霧立山  2004年11月

親切な森林官に事前に詳しく聞いておいたのでそれほど躊躇はしなかったが、そうでなければ登山口を探すのにひどく手間取ったことだろう。そほど登山口は目立たない所にあった。
しかし、それらしい踏み跡を這い上がって植林に入ると細い踏み跡があり、左にとって支尾根に立つと聞いておいた通りに明確な尾根道があらわれた。

土予県境に位置する霧立山に登るなら愛媛県日吉村節安からアプローチするのが「楽」そうだと考えてから、あれこれコースを想定してみたが決め手は森林官のひと言だった。「山頂までの所要時間は約2時間」。長すぎず、決して短すぎることもない。この程度の時間なら私たちの体力にぴったりである。迷わず「そこから登ってみます」と告げて教えてもらったのがこの登山口だった。それは節安林道のゲートから100mほど先で山肌に這い上がる細い踏み跡だった。

 
節安林道のゲートから歩き始める(左)と、100mほどで山手の登山道に踏み入れる(右)。

支尾根に出てからの山道は一度岩場を迂回する程度で、しばらく尾根沿いに登っている。道の左手は小さな渓谷に向かって切れ落ちる断崖で、覗き込むと足のすくむような斜面だが、おかげで自然は残されている。
まもなく両側が切れ落ちたヤセ尾根を通過すると十字路を直進して、尾根沿いに登る。すぐまた出会うY字路も直進しヒノキの植林をひたすら登ってゆく。その後も僅かになだらかな箇所があるものの、登山道はほぼ同じ勾配で標高を稼いでいる。辺りはつまらない景色の連続だけに、こういう時は世間話で気を紛らわせるのが私たちの常である。それも時として話に夢中になり大事な分岐を見逃してしまうこともままある。この日もおしゃべりに夢中になっているうちにいつの間にか辺りは自然林になっていた。足もとの落ち葉が心地よい広葉樹の林である。色とりどりの紅葉が目を楽しませてくれる中を登ってゆけば、右手にはお馴染みの植林も見えるが、それも明るくて陰気さは感じない。


最初は支尾根を辿る味気ない坂道がしばらく続く。

やがて細長く伐採された林の切れ目に立って北西を覗くと、ひときわ目を惹く山があるので、その山名を同定しながら最初の休憩をとることにした。
それは県境に聳える高研山だった。非火山性弧峰だけあって秀麗な山容が美しい。四国の山に色濃く残る平家伝説を秘めた高研山に、いっとき遊んだあの夏の日が蘇ってくる。思い出話に花を咲かせながらお茶で喉を潤した。


北西に聳える高研山を眺めながら小休止をとる。

身体が冷えてしまわないうちに再びザックを背負うと、辺り一面に豊かな自然林を歩き始める。
晩秋の紅葉に包まれて緩やかに坂道を登ってゆくとヒメシャラやイロハモミジ、ウリハダカエデやシロモジ、ヒロハモミジなどが美しい。山中からはシカの鳴き声が届き、はらはらと散る紅葉の音さえ聞こえそうで、木漏れ日が差し込む林には光の粒子も輝いている。
そんな林を登る山道の右手には姿形の良いブナも見えてきた。四国のブナらしく枝をくねらせて陽光を受け止めている。ゴツゴツとしていてまるでスマートさはないが、その無骨さに心惹かれる。誰とはなくブナのもとに駆け寄ると梢を見上げた。
この辺りからは目立ってブナが多くなる。一方、踏み跡は少し分かりづらくなるが、こんな林ならどこを歩いても心地よい。よく見ると尾根を縫うように山道はあるのだが、不明瞭なところでは尾根を外さなければ迷うこともない。


紅葉の自然林をゆく。

行く手の奥に県境の稜線が見えてくると、山道は勾配のきつい直登になる。しかしそれも数分で再び緩やかになると、植林と自然林との植生境をなだらかに登ることになる。ずっと尾根沿いに来て、右手の植林が切れる辺りで、行動食をとることにした。朝が早かったのでみんな空腹に耐えかねていたのである。目の前に控える急坂の手前でエネルギーを補給すると再び気持ちよい自然林の中を歩き始めた。
空腹を癒して気分転換すれば急坂も苦にはならない。登りきればなだらかな自然林に吸い込まれ、身体のどこかしこからふつふつとエネルギーが湧いてくる気さえする。春や初夏なら様々な山野草で林床も彩られることだろう。この季節でも咲き残ったリンドウ、ノコンギクやヤマウドの花、そしてツルリンドウの紅紫の実が目を楽しませてくれる。


稜線が近くなるとなだらかに県境へ向かう。