天然のものだろうか、みごとに枝を張ったヒノキの立ち並ぶ尾根筋をなだらかに行くと、岩の散在する場所に至る。
足もとには山界標石や地積調査の標柱があり、傍らにはまるで祠のように積まれた石組みがある。どうみても人工的な臭いがしてならないのだが、調べてみても確かな証は得られなかった。
いかにも祠のような石積み。
さて、ここから尾根道は方向を北に変えて、植林と伐採後の2次林との境を下る。山肌の雑木林からわずかに展望が開けると四国カルストなどのやまなみに五段城や不入山が見えている。
稜線の踏み跡は不明瞭だが、ところどこに付けられたテープに導かれてゆく。と、突然、鞍部の左手に今まさに建設中の真新しい林道が現れたのには驚かされた。下山後に聞いた話では、この林道の終点に展望台を建設する計画があるらしい。ますます手頃な山になる反面、急速に様変わりしてゆくだろう雨包山を取り巻く環境には考えも及ばないもどかしさを感じてしまう。
尾根を歩けば四国カルストが見える。
眼下に真新しい林道を眺めながら更に県境を忠実に辿る。山のあちらこちらからチェーンソーの音がこだましている。
まもなく小さなピークに立つと、尾根沿いの造林作業道に出会う。
ここからはずっとこの作業道を辿ることになる。おかげで藪もなく快適に歩くことができるが、切り株には注意してピークを越える。
稜線沿いにアップダウンを繰り返しながら歩いて行くと、ところどころ展望が開けて四国カルストの雄大な眺めを得ることができる。辿る稜線は植林ばかりでもなくちょっとした変化もあって、雨包山だけのピークハントでは得られなかった素晴らしい眺めに気分は爽快になる。しかも、師走に入った標高1000mの尾根歩きにもかかわらず風は穏やかで寒さもちっとも感じない。
左になだらかな源氏ケ駄馬、中央に五段城、右奥に不入山を望む。
やがて高知県の県境を離れた辺りから尾根の両側は植林になるが、ほどなく右手の植林は切れ切れになり眼下に大規模な伐採地が見えてくる。
これこそが、登山前に立ち寄った伐採地であり、大蛇の這った跡のように蛇行する作業道も見えている。上から眺めると伐採跡地の規模がまざまざと感じられる。こうして無惨に思える伐採地だが、自然の治癒力は素晴らしい。やがてこの伐採地も四季の変遷と共に様々な植物たちの競演の場となることだろう。
伐採地の上部から北に愛媛のやまなみを眺める。中央奥に雨乞山などが見えている。
尾根筋は南に回り込むように方向を変えるとなだらかに下り始める。
間伐まもない植林の中、相変わらずの作業道を下ると、徐々に弧を描いてきた尾根道からは、峰をひく雨包山が木々の間に見え隠れする。
そうして、尾根を外さないように歩いて左下に恵比寿神社の瓦屋根が見えてくると、作業道を離れ、適当に山肌を下って境内に下り立つ。
恵比寿神社は車道に面しており、真新しい鳥居や、並んで2本のスギが同じく鳥居のように立っている。
神社の建物は比較的新しく簡素なもので、これは「風烈しく吹申所故、堂の破損する事毎度也(宇和旧記)」とあるように、災害の度に幾度も立て替えられ、かつての名残が残されていないためなのであろう。
また、社の横にある広場には相撲の行われていた土俵場の跡が見える。愛媛高知両県からのたくさんの人々や出店で賑わったという縁日でも、特に奉納相撲は近郷に聞こえが高く、腕に覚えのある力士は遠く浜(喜多郡)からも土俵を踏んだという。そういう縁なのかは分からないが、神社の背後にある石碑には五十崎町などの地名も見える。
恵比寿神社に立ち寄る。
そんな恵比寿神社は「キビエビス」とも呼ばれ、これは祭日に参拝者がキビ(トウモロコシ)を持参して供えた事に由来するという。
ここに持ち寄られたキビはそれぞれに交換されることで、優良種が残されていったのである。
