辿り着いた西又山の山頂は展望が開けているでもなく、広々としているでもないが、辺りの林は落ち着いた風情がありいかにも遠い山といった雰囲気に包まれている。
展望が開けていないとはいえ、樹間からは剣山系が覗き、目の前には先ほどまでそこに居た高ノ河山の頂が見えている。

ザックを降ろし腕時計を覗き込むと、もうお昼になろうとしていた。
登山口から休憩も含むと3時間近く、空腹を満たすべく私たちは早速食事に取りかかった。

*現在、山頂には四阿(あずまや)が建っているそうです。


西又山山頂、ようやく辿り着いて汗をぬぐう。中央には山名板が見える。

ところで、西又山の山頂は一般にこの山名板の立つあたり、つまり、馬路村と安芸市ならびに木頭村との境界をさすのだが、実は西又山の三角点はここから500mも東にある。
三角測量のために設けられた三角点は必ずしも山頂(標高の高いところ)にあるとは限らない。
事実、西又山三角点の標高は「1321.6m」で、一般に西又山山頂の標高とされる「1360m」より40mほど低い。
ただ、ここで西又山の標高とされる「1360m」も、便宜上山頂の南西にある基準点の標高を充てたものと思われ、読図による実際の西又山の標高は「1360m±9m」であり、2000年6月7日付の高知新聞によれば「西又山(標高1359m)」とある。
何だか複雑な話だが、こんなことは小檜曽山や杖立山など案外あちらこちらにあり、特に「便宜上そこを山頂」としている「嶺北ネイチャーハント」などのような場合もある。
しかし、そんなことは私にとってはどうでも良かったりする。
美しい自然に抱かれて一日中童心に返り目一杯遊ぶことに変わりはないのだから。

結局、今回の私たちは西又山三角点には行かなかった。
それは、この度の私たちの目的が西又山の南側尾根を中心にしたブナの天然林であり、あるいはそこに残るイチイの古木であったことによる。
また、それ(西又山三角点)は次回の楽しみにとっておこうと思ったこともある。かつて、名著「徳島やま歩記」の中で尾野益大さんらが悪戦苦闘したという県境縦走の超難路「甚吉森から西又山」は私たちの近い将来の計画でもあり、三角点はその縦走路上にあるので「その時までのお楽しみ」という思いもあった。


ブナの天然林を散策する。

さて、昼食後私たちはザックを山頂に残して、先述したブナの天然林を散策に向かった。
スズタケの林床に大小のブナが暗黙の間隔を隔てて立ち、主役のブナの切れ目にはすらりとしたヒメシャラやねじれたようなゴヨウツツジ、あるいはモミやツガなどの脇役が名演を見せている。
馬路村風土記(土佐国安芸郡馬路村風土取縮差出控)によれば、藩政時代(慶応年間)西又山は御留山のひとつであった。
そのおかげで現在まのあたりにするブナの自然林が残されてきたともいえる。
四国では「小田深山・小屋山」や「滑床山界隈」などいくつかの美しいブナ林が知られるが、西又山のブナ林もそんなひとつとして指を折ってよいだろう。
安芸市・馬路村合わせて約225ヘクタールにもおよぶ西又山の天然ブナ林はもっともっと広く知られて良い自然のひとつだと思う。


シロヤシオ(ゴヨウツツジ)やヒメシャラなど、個性的な木々がブナ林に色を添える。

ブナ林を山頂から南へと馬路村からの登山口に向かって歩いてゆくと、山頂から約7分で登山道左手に目的のイチイの大木を見つけた。
静かな森にもう何百年も佇んできたこのイチイこそ、写真で出会ってから2年間、恋しく想ってきた巨木だった。
幹周りは6m
(*)もあろうかと思えるその大木を見上げながら「よくぞ待っていてくれた!」と、自分勝手にもそんな思いが湧いてきた。
早速カメラを取り出し高知県下一大きなイチイにレンズを向けるがさすがに全景は収まらない。それでも構図を変えながら何度もシャッターを切った。

