細藪山 2002年5月25日
山姥(やまんば)と聞くと白髪をふり乱しながら空を飛ぶ恐ろしい老婆の妖怪を思い浮かべるが、高知県各地に祀られている「山姥さま」は山の神として崇められ、豊作をもたらす福の神として、そこにはおどろおどろした暗い雰囲気はない。
この細藪山にある「山姥神社」にもそんな山姥さまが祀られている。
細藪山へ登るには、北の上倉からのコースと南の白木谷からのコースがあり、今回は白木谷コースの途中から登ることにした。
南国市笠ノ川で国道32号線から県道269号線「重倉笠ノ川線」に乗り入れて、南国市白木谷のタチバナや梅林などを眺めながら高知市との境まで行くと十字路(久礼野バス停)になる。ここで右手に折り返すように狭い車道に入り北をめざすとほぼ一本道で登山口まで向かう。
この道はかつて高知と本山・土佐町を結んだ北山越えのひとつ、往還の「中川越え」の一部である。
現在この道は登山口まで全線舗装はされているものの幅員は狭くカーブもきついので軽自動車でのアプローチが無難である。
また、南国市上倉と土佐山村菖蒲との境からもこの道に乗り入れることができるが、そちらも道幅は狭く未舗装で、しかも道脇の草木が繁っている場合もあるので注意を要する。
ともかく、久礼野バス停から狭い車道を約2.7kmで、なだらかに尾根を越える峠らしき場所にさしかかると、登山口に着く。
登山口には大きな鳥居と、地主若宮様の祠がある。
祠のそばの広い待避所に車を止めてザックを背負う。
細藪山へはこの「山姥神社(やまんばじんじゃ)」の鳥居から登り始める。
左手前の祠は若宮様。細藪山へは正面の鳥居をくぐって登って行く。
ひと所に6本もまとまって立つ鳥居を抜けて、スギの植林に囲まれた道を登って行く。
登山道の途中にある「山姥神社」までは、このよく整備された参道を辿る。
少し行くと道の右脇に小さな祠が祀られていたりする。
植林の中の参道は昼でも薄暗い。
落ち葉踏む参道を5分あまりで照葉樹林に囲まれた山姥神社に着く。
ここにも立派な鳥居(昭和30年7月吉日の銘)や昭和34年と刻まれた狛犬が奉献されている。
道のそばには立派なトイレも整備されている。
神社は鳥居をくぐり奥に向かうと「山姥権現」を祀った本殿があり、ご神体は奇妙な形をした石灰岩の岩場である。
ここでもすべての物に神が宿る多神教の世界が生きている。
山姥神社。細藪山へは画面左の道を更に奥へと向かう。
山姥神社は、仁井田神社飛地境内社として、麓の白木谷にある仁井田神社には山姥権現の分霊を祀った祠がある。
もともと山姥は伊勢の国から土佐郡一宮に移り住み、世のならいにて山に捨てられ小滝集落界隈にて果てたといわれる。
この細藪山の山姥権現については、麓の仁井田神社に合祀しようとした際、その移転費用に充てるため境内の立木を伐採しようとしたところ木の切り口から鮮血が流れ大音響が起こるなどの変事が続発し、ついに合祀は取り止めになったという経緯がある。
山の神だけに麓には下りたくなかったということらしい。
山姥神社を管理している小滝の集落はすっかり寂れてしまったが、それでも県下各地にたくさんの氏子がいて、不思議なことに山の神というのに漁師にも信者が多い。
それは、かつて沖合の海上を航行中の漁船が進路を見失いかけた時、この細藪山が明るく光って漁船を安全な航路に導いたという言い伝えからであろう。
細藪山と山姥神社については様々な伝説があって、山姥神社の下にあった芋畑や麦畑はたいそう豊作だったといわれる。
ある時、刈っても刈っても生えてくる麦に嬉しさを通り越して業を煮やした農家が麦畑を焼き払ったところ、そこからはどんなにしても2度と麦は生えてこなかったと言う。世の中にこれで充分ということは無く、いつまでも精進しなさいという例話らしく、福の神・豊作の神としての伝説である。
