さて、頂には私たちの歩いた道以外に、野々川や郷土の森からの登山道も見える。どれも立派な山道である。最初の山行きはピストンして登山口まで引き返したが、2度目は幸いなことに西土佐村郷土の森に下る機会を得た。

山頂を後にすると、神木といわれるヤブツバキのそばを通り、郷土の森に向かって下山を始める。広い登山道をなだらかに下ると大きなヒメシャラの木を見ながら照葉樹林の中に吸い込まれてゆく。2分も歩けばなだらかになり、山腹をトラバースしてヒノキの植林に入る。植林に入るとまもなく分岐に出会うが、右に見えるトラバース気味の脇道は無視して、広くよく踏まれた山道を下ってゆく。するとすぐ前方に展望が開けて、鷹ノ巣山を正面になよらかな山容の戸祗御前がよく目立つ。ヒノキ植林と伐採後に形成された2次林との境を下ると、まもなく木製のベンチが設置された休憩所が現れる。ここからの展望も素晴らしい。三本杭を盟主に県境のやまなみが目の前に横たわっている。


郷土の森に向けて下る山道からは予土県境の眺望がよい。

眺望を楽しんだら照葉樹林を縫う道幅3m位の広い道を更に下ってゆく。この道は古い山道をジグザグに寸断したつきならしの作業道である。滑りやすい剥き出しの赤土に注意しながら下ると、ほどなく藤ノ川から延びてきた林道に下り立つ。車の最終到達点で言えば、このコースが堂ケ森登山の最短コースといえよう。傍らには草むらに隠れて「道中安全」の舟形地蔵がある。地蔵には大正7年5月の年号が刻まれている。この道が重要な間道として往来の多かった頃の名残であろう。地蔵に手を合わせると、ここからは右にとって少しの間林道を下る。


林道に下り立つ。右手に道中安全の舟形地蔵がある。

毎度ながら味気ない林道歩きも、この先に下山コース最大の見所である「桧仙人」が待ってくれているかと思うとなんだかうきうきしてくる。
先をゆく人々を追いかけるように少し歩を早めて林道を下り、左に大きくヘアピンカーブする辺りから林道を離れて山道へと入る。大きく蛇行する林道をショートカットする急坂の途中、杖ケ尾山国有林に「桧仙人」は立っているのである。北東に戸祗御前山を遠望しながらヒノキの若木林から成木林へと入ってゆく。


たおやかな幡多路の山々の向こうに、高月山や三本杭を望みつつ林道を歩いてゆく。

下方に東屋風の休憩所が見えてくると、山道の左手に「森の巨人たち百選(*1)」に選ばれた「桧仙人」が現れた。その幹周り3m余、樹高33m、推定樹齢300年という「仙人」は林の中にすっくと立っていた。ただ、このヒノキの周りにも同じ大きさのヒノキがあって、案内板がなければすぐには気づかないかも知れない。素性の良さからこの木が選ばれたと言うが、事実、周囲のヒノキとの違いは私には分からなかった。ちなみに、桧仙人の隣に見える大きな切り株は、戦前に天理教が教会の柱材として切り出していった桧の切り株だといわれ、その他にもこの辺りの良質の桧は大阪の四天王寺の柱材にも切り出された記録が残されているという。

(*1)森林保護などの目的で全国の国有林野から選定した代表的な巨樹や巨木100本。高知県では他にさおりが原のイヌザクラやトチノキなど計5本が選定されている。


郷土の森にある「四万十の桧仙人」に挨拶をする。

まさしく歴史のある見事なヒノキ林を見渡しながらひと息つくと、「仙人」に別れを告げて再び坂道を下る。
ヒノキの大木が立つ急斜面の山肌をジグザグに急下降する。登りなら息を切らせそうな急坂だけに、下りは膝に負担が大きい。ステッキに体重をかけながら稲妻状に下ってゆく。
そんな急坂も5分ほど下ると、「郷土の森遊歩道入り口」の道標や「藤ノ川の天然ヒノキ(桧仙人)」の案内板が見えてくると再び林道に下り立つ。ここから郷土の森の広場までは林道(藤ノ川林道虫木山線)を更に5分ほどである。


再び林道に下り立つと、「藤ノ川の天然ヒノキ(桧仙人)」の案内板が立っていた。

ところで、郷土の森のイベント広場では地元の人たちが炊き出しなどで昼食を用意して待っていてくれた。ふっくらしたおむすびに熱いシシ汁(猪汁)やシカ肉のバーベキューなどなど。そして食後には藤ノ川神楽や餅まきなど多彩なイベントが続いた。温かいもてなしにお腹も胸もいっぱいにして、拾ったお餅と楽しい想い出をお土産に、私たちは西土佐村を後にしたのだった。


郷土の森広場では楽しい歓迎が待っていた。




私たちのコースタイムは以下の通り。
【全行程】
登山口<17分>「中間点」の道標<18分>堂ケ森山頂<14分>地蔵(林道)<13分>ヒノキ仙人(休憩所)<5分>案内板(林道)<6分>郷土の森
=73分
*桧尾越えから歩く場合は登山口まで約13分を加算してください。
*山頂から往路を引き返す場合は、(堂ケ森山頂<14分>中間点<12分>登山口=計26分)です。


登山ガイド

【登山口】
西土佐村江川崎から国道441号線と別れて藤ノ川に向かいます。国道から橋を渡るとカヌー館があり、その前の駐車場には堂ケ森の案内板や郷土の森にある「森の巨人百選」の案内板がありますので見ておくとよいでしょう。藤ノ川の集落に入ると、藤川川を挟んで対岸(右手)に河内神社や藤ノ川小学校などが見えてきます。神社や公民館に渡る橋をやり過ごすとすぐに分岐になります。右にとると桧尾越えからの登山口で、左にゆくと郷土の森です。ここは右に向かいます。約1kmほどで未舗装の車道になります。更に500mほどで出会う大政林道との分岐は道なりに左へヘアピンカーブをまいてゆきます。学校入り口の橋から約8kmで出会う竜篠林道との分岐は、ここでも道なりに左へヘアピンカーブしてゆきます。やがて竜篠林道との分岐から700mほど走ると右手にパラボラアンテナが見えてきて、桧尾越えの分岐です。右に下ると中村市です。車道終点の登山口までは更に直進しますが、ここから歩いても健脚なら山頂まで40分ほどの行程です。桧尾越えの分岐から登山口までは車道をほぼ水平に800mあまりです。登山口の広場には普通車なら10台くらいの駐車が可能です。
なお、堂ケ森の登山口は他に、文中で紹介した郷土の森広場や、県道332号線(昭和中村線)の十和村と中村市との峠などがポピュラーです。

【コース案内】
このコースは登山道も道標も整備されていますので迷うことはないでしょう。ただし、郷土の森に下る場合は桧仙人への入り口に注意してください。登り口には案内板がありますが、下りで林道を離れて山道に入る箇所には道標がありませんので注意が必要です。コース案内図を参考に、林道の左ヘアピンカーブで路肩側を注意深く観察すれば入り口は見つかるでしょう。


備考

登山道に水場はありません。

「桧仙人」の近くにある休憩所のそばにはタイムカプセルが埋められていますので注意してください。

藤ノ川の集落には、猿田比古を祀る「河内神社」や、阿弥陀如来像が安置されている茶堂、藤川川を渡る飛び石「石橋」、えんこう(河童)が住んでいたという「ほとけが淵」や、堂ケ市遺跡など、見所がたくさんあります。


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