(*)高知県森林総合センター「情報交流館ネットワークだより第9号」によれば、幹周り5.16m、樹高16m、推定樹齢1000年で、全国第14位にランクされているようである。


イチイの大木。推定樹齢は500年とも1000年ともいわれ、まぎれもなく県下一の巨木である。

ひとまずイチイの大木に別れを告げ、私たちは更にブナの林を南下して、時間の許す限り美しい森の姿を目に焼き付けた。
その散策中に魚梁瀬の西川林道から登ってこられたというご夫婦に出会った。聞けば林道終点から階段を上り尾根伝いでここまで1時間程度で登ってこられたとのこと。
窮屈な車中さえ我慢できれば随分手軽なハイキングコースに違いない。
それならば、今回は置いてきぼりにしてしまった彼女のためにいつか罪滅ぼしに歩いてみようかと思った。


西川林道終点の登山口へと向かう尾根伝いの登山道。

さて、その馬路村魚梁瀬の西川林道に降り立つことができるという尾根道を約20分ほど散策して、安芸市別役に下りる道との分岐まで来てから、今回の私たちはここで引き返すことにした。
言うまでもないがブナ林に飽きた訳でも、時間が足りなかった訳でもない。
何事も「万事腹八分目」である。
ブナ林に一足早く秋を告げる鮮やかなアオハダの赤い実、あるいはブナに着生する苔や地衣類や稀にスギランなど、まだまだ眺め飽かない裏方たち、そんな個性的なすべてに本当はずいぶん後ろ髪を引かれながら西又山を後にしたのだった。


ブナの林に紅一点、ウメモドキによく似るアオハダの赤い果実。


*全行程の私たちの所要時間(コースタイム)は以下の通り。
【往路】
登山口<10分>窪地<19分>尾根の張出し(簡易トイレの有る休憩所)<6分>第1の水場<10分>稜線出会(四叉路)<27分>高ノ河山山頂<23分>第2の水場<36分>西又山山頂<7分>イチイの大木<10分>安芸市別役への分岐

【復路】
安芸市別役への分岐<15分>西又山山頂<24分>第2の水場<25分>高ノ河山<16分>稜線出会(四叉路)<8分>第1の水場<5分>尾根の張り出し(簡易トイレの有る休憩所)<12分>窪地<9分>登山口


備考

今回のコースについては、南国市の「おぎ」さんに事前レポートをいただきました。
その時のレポートには今回辿らなかった尾根についての興味深い記述がありますので、ここに紹介させていただきます。
「帰路は高ノ河山から下りた所から、尾根をまかないで小山を2つ越えて、ブルでついた林道を降りました。林道をしばらく降りると左右に別れてる所にでます。そこを左に下りると駒背トンネルの南側1キロ下方に出るようですが、私達は右の植林に入り、右に右に横切り、最初の横道(尾根を巻く所)へ出ました。」
貴重なレポートをありがとうございました、この場をお借りし改めてお礼申し上げます。

魚梁瀬の西川林道からアタックする場合は、林道のゲートに留意しておいてください。
魚梁瀬からの登山道上にブナの大木があるそうです。そのブナまで登山口から約20分、木の大きさは、幹周り3m余、樹高20mとのことで、高知県森林局「土佐の名木古木」には「土居の南尾根大アレ山のブナ」として記載されています。
このブナについては、HP「三角点に登ろう会」を主宰される"独考庵仙岳"さんが実際に周長を計っておられます。それによると「3.7m(直径=1.18m)」とのことです。


ブナ林ツアーに行かれた長野さんから以下のような情報をいただきました、ありがとうございました。
「魚梁瀬と別役の両方からブナ林散策ツアーがあり、私は別役から参加しました。道中には木名板がつけられ快適なコースとなっています。頂上にはアズマヤが建っています。近くの駒背山にもブナ林ツアーがでており、その登山口に両方の地図看板があります。それは別役よりで、駒背トンネルから3Km下方です。」、情報ありがとうございました。

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