林の中に聳え立つ二双の大岩が「奥の院」の行場であり、下手の岩には岩上から鎖が下がっている。
岩場には祭場も設けられていたのであろう、幾つかの石の台座や、祠祭に使う器などが見える。
また、ここには自然石に彫られた役行者の石像も座している。しかし、今では訪れる人も少なく、侘びしい林の中に置かれた役行者像はとても寂しげな表情に見え、風化か破損か右半分の欠けてしまった頭部がいっそう哀れにも見える。
かつて護摩供養の盛んだった頃には何人もの行者がこの鎖場に挑戦したであろうが、現在ではこの行場の存在自体さえ忘れ去られようとしている。

 
巨大な岩場「奥の院」の鎖場に取りついてみる(左)。右は、ひっそりと座す役行者の石像。

さて、「奥の院」からもとの参道に戻ると、スミレの花を愛でながら、60段余りある石段を一歩一歩ゆっくりと踏み上がれば、大峰山山上に立つ竜王寺に辿り着く。
広々とした境内は周囲をヒノキやスギにとり囲まれ展望は利かないが、鬱蒼とした感じはなく、むしろ明るくさえ感じられる。
足もとのスミレと頭上のヤマザクラが花時を迎えた境内は休憩にうってつけの場所である。


山上にある土佐大峰山竜王寺のお堂。

竜王寺の境内には百度石や石碑、灯籠などがあり、本殿横には火渡りの行場がある。
昭和初期に彫られた象の欄間には彫り師の名が刻まれており、入り口には鰐口も見える。
もともと竜王寺はこの山の山容が大和の大峰山に似ているところから神仏分離令を機に明治8年に勧請されたもので、竜王寺の本尊は、役行者、理源大師(*4)、蔵王権現、不動明王の4体であり、いずれも修験に関係するものである。
そのうち、伏見文秀女王殿下の刻がある蔵王権現を秘蔵していたのが麓で見た石室だったのである。

当時、片地村だった、影山、林田、山田島の各部落により勧請された竜王寺だが、祭日(*5)には四国各地から修験者が集い、昼夜を問わず法螺貝の音が響き渡っていたといわれる。
そうして明治初期から続いた護摩供養も、昭和40年頃に先達だった地蔵寺の住職が他界されてからは中断を余儀なくされ、その後、地蔵寺に入った住職も長くは続かず、幾たびか無住状態が続いていたが、昭和62年から現住職の尽力もあり、わずかに影山地区を主として年に一度護摩供養が行われている。
その際、お堂の横にある行場では火渡りの行も執り行われている。

(*4)理源大師は醍醐寺の開祖であり、役行者の世界を真言密教の修行を主とした形に整え修験道中興の祖といわれる。
(*5)かつては土佐神社志那祢祭(しなねさい)より一日遅れで8月25日、26日に行われていたが、現在は8月第一日曜日に変更されている。


8月の護摩供養時は火渡りの行がおこなわれる。

さて、竜王寺の境内から北に尾根を辿ると1分ほどで大峰山の三角点に着く。
ここには三宝さん(*6)の小さな社が立ち、鳥居のもとには4等三角点の標石があって、こんな頂にも山名板が添えられてある。
狭い頂は木々に囲まれ、樹間から僅かな展望を垣間見る程度である。

(*6)三宝荒神として「コウジンさま」とも呼ばれ、竈戸神社として祀られる。


大峰山山頂に立つ三宝神社。左下に三角点の標石が見える。

山頂の確認を終えると一旦竜王寺まで引き返し、帰路は現在主に使われている参道を下ることにする。
竜王寺境内にある火渡りの行場の横から南西に下る道を選び、広々とした尾根道を辿る。
この道はクローラー(運搬車)が通行できるように整備されていて非常に快適である。

竜王寺から尾根伝いに3分あまり下ると、シバグリ(山栗)の木のもとを通り、コルで分岐になる。
分岐からは右下に折り返すようにヒノキ植林の中を下ってゆく。
しばらく快適に下ると、途中から道は非常に滑りやすくなるので雨の後など路面が濡れている時は注意が必要である。まるで行きに通った「油こぼし」の行場のようである。
それさえ注意すれば、尾根から10分足らずで大倉池に下り立ち、後は池沿いになだらかに行けば、山の神の祠を通り、往路に合流してもとの登山口に帰り着くことができる。


滑りやすい参道を注意しながら下る。

ところで、往復1時間程度の山歩きで物足りない場合は、龍王寺から南に尾根歩きを楽しむこともできる。
帰路での尾根の分岐を下らず真っ直ぐに、266mのピークを越えて照葉樹や雑木林の尾根筋を歩いてみるのもよい。
ただし、266mのピークを過ぎて南西にしばらく行くとシダのブッシュが深くなるので、鳥越山(277.2m/三角点名「鳥越峠」)まで行こうと思えば相当難儀するかもしれない。
夏場のマムシのシーズンなどは無理をせずに来た道を引き返すか、266mのピークから南西に約300mの所のバカ尾根にある耕作跡地辺りから作業道を辿り、林田配水池付近に下れば登山口の大倉池に帰ることができる。その場合は竜王寺から266mのピークまで15分ほど、林田配水池を経て登山口までは1時間足らずの道のりである。


鳥越山に向かう尾根筋の林。

しかし、もともと200mほどの超低山なのである。
ただひたすら歩くよりも、折角だからゆっくりと信仰の霊山にふれて欲しい。
いくつもの行場を編み出した人々、石像や木像を彫った人々、岩場に鎖を設えた人々、そうした人々の様々な思いを偲びながら歩けば、きっと半日はたっぷり遊べるであろう。大峰山は、そんな思いに必ず答えてくれる山だから。



*全行程の私たちの所要時間(コースタイム)は以下の通り。
【往路】
登山口(若一王宮)<1分>大倉池<2分>石室<18分>西の覗き<3分>前仏<5分>奥の院<7分>竜王寺<1分>大峰山山頂
=計37分

【復路】
大峰山山頂<1分>竜王寺<5分>尾根の分岐<10分>山の神<1分>大倉池<1分>登山口(若一王宮)
=計18分


備考

登山道に水場はありません。飲み水は持参してください。

山中にある12ケ所の行場は以下の通りです。
蔵王権現格納庫、油こぼし、鐘かけ岩、競り割岩、胎内くぐり(別名地獄岩)、鷲の岩、経の岩、西の覗き、揺るぎ岩、前仏様、奥の院、亀の岩、(以上、並川清治氏「大峯山竜王寺由来」より)。

この記録を著すにあたり、土佐山田町史談会の上村幸さん(林田在住)、ならびに、地蔵寺の住職井上教蓮さんのお世話になりました。この場をお借りしてお礼申し上げます。

「やまとの部屋」トップページへ