古敷谷山〜みやびの丘  2003年9月

みやびの丘から口西山に向けて延びる尾根筋は登山者の間でたびたび話題に上るコースである。
古敷谷山はその尾根筋にあり、みやびの丘より標高にして90mほど低い。したがってみやびの丘から登ると下る山歩きになって、文字通り「登山」とは言い難い。それはそれで手軽なハイキングなのだが、私たちはもう少し麓から登ることにした。

下山口であるみやびの丘入り口に友人の車を回送すると、私の車で登山口に向かった。
今回の登山口は口西橋のすぐそばにある。別府峡沿いの「ふるさと林道大栃線」を石立山登山口から2.5kmほど上流に向かうと口西橋を渡る。その橋の30mほど北、山側の擁壁に手すりのつけられた歩道があがっているが、ここから登ることにしたのである。みやびの丘の下山口からは林道を10kmほど下ったところになる。

ところでこの日、私たちはそれらしい登山口をもう1ケ所見つけていた。それは口西橋そばの登山口から更に上方で林道の脇に小さな踏み跡がある程度のものだったが、実はこちらが正解だった。
しかし、情報を持たない私たちは地図に破線の記された道の方を選んだのである。


こちらは地図に記載のない"正しい"登山口。山手に小道が上がっている。

ともかく、橋のそばの登山口から地図に記された破線を頼りに歩き始めた。
擁壁の上からザレ場を10mほど直登すると、植林の中をジグザグに登りぐいぐいと標高を稼いでゆく。ひたすら小さな支尾根を縫うように登ると、登山口から15分足らずで、正面に石垣が見えてくる。ここまでの山道はいたって明瞭である。ところが、石垣の上を走るかつての造林作業道に出ると、随分荒れはてた道に驚かされる。ここから国土地理院の地図通りに左へと歩道を辿るが、いきなり幅100mもあるザレ場のトラバースを強いられる。ここは何とか強硬に突破したものの、この後も荒れた砂防堰堤や激しい崩壊地の連続に、ついに撤退を余儀なくされた。それは半時間あまりの時間の浪費だった。


地図の破線は崩壊の連続で廃道と化していた。

もとの場所まで引き返すと、今度はかつての作業道を右手へと辿ることにした。もうひとつの登山口からの道に山腹をトラバースして取り付こうと考えたのである。路肩を石垣で積み上げた作業道を辿ると、かつて敷設された軌道跡にレールも見える。
やがて、高い石積みの広場からさらにザレ場をトラバースするとほどなく明確な山道に出た。この道は下方から尾根をジグザグにあがってきている。傍らの立木には黄色いテープのコースサインもある。どうやら目的通りもう一つの登山口から上がってきた道に出たらしい。
ひとまずここで小休止し仕切り直すことにする。


彷徨の末、もうひとつの登山口からの山道に出る。

こちらの山道は快適である。気分を取り直すと、照葉樹の落ち葉を踏みながら山道を登ってゆく。
やがて照葉樹林帯から、トチノキ、ツガ、ヒメシャラなどの自然林が残る広葉樹林帯に入ると、前方の岩場で道は少し不明瞭になるが、左右どちらを巻いても岩場の上で山道は合流する。ほどなくなだらかな支尾根に出る辺りも踏み跡は分かりづらいが要所要所に見える赤いテープを追いかけながら、ともかく支尾根を辿って上をめざす。

やがて山道は突然立派な横道に出る。サインテープは横道の左右ともに巻かれてあり、ここで向かうべき方向をしばらく悩むが、右手に向かうとなだらかに下っているようなので、ひとまず左手へと向かうことにした。しかし、この選択も正しくはなかった。
山腹を15分もトラバースすると、地図にも表記のある大規模な崩壊地で道は途絶えてしまうのである。ここでもまた撤退を余儀なくされた。どうも今日の私たちは運に見放されているのか勘が働かない。どうやらすんなりとはいかないようである。こんな日は焦っても仕方ない。結局、横道に出たところからは尾根を忠実に直登する賭に出た。

尾根をひたすら直登し、やがてスズタケに悩まされるかと心配になりかけた頃、明確な山道に飛び出した。
時間にしてほんの5分あまりの直登だったが、これが山道に出ることもなく更に5分も続けば、闇雲な登山に精神的重圧も大きかったことだろう。ひとまず二人で顔を見合わせほっとひと息ついた。なお、この山道には先ほどの横道を右にとればここに至るのかもしれないが、定かではない。


尾根を直登して明確な山道に出る。

しかし、山道に出てひと息ついたものの、この道は山腹を北東に延々トラバースし、いったい何処に向かうのか少々不安になる。
ツガの大木を横目に、苔生した岩のガレ場を越え、ひたすらトラバースしてから、ようやく山道は左に折り返す。
左に折れるとスギの植林帯をほぼ同じ勾配で登って、やがて明るい支尾根の手前で今度は右に折り返す。すると、とたんに出会う分岐は、水色や白のテープを頼りに、すぐに左手へと折り返す。
ツガの大木や枯れかけたヤマザクラの古木を見ながら、小さな支尾根を二つほど巻いてから植林帯に入る。
まもなく現れるなだらかな支尾根も緩やかに巻いて一面の植林を更にトラバースしてゆく。降り積もったスギの落ち葉や倒木には、久しく人の歩かれた様子さえ窺えない。
この後、山道は幾つかのザレ場やガレ場を横切りながらほぼ同じ勾配で口西山と古敷谷山とを結ぶ尾根に向かうのだが、ここから南に見える口西山の頂や、1414mの独標点にはまだまだ遙か遠い。


苔生したガレ場やザレ場を越えてゆく。

砂防用と思われる古い時代の石積みを通過し、いにしえのザレ場をふたつほど越えるとちょっとした岩場の難所にさしかかる。が、ここまで来るだけの技量があればそれほどの心配もいらない。正確に足場を確保して慎重にトラバースする。その後も度重なるザレ場などを克服しながら尾根をめざしていると、突然、行く手でこちらを眺めるつぶらな瞳と出会った。それは木々の間からこちらを伺ったまま静止している。私たちも即座に歩みを止めた。瞳の主は一頭の雌ジカだった。下方の樹林ではつがいの雄ジカがこちらに動いてくる音も聞こえる。
雌ジカも私たちも固まったように動けなかった。計れば30秒にも満たない間だったがそれは長い時間に思えた。やがて雄ジカの呼びかけに答えるようにして視線を逸らせた雌ジカは一気に斜面を駆け下り、たちまち姿を消してしまった。


山道でふいに出会った雌ジカは、このあと雄ジカを追って姿を消した。

さて、倒木などでますます荒れてくる山道を、空腹に耐えながら黙々と歩いて、道の両脇にササが増えてくると左前方に口西山が目線の高さに見え始める。前方に樹間を縫って青い空が広くなってくると、ようやく口西山と古敷谷山を結ぶ尾根筋に出た。
辿り着いた尾根筋が韮生(にろう)越えの峠だった。辺りは味気ない植林である。ここから韮生越えの往還は尾根を越えて下っているが、踏み跡はササに消え入りそうに心許ない。一方、口西山に向かう尾根道の方はしっかりしており、しばらくはたいした藪こぎもなく歩けそうに思える。しかし口西山が近づくにつれ激しいスズタケのブッシュに悩まされるので迂闊には挑戦できない。ともかく、今日の私たちの目的地は古敷谷山である。峠で右折すると北に向かった。


尾根に出ると韮生越えの峠で汗をぬぐう。

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