さて、サイの河原から道は二手に分かれるが、「(シャクナゲ道)頂上へ1.0Km」の指導標に従って山肌を登り、肌寒そうなヒメシャラの大木の脇を通ってシャクナゲの群落をジグザグに登って行く。
5月のシャクナゲの季節ならうきうきするような登山道も、今頃は緑の葉っぱだけが寂しそうにうなだれている。
しかし、この辺りから山頂にかけては、アカガシを主とする暖温帯からブナやモミなどの冷温帯への推移地帯で、常緑針葉樹と常緑広葉樹と落葉広葉樹との混生林であり、学術的にも貴重な植生といわれている(四国では他に黒尊山系などがある)。
そんな林の中、足元にツルシキミを見下ろしながら風倒木をくぐり、東の尾根が目線の高さになってくると、山頂まではもうひと息である。
お隣の三辻山が全容を現し、北に冠雪した嶺北の連山が見えてくると、サイの河原からおよそ30分で一等三角点の立つ工石山山頂に着く。


工石山山頂。休憩所を兼ねた展望台の手前に1等三角点の標石がある。

工石山山頂には展望台を兼ねた休憩所(自然教室展望休憩所)や木製のベンチが設置されている。季節(とき)が春ならベンチのそばではアケボノツツジが出迎えてくれる。
工石山の三角点は、高知県内に6箇所存在する1等三角点本点(*3)のうちのひとつであり、ここの標石もそれらと同様にひとまわり大きくどっしりとした風格がある。しかし補修の跡が痛々しくて、「角點」の文字しか見てとれないのは非常に残念である。

三角点のある山頂は木々に囲まれ眺望は良くないが、展望台の上に上がれば北に雪化粧した石鎚山系や、遠く東には剣山系などを見渡すことができる。

(*3)高知県に属する1等三角点本点は、東から、「装束山」「奥工石山」「工石山」「五在所ノ峯」「白滝山」「妹背山」の6山にある。


展望台の上から山頂の広場を見下ろす。遠くに高知平野が、遙かには太平洋がかすんでいる。

さて、山頂を後に、「北の頂」に向かう。
山頂から一旦下ると、そこは桜岩園地と呼ばれ、ここにも休憩所が建てられている。そのコルから鳥居を抜けて西(左)に数歩下りると「工石神社」に到る。
神社の境内には慶應四辰年(1868年)の石灯籠や、昭和5年に雨乞いの祈願で土佐町相川より奉献された手水鉢があり、社の中には工石権現、大山祗神(おおやまつみのかみ)が祀られている。


岩陰にある工石神社の社で道中の安全を祈願する。

神社からコルに引き返すと巨岩のもとを通り、北西に数分で北の頂に出る。
ここからの眺めはとりわけ素晴らしい。
西は中津明神山から、筒上山、石鎚山、寒風山、平家平、大座礼山など北の連山が背丈を競い合うように居並び、その奥には遙か赤石山系が覗いている。
更に、東にかけては岩躑躅山、白髪山、奥工石山から野鹿池山へとやまなみは果てしなく続き、梶ケ森をへだてて遙かには石立山などの剣山系が覗き、その南には五位ケ森までを遠望することができる。
もともと工石山は奥工石山の遙拝所であったと言われるが、ここに立てば様々な山が目に飛び込んできて、どの山の遙拝所でもおかしくないと思える。
木製のベンチに腰掛け、熱いコーヒーを喉に運ぶにはこの上ない場所である。

ところで、ここから北に見える盆地様の嶺北地方は雲海の多いことで知られ、その昔、土佐山村から土佐町に越えようとした弘法大師空海は、雲海を瀬戸内海と取り違えて、もと来た道を引き返したとさえ言い伝えられている。
ちなみにその時に、弘法大師が瀬戸内と勘違いして雲海を眺めながら休んだという石「弘法石(こうぼうし)」はここから尾根を西につつじが森の手前に今もあるといわれる。


