。
ところで10年以上前は、コピー系、アート系のふたりがある程度パーマネントなコンビを組んでお互いにチェックしあい、納得行くまで議論を深めていたような気がします。話に聞くとアメリカの広告会社ではこのようなスタイルがつづいているように聞きました。ノスタルジーかも知れませんが、それだけでしょうか。ピラミッドの頂点にクリエイティブディレクター一人がいる構造ではなくて、アート系コピー系のふたりが中心になって仕事を進めるスタイルの方が、客観性を確保する意味でも、議論を深められる意味でも利点があるのではないかと思います。孤独に一人ですべてを決めるクリエイティブディレクターがいいのか、例えば二人で一人という「クリエイティブディレクターズ」のほうがいいのか、クリエイティブディレクターの役割を相互に行うコピー系アート系(ムービー系)のチームがいいのか。いかがでしょうか。

 

 

*本来の意味でのクリエイティブディレクター

クリエイティブディレクターという言葉は、日本では秋山晶さんが言い出されたと聞きました。(違うかも知れませんが)例えば、パイオニアロンサムカーボーイ(カーステレオ)のキャンペーンでは、「孤独のCAR BOY」という世界をつくるというクリエイティブディレクションをなさいました。ここまで世界ができていれば、コピーライターとアートディレクターはその世界の一部を切り出していく作業となります。コピーは、「100マイルを過ぎるとエンジンの音だけでは寂しすぎる。パイオニアロンサムカーボーイ」というもの。ビジュアルは、アメリカの砂漠地帯を突っ走る赤いオープンカーでした。このようなクリエイティブディレクションがきちんと見える広告は、現在では少なくなっています。今のクリエイティブディレクターとは、立場が違うと考えた方がいいかも知れません。

 

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