大登岐山  2002年11月29日

嶺北北部、土予県境の様々な山に登ると、ひときわ目立つ三角錐の尖峰がある。
それは猿田峠と野地峰とのほぼ中間にあり、県境の稜線をどちらから歩いても相当の距離に位置し、四国でも有数の秘境といえる。
しかし、それだけに手つかずの自然が残されており、山容から想像するとおりに素晴らしい展望が開けている。
その山は土佐町の最北にある岩峰で、地図に山名の記載はないが、すぐ南にある登岐山(ときやま)の名を受け、誰が呼んだか大登岐山(おおとぎやま)という。
私にとってその山域は、東の玉取山と西の黒岩山までしか訪ねたことが無く、大登岐山の界隈は全く未知の領域といえる。
そんな秘境に、今回はブッシュの萎える晩秋、単独、南の尾根からチャレンジした。

国道439号線で本山町に入ると、早明浦ダムの下手に位置する吉野地区から県道264号線(坂瀬吉野線)に乗り入れ、吉野川の支流「汗見川」を遡る。やがて白髪山登山口に向かう冬ノ瀬の分岐を過ぎると、およそ800mほどで左手に「桑の川橋」が現れる。
この橋を渡り、汗見川の支流桑ノ川に沿って桑ノ川林道を進むと、一軒の民家を過ぎて1Km足らずで土佐の名水「赤滝(備考を参照)」の看板が路肩に現れる。
赤滝から間もなく林道は昭和41年に架設された「くわのかわにごう橋」を渡り、やがて兵庫山に向かう林道との分岐になる。
今回大登岐山に向かう登山口は、この兵庫山への分岐から更に林道を奥へと南下して大己屋山に向かう途中にある。
兵庫山との林道分岐からはおよそ2.4Km、麓で渡った「桑の川橋」からは約8.9Kmの地点である。


林道脇にある登山口。中央奥の林に向かって進む。

登山口には赤や白のサインテープがあり、「大トキ山」と大書された看板や、ちょうど1週間前に私と同じくこの登山口から登った香川県のパーティーが付けた「登山口」のプレートもある。
マイカーは登山口から200mほど奥に行ったところでやや広くなった路肩を見つけ、林道の奥で頻繁に行われている伐木作業の妨げにならないよう注意して駐車する。

初めての山に胸をわくわくさせながらザックを背負い、早速登山口に向かった。
初冬の林道には霜が降りて、陰地の岩場にはつららが下がり、吐く息も白く凍りそうな朝だった。

登山口からは涸れた谷を2分ほど遡り、赤いテープから谷を左手に離れて踏み跡を辿って行く。
ヒノキの植林の中の踏み跡は比較的しっかりしており、赤いテープも心強い。
大きな岩がゴロゴロとしたガレ場を進むなどして、しばらく薄暗い植林帯を登って行く。


植林の中、左手のガレ場を登って行く。

登山口から20分ほど登ると植林帯を抜けて灌木帯に入る。見事に落葉して冷え冷えとする林の中には雪が積もっている。
少し登って振り返ると、葉をふるった木々越しに、奥工石山や佐々連尾山などが見えてきて、南東には大己屋山が逆光の中に浮かび上がっている。


めざす尾根の左手には大己屋山が見える。

朽ちた木橋を過ぎると道の両側はスズタケの壁になる。
と、突然、深いササの奥から「何か」が動く物音が聞こえてきた。
がさがさとササをかき分ける音は私と平行して尾根に向かっている。
シカだろうかイノシシだろうか、まさかツキノワグマではないにしても、姿が見えないのは気味が悪い。
私はたとえ単独行でも今まで一度も鈴やカウベルを使ったことがない、従って持ってもいない。
静かに歩けば森の生き物たちと出会えるのも山の楽しみであり、厄介なイノシシなどにしても大概は足音や臭いでこちらの存在を素早く察知して先方から逃げだしてくれるものである。ある時、谷川で出会った20貫以上ありそうな大きなイノシシも、ほんの5mの至近距離でありながら先方の方から林に身を隠してくれた。
だがしかし、たった今、深いスズタケの中の狭い刈り払い道で万一鉢合わせしてしまったならどうだろう。
鈴を持っていないことを後悔しながら、わざと大げさに咳払いして、ササを揺らせながら尾根に向かった。


両側からブッシュが迫る狭い山道を行く。

相変わらず私と併走する「音」に五感を研ぎ澄ませながら急坂を登り切ると、登岐山と大己屋山とを結ぶ尾根に出た。ここにもブナや立木に赤いテープが取り付けられている。ここまでは登山口から30分足らずの道のりだった。
そして、尾根に出て立ち止まると、ほんの少しの間をおいて「音」も停止した。


深いスズタケに覆われた尾根の鞍部(中央やや下)に出る。

尾根に出たら最初の小休止をと考えていたが、生憎ここは背丈を超えるササに囲まれた鞍部であり、「音」のこともあって、休むなら見晴らしの良い場所がベストであろうと今しばらく先へ進むことにした。
尾根に出ると、反対側の斜面からも「音」がする。辺りには獣の臭いが息苦しいほど充満している。これほどの臭いなら1頭や2頭ではないであろう。
面倒なことにだけはならないことを祈りながら、尾根に出てからは北に向かい、踏み跡を辿って雪の残るスズタケの中を進み、178番の標柱を過ぎて岩場をひと登りすると索道を設置した名残のワイヤーが認められ、ちょっとしたコブに出て展望が開ける。
ここではササが刈り払われ、赤い実をつけたミヤマシキミがところどころ群生を成し、左手には数本のシャクナゲも生えている。
めざす尾根の方向には登岐山の山頂が見え、北から東には佐々連尾山の稜線や奥工石山、白髪山などが見えている。

 
尾根の北に登岐山(中央奥のピーク)が聳える。

先ほどまでの「音」は後方でまだ相変わらず聞こえている。
何とか正体を見極めてやろうと音のする方向をしばらく追ってみたが、深いササがそれを拒んでいた。
ともかく、ここでザックを降ろし、ようやく小休止することにした。


北東の眺望。右端のピークが奥工石山。眼下には桑の川林道が見える。

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