北の頂から石鎚山脈の連山を遠望する。

北の頂に別れを告げると、帰途は北回りで下山することにする。
北の頂から北に下り、雪の残る登山道を慎重に下りると、尾根の水平道で裸になった雑木林のアーチをくぐり、左手に県境の山々を覗きながら東に向かう。


北回りコースのなだらかな尾根を行く。

やがて大きな岩陰を過ぎると、北の頂から20分足らずでちょっとした広場に出る。そこには樹齢200年ほどの天然ヒノキの風倒木が根を露わに横たわっており、白骨化した根が不思議な風景を作り出している。
ここが「天然ヒノキの風倒根」と呼ばれる場所であり、この天然ヒノキは昭和38年の9号台風により無惨にも倒れたものであることが案内板に記されている。


天然ヒノキの風倒根。白骨化した放射状の根は10畳ほどの広さがある。

ここで道は二手に分かれるが、「杖塚へ800m、登山口へ1700m」の指導標にしたがって広くてしっかりとした道を北に下る。
ちなみに、ここでもう一方の指導標にしたがい南に向かうと赤良木園地を経て往路に通った「ヒノキびょうぶ岩」に到ることもできる。その場合、ヒノキびょうぶ岩までは約1Kmの道程である。

さて、北に下ると薄暗い植林になり、まもなく「八起白鷲岩(やおきしろわしいわ)」への分岐になる。
指標通りに登山道から左手に逸れて数歩も行くと、目もくらむ岩場に出て見事な展望に恵まれる。


おそるおそる八起白鷲岩の上に登り、北を望む。

岩の上からは北の頂で見たと同様に見事なやまなみが目に飛び込んでくる。しかもここからは眼下に俯瞰する石原や地蔵寺の集落が特に素晴らしい。
四方を高い山々に遮られながらも山肌を縦横に切り開き自然と共に生きてきた山間の人々の営みが心に滲みる風景である。

北の風景をしっかりと記憶にとどめて再び登山道に戻る。

さて、北回りの登山道もよく整備されており快適に下山してゆくと、約5分後に出会う分岐は左にとって、途中全国各県の県木が植えられた林を経て、「八起白鷲岩」からおよそ15分で往路に小休止した杖塚に出る。
帰宅後のコーヒー用にと空になった水筒に「工石山の水」を満たし、往路を引き返すと杖塚から登山口までは20分ほどの行程であった。

ところで、下山後は当初の目的通りオーベルジュ土佐山で温泉を堪能し、お土産にと特産の梅干しを買い求めた。
嫁石のおばちゃんが丹誠込めた梅干しは、試しに一口含むと、甘酸っぱいふるさとの香りが身体中に広がった。



*全行程の私たちの所要時間(コースタイム)は以下の通り。
【往路】
登山口<21分>杖塚(水場)<30分>ヒノキびょうぶ岩<7分>サイの河原(水場)<29分>工石山山頂
=計87分

【復路】
工石山山頂<2分>工石権現(桜岩園地)<2分>北の頂<18分>ヒノキ風倒根<4分>八起白鷲岩<16分>杖塚<20分>登山口
=計62分


備考

土佐山村にはこの他に中切にも工石山があって、その二つを区別する時は、ここを東工石、中切地区を西工石と呼んでいるそうです。共に工石神社が祀られているようです。

この山は、春、4月中旬頃からのアケボノツツジなどのツツジ類や、5月中旬頃のシャクナゲが特に有名です。
かつての工石山登山は土佐山村城地区から北上し、妙体岩を経て山頂に到るのがメインコースでしたが現在はあまり使われていないようです。
帰路に利用した北回りのコースには、他に、さくら岩、工石の大鳥、トド岩などの奇岩景勝地があり、宮崎県飫肥地方原産のおび杉が植栽された林などもあります。
今回はもっともポピュラーなコースを辿りましたが、機会が有れば赤良木園地(赤良木展望台)や、つつじが森への縦走路など様々なコースを歩いてみてください。自分だけの工石山を見つけるのも楽しみのひとつです。

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