さて、533番の山界標柱からは少し下り、スズタケの疎らなコルからはいよいよ黒岩山の頂に向かって最後の登り坂が始まる。
坂の途中には野趣あふれる岩場や深山らしい林などが広がり、ここからが黒岩山一番の見所ともいえる。
537番の山界標柱を過ぎて5分後、岩場の登りではミツバツツジ、ゴヨウツツジやヒメシャラ、ツガなどの美しい林が広がり、この岩場の右に出ると展望も開ける。
更に5分後、稜線の登りはブナの立つヤセ尾根の岩場で少しなだらかになり、左手に目をやると「はっ」と息を飲むように美しい林が視界に飛び込んでくる。
この辺りまで来るとササの背丈も低くなり、美しい林を抜ける頃には腰くらいまでの高さになる。


山頂手前の登り坂に広がる落ち着いた林景。

やがて山頂が近くなるとササの中の踏み跡は二手に分かれるが、迷わず上をめざして真っ直ぐにササを漕いでゆく。
左手には木々の間越しに登岐山の特徴ある三角錐が見えている。
足元にシカの糞が目立ち初め、548番の山界標柱を過ぎると小さなコブを越えて、ほどなくピークに辿り着く。


ササの中を登って行くと左手に登岐山と大登岐山が覗く。

辿り着いたピークは、高知県大川村と土佐町と愛媛県伊予三島市との三境界が交差する尾根で、なだらかな黒岩山山頂の北の端に位置し、ササの中に露出した岩には赤いペンキで印が付けられていたりする。
ここは落ち着いた雰囲気のある場所で、ここまでスズタケを漕いできた苦労をすっかり忘れさせてくれる。
先ほどまで難儀したササもここではすっかりおとなしくなって、新緑のブナやツツジは絶妙の間隔で尾根に点在している。
ここを黒岩山の山頂にしても良いくらいだが、一応三角点はこの地点から尾根を少し南に下ったところにある。
(三角点は殺風景なので昼食や休憩はここでとることをお薦めする。)
なお、三境界から県境を辿る道は更に東へと登岐山に続いているが、今回の私はここから南に黒岩山の三角点を踏んでから早天山をめざす。


三境界のピーク付近、鮹が逆立ちしたようなブナの木が特徴的。ここから南に尾根を辿り三角点に向かう。

三角点に向かって尾根を南へと進んでゆく。
奇妙な枝振りのブナやゴヨウツツジを横目にササの中の踏み跡を辿ってゆくと、右奥に野地峰や赤石山系がのぞき、前方には広いササ原が見えてきてその向こうにこんもりとした林が見える。三角点はその林の向こうにある。
背丈を越えるササを払いながら踏み跡を辿って三境界のピークから5分あまり、尾根が細くなるとぽっかりと三角点の標石に出会う。


なだらかなササ原の広がる黒岩山。右奥には野地峰や東光森、赤石山系などが覗いている。

単に尾根筋の通過点とも言うべき狭苦しい場所に黒岩山3等三角点の標石がある。そばに立つ基本測量の標柱には麻谷山昭和58年6月と記されてある。
標石の周りだけはスズタケがきれいに刈り払われているが、展望の望めない殺風景な山頂はくつろぐスペースも風情もない。
それでも傍には小さな山名板が立てられていたりすると不思議なことにほっとする。
これでも何とか樹間から展望を得ようとすれば、北西方向に野地峰の反射板や赤石山系を、南西方向には鎌滝山や白髪山をどうにか確認することは出来る。


黒岩山三角点。スズタケに囲まれた狭い空間に三角点の標石がある。

ここに来る前からこんな殺風景な山頂かもしれないと無論想像はしていたのだが、心の中では展望の良い広々とした山頂を夢見ていたのも事実で、だから変に裏切られた気分になるのは私の身勝手というものだろう。
しかし、そうとはいえやはりこんな山頂では食欲も湧かないのだが、スズタケで消耗した体力と予想以上に費やした時間とを取り戻すために無理矢理おむすびを押し込み、お茶で流し込むような簡単な食事を済ませて下山を開始した。

山頂からは、三角点のすぐ西南西が岩場の断崖になっているので、岩場の左手を下りヤセ尾根に乗って忠実に尾根を南西に下る。
三角点を過ぎてからの踏み跡は薄いが、確かに踏まれた跡は確認できる。
木々の隙間からは尾根の左手に鎌滝山、向こうには国見山などお馴染みの嶺北の山々が見えている。

山頂を発ってから8分後、尾根の踏み跡は岩場の崖で途絶えてしまう。木が生えていなければ尻込みしてしまう岩場の急傾斜に、引き返すなら今のうちとも思ったが、あの稜線の辛かったスズタケを思い出すと今更引き返す気にもなれない。
結局、この崖では一旦後戻りして左のササの中(尾根の東斜面)に踏み跡を見つけて安堵する。


画面中央に鎌滝山が聳える、奥には国見山、笹ヶ峰の尾根筋が横たわる。

咲き遅れたミツバツツジや、花をほとんど散らせてしまったゴヨウツツジやアケボノツツジなどの尾根を下って行くと、正面にはめざす早天山が見えている。
山頂近くまで牧道が上がっている早天山の向こうには、岩躑躅山や陣ケ森が重なり、その奥には工石山(前工石)や三辻山などが連なっている。
尾根の左手(南東方向)には上津川川と下川川を越えて鎌滝山が聳え、背後には高知の城下(高知市近郊)と嶺北地方とを隔てる国見山や笹ケ峰など1000m余の山々が横たわっている。
こうして、下山コースの尾根筋では想像以上に広々とした展望を楽しみながら下ってゆくことができる。


下山方向、正面には早天山が聳える。奥には工石山(土佐山工石)などが連なる。

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