いつのまにか周りの峰々と肩を並べるまで来れば、なだらかになった山道は徐々に方向を変えて県境へ向かう。ところが、快適にコブをふたつほど越えた先で、いきなり作業道に出くわして唖然としてしまった。節安林道から延びてきたのであろう、ごく最近に突きならした作業道は山腹を県境に向かっている。こんなことはよくあることだが、事前に聞いていなかっただけに一同うなだれてしまった。「親切」な森林官が一瞬「不親切」にも思えたが、しかしぬかるんだ作業道を少し歩いてみるとこれはこれで幸運だったことが分かる。見渡すと辺りは深いササに覆われており、余計な藪こぎを強いられることなく快適に歩けるだけでも幸いなことだった。


ブナ林に切り通された真新しい作業道を辿る。

南にお椀を伏せたようにこんもりとして見えた地蔵山もすでに山影へ隠れると、作業道からは北に四国カルストが一望になる。ゆったりとした五段城や姫鶴平、そして風力発電の風車までがくっきりと見えている。源氏駄馬からは重畳たる県境のやまなみが高研山へと雪崩れている。
やがて道の左手にほれぼれとするほど枝振りの良いブナがあらわれた。ふた抱え以上ある古木は空を覆っている。見上げると、おおかた葉を落とした梢を冬支度に忙しない小鳥たちが飛び交い、山はまもなく冬を迎えようとしている。もうひと月もすれば木枯らしが雪を運んで来るに違いない。立ち並ぶブナたちには何度目の冬だろうか。気の遠くなる歳月に思いを馳せながら少しだけ歩を早めた。


県境の近くで空に根を張るブナの古木。

右上にコブ状のピークが見えてくると、左手はヒノキの植林になり、まもなくなだらかにとって、作業道は県境のコルを高知県側に越える。峠状のコルは広々としており、高知県側に少し下ると笹平山などを望むことができる。ところで、霧立山へはこのコルで作業道を離れ県境の稜線を辿ることになる。目についた水色のテープをサインに林の中へ踏み込んでゆく。

しかし、作業道から霧立山の頂に向かう稜線に明確な道は見当たらない。前方に深いササ藪が見えてくるとますます踏み跡は不明瞭になる。しかし、ササ藪を左手に逸れて、ブッシュの薄い箇所を選びながら県境と平行に進むと所々に踏み跡があらわれる。ササの繁るコブを右手にふたつほどやり過ごすと、ブッシュの切れ目から稜線に乗り、なだらかに行けばまもなく山頂に至る。


作業道を辿り、なだらかな県境の稜線に出る。

辿り着いた山頂の周囲はブナ混じりの雑木林で、林床には実を付けたマムシ草などが見える。ところどころにイノシシの掘り返した跡もある。倒木の陰には三等三角点の標石や国地院の標柱があり、傍らには古びて文字の消えてしまった山名板がある。
展望は決して良くないが、葉を落とした木々の間からは遙か下に梼原川を覗き、北東には天狗森や黒滝山などカルスト方向のやまなみを望むことができる。
地形的には三方に切れ落ちており、険しい山の印象を受ける。このことから切り立った山である「切り立ち山」から「霧立山」に転じたとも考えられる。もっとも高い山だけに夏場は上昇気流が雲を集め、霧が立ち昇る山と化することも容易に想像はされるのだが。
さて、山頂から少し離れたところに木漏れ日を求めて待望の昼食をとることにした。


木々におおわれた霧立山山頂。足もとに三角点の標石がある。

ゆったりと食後のコーヒーまで楽しみ終えると、帰路は往路を引き返すことにする。
穏やかな秋陽をうけながら、木立に長い影をひいて山を下る。

思えば、県境まで延びた林道のせいで、いずれ霧立山も身近な山に変貌するだろう。しかし、もう一度今日と同じ道を歩いて、今度は地蔵山まで足を延ばしてみたいと思う。いっそ下山口は「相の川」にしようか、たっぷり遊べるプランも組めるに違いない。もっともっと体力や技量をつけたならいつか挑戦してみたいと思いながら山を下りた。


木立が長い影を落とす中、晩秋の山を下る。




私たちのコースタイムは以下の通り。
【往路】
節安林道ゲート<4分>登山口<12分>十字路<72分>作業道出合<15分>県境のコル<12分>山頂
=115分

【復路】
山頂<10分>県境のコル<11分>作業道出合<48分>十字路<9分>登山口<3分>林道ゲート
=81分


登山ガイド

【登山口】
国道197号線で高知県梼原町から愛媛県日吉村に入ると、「道の駅日吉村」から県道285号線(節安下鍵山線)に入り「節安(せっつやす)ふれあいの森」に向かいます。国道から約16km走ると「節安ふれあいの森」に着きます。ふれあいの森からは節安林道に入ります。林道入り口には「地蔵山登山口」の道標があります。ふれあいの森から約2.5kmで「車両進入禁止」の看板が立つ国有林のゲートが現れます。マイカーはゲートの手前の広場に駐車します。ゲートからは林道を歩きます。すぐに小谷にかかる小さな橋を渡って、国有林47林班と48林班の境界標識を通過すると、ゲートから100mほどのところに登山口があります。登山口は大きな左カーブの少し手前で、左上に折り返して這い上がる小さな踏み跡です。

【コース案内】
登山口から山手に這い上がると林に入ります。林に入るとすぐに左手にとって踏み跡を辿り、植林の中を支尾根に向かいます。立木にテープのコースサインもあります。支尾根に出るとすぐに岩場を右手に巻きますが、あとはずっと支尾根を辿ります。十字路やY字路は直進して登ります。その後、ブナ林に入った辺りで山道がやや不明瞭になりますが、尾根を外さなければ迷うこともないでしょう。やがて真新しい作業道に出ると県境の稜線までその作業道を歩きます。広々とした稜線のコルからは作業道を離れて県境を辿れば山頂です。帰路は往路を引き返します。


備考

登山道に水場はありません。

日吉村(現在は鬼北町)「節安」は村内最奥の集落で、「山」を運命共同体とする山村集落でした。昭和48年冬の記録的豪雪と、その夏の記録的豪雨が集団離村を余儀なくし、現在は廃村となっていますが、村内出身者による出作り(出戻り生産)は続けられています。

「節安ふれあいの森」にはログハウスがあり、りんご園や山葵園の他、各種イベントでシーズンは賑わっています。宿泊を兼ねた登山をプランされる場合は「ふれあいの森(電話0895-44-2990)」までお問い合わせ下さい。


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