また、山姥権現すなわち福の神という因縁からか、この神社は「賭け事」の神様としても有名である。
今から30年以上も前には、年に数度の大祭の度にバスが増発便を出し、白木谷からの参道には参詣者の長い列ができていたそうである。
山姥神社の横には奇妙な形の石灰岩を祀った祠もある。
さて、山姥神社に参詣をすませた後は、境内の左手の立派な道を辿り、右手に山の神の祭場を抜け、ほどなく尾根に出る。
尾根の植林はやがて竹混じりになり、左手には露出した石灰岩が白く見えている。
ツバキの木や、足元にオオハンゲの大きな葉っぱを見ながら、山姥神社から5分ほど来た尾根で右手にミツバチの巣箱が置かれているのが見える。
この巣箱の傍に行くと採石跡の断崖に出て、マツの木の元にしゃがみ込むとわずかながら香長平野の展望が楽しめる。
この登山道中、唯一の展望であるが、断崖の上なので足元には充分注意して欲しい。
採石跡の断崖上から香長平野を眺める。
さて、登山道に戻って先に進むと、道は尾根を逸れて竹林に向かい、やがて少し勾配のある登り坂になる。
昼なお薄暗い林を折りかえしながら、降り積もった落ち葉を踏んで登って行くと、やがて左手にこんもりとしたピークを見て道はなだらかになる。
ここで左手の高いところが細藪山の山頂なので取りつきの赤いテープに注意する。
ここは特に目標物はないが、ミツバチの巣箱が置いてあった展望所から約8分、山姥神社からだと約13分のところで、この時も立木に赤いテープが5個も付けられて賑やかだったので気をつけていれば見過ごすことはないだろう。
ちなみに、見過ごして行き過ぎても当分なだらかな尾根道が続くので引き返すのも容易い。
山頂への入り口付近、左手の立木にいくつか赤いテープが付けられている。
赤テープから左へと踏み跡を辿れば1分で山頂の三角点に辿り着く。
山頂には2等三角点の標石があり、登頂記念に立てられた小さな山名板がひとつある。
周りはアセビやアカマツ、カシの木などに囲まれ展望は皆無である。
細藪山は「土佐州郡志」に「禁私伐採」とある、いわゆる御留山だったがその頃の様子は今では分からない。
山の南は採掘され、残された山肌のほとんどは植林に覆われ、当時の面影が残るとすれば山姥神社の社叢ぐらいであろうか。
細藪山山頂。中央に三角点の標石と1枚の山名板がある。
山頂さえ確かめたらそれ以上長居する気分にはなれず早々に下山を開始した。
帰途は往路を引き返すのが無難だが、車を回送しておけば山頂から更に東に歩いて上倉に下ることもできる。
上倉に下る道はヤブもない快適な道だが、植林と照葉樹林に囲まれた薄暗い林で、これといった見どころは無い。
以上のように細藪山は登山対象とするには少し物足りない山だが、季節が春なら白木谷の梅林を訪ねたついでに山姥神社の参詣をかねて足を延ばしてみるのもよいだろう。
*全行程の私の所要時間(コースタイム)は以下の通り。
【往路】
登山口<6分>山姥神社<14分>山頂
【復路】
山頂<10分>山姥神社<4分>登山口
備考
登山口から久礼野方向(南西)に200m程車道を行った山手には水場があり、親切に柄杓(ヒシャク)などが用意されています。
登山口の鳥居まで、山麓の白木谷集落からかつての参道を歩くこともできます。
その場合は、白木谷にある仁井田神社の左手の車道を行き止まりの小滝集落まで行ってから山道を登ります。
地元の人のお話では車道終点から鳥居までは40分もみておけばよいとのことでしたが、今では通る人もなく道の状態は良くないと思われます。
細藪山南麓にある石灰岩は、昭和35年頃から四国鉱発株式会社の白木谷鉱山によって採掘されている。