急ぎ足が勿体ないような林も、10分あまり歩くと四阿(あずまや)風の休憩所に着く。
お隣の工石山に比べれば訪れる人が極端に少ないせいか少し荒れているように見受けられる。
ところで、この日私は林の中に奇妙なネットを見つけた。捕虫網を上に向けたように固定されたネットの中には底の方に落ち葉などが溜まっている。幸いその場に居た方に聞くと、このネットはブナなどの種子を採取するネットであり、彼は高知大学の学生だという。なるほど、研究とはいつでもそうだが、地味で気長い話なのである。


山頂手前のコルにある休憩所。

さて、休憩所から山頂まではもうわずかである。
登るたびに空が開けてきて、休憩所から5分足らずで山頂に辿り着く。
三辻山山頂には3等三角点の標石や木製のベンチなどがあり、嶺北ネイチャーハントの山名板が立てられている。


三辻山山頂。右端の測量用ポールの元に三角点の標石がある。

山頂は狭いが、展望は素晴らしく、ぐるり360度を見渡すことができる。
足もとから延びる尾根は西隣の工石山を越え、蛇行しながらつつじが森へと延びており、その遙かには不入山など高幡の山々が見えている。
北西にはパラボラアンテナ塔が眼前にあって、名も無き峰を越えてその奥には石鎚山系の山々が連なっており、次第に東へと目線を移してゆけば四国を代表する名山が次々と現れる。
西に辿ってきた尾根を振り返れば、かろうじて紅葉の残る自然林や緑濃い植林を経て笹ケ峰へと続き、南西には高尻木山が認められる。
更に時計回りに視線を移してゆけば香長平野を越えて安芸へと海岸線は続き、南には高知市街や浦戸湾が望まれる。


山頂から西にアンテナ塔の立つピークを眺める。

青い空の下、おむすびを頬張りインスタントラーメンをすすりながら至福のひとときを過ごす。
毎度のことながらこんな食事でも幸せな気分になれる、案外と安上がりな自分が妙に嬉しくもある。

昼食を取りながらたっぷりと休憩した後、下山を開始した。
帰路は休憩所まで引き返して、最初に車を置いた工石山登山口まで下山することにする。

休憩所からは道標に従って南に向かい、正面に工石山を見ながら山肌を下るとすぐに薄暗いスギの植林帯になる。
昼でも暗く無味乾燥とした植林帯のつづら折れを10分あまり下ると横道(赤良木樫山連絡線)に下り着く。


植林の中を下り、横道の分岐に下り立つ。

この横道は三辻山の南斜面をトラバースする遊歩道で、東(左手)に行くと往路に通った樫山峠に向かい、西(右手)に行くと工石山方面である。
ここは西に折れて大岩のもとを通り過ぎると数分で三辻山登山口の道標と出会い、車道に出る。
未舗装の車道を道なりにどんどん下って、小さな橋の手前で車道と別れて山道を下り、手すりの施された土止めの階段を経て「ふるさと林道工石線」に下り立つ。
あとは車道を数分で青少年の家の駐車場に帰ることができる。


工石山登山口でもある下山箇所(右手擁壁のそばの階段)。

ところで、横道(赤良木樫山連絡線)から車道に出た所で、車道をなだらかに登って行った所が赤良木峠である。
そこにはすでに操業を停止して久しい古田産業のドロマイト採石場跡(*1)がある。
特に急ぐ山歩きでもないし、どうせ一人気ままな単独行ならと、予定通りに寄り道をして(予定通りなら寄り道ではないかもしれないが)そのまま峠まで足を運んでみた。

(*1)赤良木鉱山と呼ばれていた。なお、ドロマイト<Dolomite>は、苦灰石あるいは白雲石とも呼ばれ、鉄鋼、ガラス、あるいは苦土石灰などの肥料の他、建築資材など様々な分野に利用されている。赤良木鉱山は昭和47年に創業し、当時は月産1,500トンを生産していた。


工石山に向かう尾根から赤良木鉱山跡を望む。左上が三辻山山頂。

赤良木峠は、樫山峠同様に土佐町と高知市とを結ぶ重要な峠であった。
土佐町からは赤良木峠を越えて、土佐山村城(じょう)−高川−桑尾−七ツ渕−椎野峠−秦泉寺と辿ってお城下(高知市)まで出かけていたという。
遠い昔のことは分からないが、半世紀ほど前ならお城下への用事は買い出しであったり、芝居や活動(映画)などの娯楽であったという。
山里の暮らしといえば何かと暗いイメージがつきまとうものだが、どうして案外、陽気で逞しいものだったのである。汗をふきふき峠に立てば太平洋の荒波さえ手招きするような、わくわくする思いが湧出したに違いない。

だが、しかし、現在の峠はとても寂しそうだった。

かつて賑わっていた往還も、昭和37年に足下を赤良木トンネルが貫き、その役目を終えてすっかり忘れ去られてしまっている。
採掘で削り取られ寒々とした山肌と、晩秋に北から吹く冷たい風とが、そんな峠にいっそうの侘びしさを加えている。

我が高知県にはこうして役目を終えた峠がいったい幾つあるだろう。そのすべてを踏むは難しいにしても、峠の面影が消え去らないうちに少しでも多くを記憶にとどめておきたいと思う。それは、単に感傷的な懐古趣味ではない。山崎清憲さんのように正確緻密とはゆかないまでも、来年は峠歩きもしてみようか。
そんなことを考えながら峠に佇んでいると北風に揺れたススキのざわめきでふと我に返った。


赤く熟れたシャシャブ(アキグミ)の実。

採石場跡の片隅で赤く熟れたシャシャブ(アキグミ)をもぎ取り、一度に数個を口に投げ込むと、自然だけは変わらない味がした。



*全行程の私の所要時間(コースタイム)は以下の通り。
【往路】
工石山青少年の家<8分>登山口<32分>樫山峠<8分>分岐(樫山別れ)<28分>休憩所<4分>三辻山山頂
=計80分

【復路】
三辻山山頂<3分>休憩所<15分>分岐<3分>車道(三辻山登山口道標)<11分>工石山登山口<2分>工石山青少年の家
=計34分
*赤良木峠までは車道を西に5分ほどで峠にいたります。


備考

三辻山への登山コースは、他に北西のアンテナ塔から歩く道もあります。その場合は県道16号線(高知本山線)で土佐町に入り、緩い右カーブのもとで道標に従い町道三辻山線をアンテナ塔に向かい、アンテナ塔からは尾根を東におよそ15分で三辻山の山頂に至ります。なお、その場合でも休憩所のある自然林はぜひ訪ねてみてください。

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