さて、「人像描画石」に自分なりの判断を下したあとは、登山道を100mほどで五在所ノ峯の山頂に着く。
広々となだらかな山頂には1等三角点本点(点名=五在所森)の大きな標石が頭まで土に埋もれてあり、片隅には立派なコンクリート製八角形の「天測点」(*4)が立っている。
立木には真新しい山名板が下げられ、尾根の北にある「山伏修行場」や「海軍哨戒所跡」を紹介する案内板もあり、もちろんここにも丸太の椅子が用意されている。
そして、山頂は尾根の両側が広範囲に刈り払われ、本来なら鬱蒼と照葉樹林に覆われていたであろう山頂からは想像がつかないほど素晴らしい展望に恵まれている。
山頂から窪川町側には伐採地で見た風景が更に高度を増して、コンディションが良ければ石鎚山までも遠望することができるという。どおりで大観峰(大観望をもじったもの)と言われる訳である。
(*4)天測点とは、恒星を観測して経緯度を求める「天文測量」を行うための測量標のことをいい、昭和30年前後に全国に48点が設置され、その後一部廃止され現在45点がある。五在所ノ峯の天測点は1957年に設置されたもので、四国には他に香川徳島県境の大山に設置されている。
天測点の形状は1辺27cmの八角形からなる大きなもので、これは当時の観測機器を設置するためにこのような観測台が必要だったからである。しかしその後、観測機器の軽量化が計られ、現在はGPSなどの開発により、天測点での観測は行われていないという。
広々とした五在所ノ峯山頂。1等三角点の標石や天測点などがある。
そして、ここからは何といっても太平洋の眺望が素晴らしい。
目の前に広がる雄大な太平洋の景色は眺めているだけで時間の経つのを忘れてしまう。
普段なら紺碧の海が輝いて見えて、それはそれは素晴らしい眺めだと言うが、今日の海は一面の綿雲から差し込むスペクトルが、まるで大きな湖をシャーベットで覆ってしまったように照らしていて、これはこれで素晴らしい眺めである。
凍ったような太平洋の左手前には興津の漁村が見えて、中央には一礁ハエも見える。
そして、太平洋の両端には足摺岬と室戸岬がはっきりと見えていて、こうしてみるとまるで四国が太平洋を抱え込んでいるようにも見える。
東西に細長い高知県で両岬(足摺と室戸)がこんなに近くに一度に見えるのは、案外、有りそうで無い風景であり、さすが1等三角点本点だと妙な納得をしつつ、昼食にはまだ早いのでコーヒーをいただきながらくつろぐことにした。
しかし、温かいコーヒーも飲み干してしまうと、まだ3月も彼岸前の寒さは身に凍みて、それではと山頂を後に、「哨戒所跡」まで歩いてみることにした。
山頂から北へとなだらかに行くと、3分ほどで岩場が現れ、「弘化3年(1846年)午九月吉日 奉寄進」と刻まれた手水鉢に出会う。
ここが行場、つまり山伏の修行場だったといわれる所で、苔生した岩の陰には石積みの祠もある。
山伏の行場には祠があり、注連縄が張られている。
さて、行場から更にヤセ尾根を北へ、ゴロゴロした岩に足を取られないよう注意しながら2分ほどで「哨戒所跡」の広場に着く。
ここは第2次大戦の時に、日本軍が米軍機の飛来を哨戒した(見張り警戒した)場所であり、広場には当時の施設の名残であるコンクリートの基礎などが認められる。
もちろん苦い戦争の遺産ではあるが、あえて純粋に展望を楽しめばよいと思う。
ここには素朴なベンチが用意されていてちっぽけな人間の思惑など吹き飛んでしまいそうな展望が広がっている。
哨戒所跡の広場にて。ここからの太平洋も素晴らしい。
さて、哨戒所跡から町界尾根は一旦鋭く落ち込んで更に北東へと大谷山に向かっているが、今回の私たちはここで引き返すことにした。
往路を伐採地まで引き返すと、そこから右手の山道に逸れて別ルートで下ることにする。
こちらのコースは往路のように整備こそされていないが道は思ったほど荒れてもいない。
山腹を横切り別ルートで下山する。
涸れ谷を横切り、ヒノキと照葉樹林の中をなだらかにトラバースして行くと、伐採地から10分ほどで道はシダの藪になるが、よく見るとその藪の手前で左手に折り返すような下り坂が現れる。
その下り坂をつづら折れに、左下方に谷音を聞きながら10分余り下ると、明瞭な横道に出て、左折するとすぐに小さな谷川と出会う。
このささやかな流れはやがて吉見川を経て大河四万十川へと注ぎ込むのである。
吉見川の支流の小さな谷を渡る。
谷川を渡ると薄暗い植林の中で分岐に出会うが、まっすぐに下ってゆくと、道の脇に黒いホースが現れ、麓の近いことが想像できる。
そして谷を横切ってから5分ほどして、小さな丸太橋を渡ると林道終点に飛び出す。
あとは、林道を5分あまりで作業小屋が見えてきて、行きに通った登山口を経て、更に5分余りで国道脇の登山口に帰り着く。
さて、五在所ノ峯からの素晴らしい展望を思い起こしながら、もう一度登山口の立派な看板を見上げてみた。
なるほど、五在所ノ峯を中心に、その両端に長く突き出しているのは室戸岬と足摺岬だったのである。
素晴らしくデフォルメされた案内板に感嘆しつつ、登山靴を脱いだ。
*全行程の私たちの所要時間(コースタイム)は以下の通り。
【往路】
国道脇登山口(林道入口)<7分>林道上の登山口<28分>伐採地(北の展望/分岐点)<2分>太平洋の展望所<3分>佐賀町分岐<6分>人造描画石<3分>五在所ノ峯山頂
=計49分
【復路】
五在所ノ峯山頂<3分>行場(山伏修行場)<2分>米軍機哨戒所跡<4分>五在所ノ峯山頂<12分>伐採地(北の展望/分岐点)<22分>谷(水場)<6分>林道終点<7分>林道上の登山口<6分>国道脇登山口(林道入口)
=計62分
*行場や米軍機哨戒所跡に立ち寄らない場合の下山所要時間は約53分。また、往路をそのまま引き返した場合の所要時間はおよそ30分。
備考
帰途に使用したコースで出会った谷川以外に水場は有りません、ご注意ください。
佐賀町側から登る場合は、佐賀町市野瀬の国道55号線沿いにある看板に従って林道を東進すると、約2.5Kmで五在所山と書かれた登山口に至り、そこから登山道を谷沿いに進み、約650mで岩屋地蔵(磨崖仏)を経て、更に1500mで山頂に至るようです。