さて、登山道はここから雑木林の中を登り、標高を稼ぎながら、29番から34番までの札所を一気に過ぎると「さあもうひとがんばり」の看板が現れる。ここから山頂までは距離にして550mほどとある。
誰とはなく看板の文字を口に出して、それに勇気づけられるように更に登れば、口開け岩を過ぎて清滝寺と青龍寺の石仏が仲良く並んでいるそばを通り、およそ一分ごとに現れる石仏に励まされながら先を急ぐ。


舟形上部の欠けた清滝寺薬師如来像と、剣を頬に当てた青龍寺不動明王が仲良く並ぶ。

そうしてヒサカキの林を抜けると39番「延光寺」の石仏が現れる。この石仏には「元石見寺」の文字が見えるが、かつて延光寺は石見寺の末寺であり、もとは石見寺が39番の札所であったといわれる。おそらくここには石見寺の薬師如来が配されていたものと思われるが、残念ながら現在のものは新しく取り替えられたものであろう、変わって真新しく立派な薬師如来座像が置かれている。


39番札所延光寺の石仏。台座には「元石見寺」の文字が見える。

ともかく、ここで土佐路の札所巡りは終わり、参道は伊予路に向かうことになる。
それにしても、実際は東西に長く辛い土佐路の霊場巡りも、このミニお四国なら、坂道とはいえ30分あまりで無事に終えることができる。この手軽さが各地にミニお四国のできた所以でもあろう。
そして尾根の左手を巻き、再び尾根に出ると39番から1分ほどで早くも伊予の観自在寺の石仏と出会うのである。
更に左手に41番の石仏を過ぎる頃、道は急坂になり、42番、43番を経てようやくなだらかになり、登山道の両脇に雰囲気の良い竹林が現れる。
この竹林一帯は京都の嵯峨野を彷彿とさせるところからその名もズバリ「嵯峨野」と呼ばれ、その昔、一条公も遠い京都を懐かしんだものかもしれない。


登山道の両脇に嵯峨野風の竹林が広がる。ここから山頂まではあと150mほど。

さて、嵯峨野と名付けられた一帯を過ぎると44番を経て、45番の石仏が現れると、視界が開けてきてようやく石見寺山の山頂に着く。

石見寺山の頂は想像していたよりも広くて、よく整備されていることに感激する。
なにより高知県の低山にありがちな鬱蒼とした林がないことは、いかにこの山に"隠れた手"が入れられているのかを如実に表している。
きっと「東山自然愛好会」をはじめハイキングの好きな中村市の澤田市長など、この山を愛する多くの手によって今の姿が保たれているのであろう、頭の下がる思いがする。それはぐるり見渡しても植樹されたであろう木々で肯けるし、丸太の展望台もその最たるものである。
それこそ一条公以来中村市の鬼門として崇められてきた石見寺山ならではのものであろう。
それだけ市民に親しまれたこの山は、「石見寺山の深緑、希望は高き香山寺」と中村高等女学校の校歌にも詠われている。
そんな山頂の中央には真新しい2等三角点の標石があり、古くなって角の取れたかつての標石は展望台のそばに片づけられている。
その古い標石の置かれている場所には祭場のような石積みがあるが、これは石鎚山山開きに合わせて石鎚権現を祀っていた名残なのかもしれない。


夕日に照らされる石見寺山山頂。

ところで、展望台の上に望遠鏡が見えたので、100円玉をポケットに入れて展望台に上がったが、嬉しいことに「無料」だった。
この望遠鏡には「くじらの見える望遠鏡」との案内板があり、運が良ければ南の太平洋上で潮を吹く鯨を見ることができるかもしれない。

それにしても、この展望台からの眺めは素晴らしい。
360度どこにも遮るものが無い値千金の眺望は、西に鬼ケ城山系が逆光に浮かび、北に土予県境のやまなみが幾重も続き、東には井の岬が太平洋に突き出て景勝入野松原を囲い、群青の海は水平線まで青く続いている。
その右手にはご飯を盛ったように飯積山がやさしい山容を見せ、ぐるり一回りすると南に大河四万十川が太平洋へ注ぎ、香山寺の手前には小京都中村の街並みが広がっている。
石見寺山は地元幼稚園の遠足の山でもあるが、小さな歩幅で息を切らせて頑張ったご褒美以上の展望がここにはある。


展望台の上から眺望を楽しむ。左上は太平洋に注ぎ込む四万十川河口。

そうして山頂で楽しいひとときを過ごすが、登り始めたのが16時前という事もあり、もう陽はだいぶ傾いてきた。幡多路の日暮れはゆっくりとはいえ、もうそろそろ下山を始めなければ、帰路は谷沿いなので暗くなるのも早い。


山頂から東へと向かって下山を始める。手前には真新しい三角点の標石。

名残を惜しみながら山頂を後にして、谷沿いに再びミニお四国の石仏を巡ることにする。
山頂から、左手にヒノキ、右手に雑木林を見ながら尾根を東に1分ほどで右手に下る確かな踏み跡を追いかける。
ヒノキ林に入るとすぐに46番と47番の石仏が道の左手に並んで待ってくれている。
石仏への挨拶もそこそこに案外急な坂道を下ってゆく。しばらく続くヒノキの林はしかし鬱陶しさは感じない。

その後、山道はシイ、カシの照葉樹林に入り、急坂に張られたロープにも助けられながら、スギの植林に滑り込む。
短い間隔で並ぶ石仏を手短に巡礼しながら坂道を下れば、左下方から水音が聞こえ始める。
やがて56番の石仏を過ぎる頃に山道の傾斜は緩やかになり、60番の石仏と出会うと木橋を2ケ所渡り、小さな谷の左岸を下る。
間もなく、65番の石仏手前から谷まで下りると、そのまま対岸に渡り、今度は谷の右岸を下ることになる。
そうして山頂から30分も下ってくると左下方から大きな滝の音が聞こえ始める。


谷を対岸に渡るとしばらく沢沿いに下る。

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