単に信仰や娯楽という一面だけでなく、こういうところに、山村で生き抜く人々の生活の知恵やしたたかさを感じるのである。
さて、恵比寿神社からは鳥居をくぐり階段を数歩で車道に降り立つと、左に折れる。
途中で出会う2本の林道はやり過ごし、右下に谷川のせせらぎが聞こえてくると、ほどなく愛車が見えてくる。
城川町にはこんな茶堂がたくさんある。
無事に麓まで下ると、折角だからと宝泉坊温泉に立ち寄った。
想像したよりも爽快だった今日の山旅を振り返りながらどっぷりと湯に浸かってから、待合いに置いてあった蜜柑を剥いて一口ほおばると、甘い果汁が口いっぱいに広がって、ますます爽快な気分になった。
リーズナブルな入湯料といい、甘い蜜柑といい、そして雨包山といい、城川町が大好きになった。
今度また近くの山を訪ねる時には、「かまぼこ板の絵展覧会」を観覧できるように出かけてみようかと思うのだった。
*私たちのコースタイムは以下の通り。
【全行程】
登山口<16分>雨包山山頂<10分>林道終点<17分>城川町林班標柱<20分>恵比寿神社<5分>登山口
=計68分
*雨包山だけで下山する場合は全行程で25分程度です。
登山ガイド
【登山口】
雨包林道にある登山口から登る場合は、愛媛県東宇和郡城川町竜泉の集落の奥から雨包林道に入ります。約1.8km走ると右手に「樽の滝」が現れます。ここには休憩所やトイレもあります。
「樽の滝」から更に林道を3.6kmほど奥に走ると、舗装が切れて二股の分岐になります。
ここで、右上に向かう車道を300mほど行くと右手に作業道が2本現れますが、手前の作業道が雨包山の登山口です。登山口には道標があります。
マイカーは、小型車なら路肩に一台程度は停めることができますが、林道を更に400mほど行くと恵比寿神社がありますので、神社の近くに駐車される方をおすすめします。
また、冒頭で紹介した伐採地から登られる場合は、大規模林道「梼原城川線」の県境付近から西にある作業道入り口が登山口になります。ただし、その道は「一般車通行禁止」でチェーンが掛けられていますから、通行には充分注意してください。念のため作業道を管理する梼原町に問い合わせておくと良いでしょう。
なお、その作業道を使用する場合は、尾根で出会う分岐は左にとり、次の分岐は右に折り返して登る作業道に入れば恵比寿神社に至るそうですが、実際に踏査はしていません。
【コース案内】
登山口から作業道を歩くと3分ほどでT字路になります。ここはどちらに歩いても4分ほどで人工の小さな池のそばに出ます。その池の右手から山道に入ると、10分足らずで山頂に至ります。
山頂から東に向けてなだらかに尾根を3分ほど辿ると、尾根の端から左手に下ります。植林と雑木林の境を歩いて尾根を外さないように進むと左手に真新しい林道が現れます。この林道を下ると登山口と恵比寿神社の間に出ますが、ここでは更に尾根を歩きます。
少し登り返すと幅2m余りが伐採された作業道に出ます。あとは尾根を走るこの作業道を辿ります。
アップダウンを繰り返しながら尾根を行くと、四国カルスト方面が望めます。
やがて「城川町林班標柱」を通過して5分ほどで尾根道は県境を離れます。ここにはかつて県境に沿って営林署の山道があったそうですが今はブッシュになっています。
県境を離れてからも尾根沿いの作業道を辿ります。右下方に大規模な伐採地の見える辺りから作業道は左に方向を変えて下り始めます。脇道は無視して尾根に沿った作業道を下ればまもなく左下に恵比寿神社の屋根が見えてきます。作業道を離れ適当に山肌を下って恵比寿神社に出ます。
あとは車道を歩いて登山口まで帰ります。
備考
尾根筋に水場はありません。