74番の石仏の手前を左へと、安並公社造林地の看板を目安に谷川に寄り道すれば、そこには名勝「安吾の瀧(やすごのたき)」がある。
滝へは、70番から谷に向かい小さな小屋の横を通り、石鎚の祠を経て滝の上部に出ることも可能である。そして、無理すれば祠から滝の下に下りることも可能だが、しかし、かつて整備された橋や崖に渡された土止めの材などはすべて朽ち果てているのでよほどの注意が必要である。
なお、石鎚の祠がある場所にはかつて石鎚権現が安置されていて、石鎚山山開きには石見寺山山頂に持ち上げていたらしい(ご神体を山頂に持ち上げる行事を「お上り」という)。このことから、石見寺山は石鎚講の遙拝所であったと考えられ、滝はその昔、石鎚信仰の修験の行場とされていたものと思われる。滝の上の祠のそばには巻き上げられた鉄鎖が束ねてあったが、それはかつて安吾の滝に鎖が下げられていた証である。


名勝「安吾の滝」は珍しい「裏見の滝」でもある。

ところで、安吾の滝は落差約8mほど。谷の規模からして水量はそう多くないが、辺りの景観とあいまって独特の雰囲気を醸し出している。
それはこの滝が「裏見の滝」であることにもよる。
滝壺には、「安吾林間憩の家」と名付けられたあずま屋風の休憩所があり、これは間伐材有効利用のモデル事業として昭和60年3月に中村市が設置したものである。この休憩所と72番の石仏のそばから滝に向かって左手(谷の右岸)を注意して歩けば、オーバーハングして流れ落ちる滝の裏側を通過できるように道がつけられていて、そこから滝の裏側を見ることができるので「裏見の滝」なのである。ちなみに、その道はさきに述べた滝上の祠まで通じているが、歩行には注意を要する。

滝といえば大蛇や龍の伝説がつきものだが、安吾の滝にも大蛇伝説があり、その昔、滝壺には真っ黒な大蛇が住んでいたといわれる。
そこで、そんな滝に誘われても行きたくない時には「まっくろくろくろ、くろくちながおるけん、わしゃ行くのを止めた」と歌って断ったと言われる。なお、「くちな」とは蛇のことである。

さて、滝が薄暗いのはなにも覆い茂る木々のせいばかりではなく、日暮れが近くなったせいでもある。滝見物はこのあたりにして参道に戻るとロープ場を下り、炭窯跡を見ながら帰途を急ぐ。
間もなく、谷の右岸を下っていた道は前方で鉄製(グレイティング)の橋を渡り、谷の左岸を下ってゆく。


谷を渡ると左岸を下る。

そのうち、右手の谷に戦前のものと思われる堰堤の石積みが段々に続き、とても人力とは思えないほど美しく見事な土木工事に感嘆しながら、なだらかな下り道になる。
やがて花盛りのシャガの群落を抜け、86番の石仏を経て、堰堤のひとつを対岸に渡ると石鎚神社の社に辿り着く。ここまで安吾の滝から20分足らず、山頂からは50分あまりだった。


堰堤を渡ると正面に石鎚神社の社があらわれる。

さて、石鎚神社の社からは100mほどで舗装された車道に出て、民家の脇に87番の石仏を見つければ、いよいよミニお四国巡りもクライマックスである。
1番から登ったならあとは88番に道中安全のお礼を告げれば八十八ケ所巡りは無事に達成されて、きっと大願成就とあいなるであろう。


集落の角に、立派な五輪塔と共に1番の石仏がある。

しかし、私たちの場合は石見寺駐車場横の9番から歩き始めたために、88番から1番に戻った後も、集落から駐車場まで残りの石仏を辿らなければならなかった。
集落の角地で立派な五輪塔と並んである1番の石仏からは民家のそばを通り、墓地を抜ける舗装された坂道を登って、正面に8番の石仏が見えてくると石見寺への石段が始まる。
そうして石段の中ほどで見覚えのある石仏に出会えば、私たちのお四国巡りは終わり、駐車場に帰り着く。


石見寺に続く石段を登る。左下は8番の石仏。

ところで、私の巡礼の御利益はどうだったかと言えば、だいたい私はこういう事になると疎くて、いざ「願い事」となると身構えてしまい、挙げ句にはあれもこれもと石仏ごとに願い事が変わってしまう始末だから、神仏にはとっくに見放されているらしい。いまだに"どの"願い事もかなった様子がない。
しかし考えてみれば、ミニお四国を巡りながら様々な知的好奇心を満たしてくれたこの山こそが、私へのこのたびの御利益だったとも思えるのである。



*全行程の私たちの所要時間(コースタイム)は以下の通り。
【往路】
登山口(石見寺駐車場)<2分>石見寺<20分>送電鉄塔<33分>嵯峨野<3分>石見寺山山頂
=計58分

【復路】
石見寺山山頂<34分>安吾の滝<18分>石鎚神社<12分>1番の石仏<9分>登山口(石見寺駐車場)
=計73分


備考

往路に水場はありません。

大方町御坊畑(ゴボウバタ)には、かつて石見寺の奥の院があったそうです。

この案内を記すにあたり、石見寺の賢聖であられる「森晃石(もりこうせき)住職」に大変お世話になりました。この場をお借りして心よりお礼申し上げます。


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